Ⅸ. 最終訓練・Ⅱ② 生ける亡者
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
エミールは飛び抜けていった二機、クルシュナーとキムが乗った敵機を追いかける。二機は依然として編隊を崩さず、後方を追うエミールに対してビームやクルシュナーらの魔術で攻撃してくる。
「二人ともなにやっているんですか、そんなところで!」
エミールは攻撃を避けながら彼らに話しかける。が、応答なし。攻撃の手が緩むこともなかった。それでもエミールは諦めず、声をかけ続ける。
「二人とも、聞こえているんでしょう! なにやっているんですか! はやくそれから降りてくださいよ!」
しかしながらやはり、彼らがエミールに応答することはなかった。
どういうことだ、と、エミールは思う。彼らは確かにあの日、ジャン・ノスフェラトゥと名乗る吸血鬼に殺されたはずだ。クルシュナーは首を噛み千切られ、キムは斧で身体を縦に真っ二つにされた。葬式にも参加した。棺のなかには、凄惨だったが、確かに二人の遺体が入っていた。火葬場で焼き、遺骨の埋葬にも立ち会った。まさか残った骨から身体が再生し、ゾンビとなって夜な夜な墓から這い出てきたというのは考えにくい。そんなおとぎ話があるものか。が、いま、目の前を飛んでいるのはなんだ。顔は確かにクルシュナーとキムのそれだ。なにも違わない。
「ねえ、聞こえているんなら返事してくださいよ! なぜ死んだはずのあなた方が、いまここにいるんですか!」
二機の攻撃を右へ左へブレイクしつつ、ときどき結界で防ぎながら必死に問いかける。これが見ず知らずの人だったら、たぶん、躊躇うことなく撃墜していただろう。だが、彼らは違う。確かに出会い方は最悪だったし、初対面で喧嘩もふっかけられた。しかし、彼らは仲間思いだ。義理堅いと言うべきか。クルシュナーとキムだけではない。他の、ゾムスキーたちもだ。葬儀のとき、ゾムスキーらは誰よりも二人の死を悲しみ、その場で洪水が起きるくらいの涙を流していた。できるなら、彼ら二人を仲間と会わせてやりたい。
などと考えていたとき、突如上空から弾丸が二発、二機を貫いた。エミールは咄嗟に上を見やる。撃ったのはエリシアだった。そしてエミールに怒気をはらんだ声で言う。
「エミール、なんで攻撃しないのよ!」
「なぜだって? あれには人間が乗っている。クルシュナーとキムだ!」
「誰よそれ……ああ、あのときのチンピラか。まさか、人違いじゃないの!?」
「間違いない! お前も確認してみろよ。あれはどう見ても二人の顔だ」
エミールがそう言うと、怠そうにエリシアは急降下し、攻撃を避けながら高速で二機の間をすり抜ける。すり抜けざまに二人の顔を観察し、再び上昇。
「確かに、あの二人だったわね。でも、生気を感じない。そもそもあの二人はあのときに死んだじゃない」
「それはそうなんだが、現にわたし、俺たちの前にいるんだぜ? ――生気がないってどういうことだよ」
「そのままの意味よ。生きていない、死んでいる。死体が動いているのよ」
「そんなこと、あり得るのか?」
「聞いたことはない。でも現にいまこうなっているんだからあるんでしょうね」
エリシアは再び二機に対して発砲しながら言う。
「彼らはもう死んでいる。話も通じない。わかったでしょう? 躊躇うだけ無駄。速く殺らないと、他に被害が拡大するかもよ。――ええい、鬱陶しい奴らね。……こっちはやかましい敵機群で手一杯。そいつらはあなたが確実に墜としてよ?」
「ああそうかよ。まったく、なんて日だ」
エリシアの言うことは正しい。それを認めざるを得ないことを、エミールは痛感した。話も通じない。確かに何度呼びかけても反応なしだった。もう死んでいる。実際に葬儀に参加したし、埋葬も見た。それが動いているのはにわかには信じがたいが、いまは信じる信じないなどと言っている場合ではない。
「殺る、しかないのか…… この場にゾムスキーさんたちがいなかっただけ幸運か」
エミールは覚悟を決め、二機に対して攻撃を仕掛ける。爆槍を一気に十本召喚し、二機の周りを囲うように飛ばして進路を塞ぐ。そして逃げ場を失った二機に対して権能・射撃之名手を発動し、命中率を底上げする。エリシアの攻撃が効いているのか、さっきより動きが鈍くなってる。的確に狙いを定め、エミールは弾倉内の弾丸全十発を確実に二機にお見舞いした。そこへ追い打ちをかけるように、周囲に飛ばしていた爆槍を一斉に起爆。二機は避けることかなわず、激しい爆発をもろに食らって炎上し、墜ちていった。
「やっと墜ちたか……」
二機を撃墜して一息ついたと思ったそのとき、墜ちていく敵機から魔術攻撃が飛んできた。
「なに!? クソ、まだ生きていやがったか!」
クルシュナーとキムが背中に翼を生やし、燃えて墜ちていく機体から分離したのだ。コウモリのそれを連想させる翼を大きくばさばさと羽ばたいてエミールに突っ込んでいく。
「いい加減にしてくれ、あんたらは死んだんだ!」
エミールは二人の突撃を回避。突撃を避けられた二人は散開し、エミールを挟み込むように立ち回る。そしてクルシュナーが炎の矢、キムが氷の矢をそれぞれ三本発射。放たれた矢はエミール目掛けて追尾する。
「追尾機能付かよ、贅沢だ」
などと愚痴を言いながらエミールは第一弾、炎の矢を、天馬の頭を一気に空に向け、少し上昇しつつ急減速して矢をオーバーシュートさせて回避。第二弾、氷の矢は急減速から神速術式を駆け、速度を一気に回復すると右回りに一回転、ロールして回避した。二人、追撃でエミールの避けた先に炎と氷の弾を連射。エミール、それをさらにビーム機動で回避すると爆槍を八本召喚、誘導術式を刻んでそれぞれに四本ずつ撃ち込む。そして回避機動に専念しているキムの行く先を読んでそこに移動する。
「来たな、ゾンビめ」
エミールとキム、ヘッドオン。エミールのほうが射撃が速かった。エミールの放った弾丸がキムの腹部を吹き飛ばす。さらに被弾の衝撃か、そこから上半身と下半身が完全に分離してしまった。が、キムはそれに構うことなく氷弾を撃ち出した。虚を突かれたエミールは咄嗟に結界を張りガード。そのまま両者はすれ違う。
「なんだよ、もろに命中したはずだろ……」
内心で舌打ちしつつ、再攻撃のタイミングを計る。と、こんどはクルシュナーが剣を手に持ち、斬りかかってきた。それに合わせてエミールも抜刀し、クルシュナーの剣を受ける。そのまま力任せにクルシュナーを押し返して吹き飛ばすと、左手でフェンリルを持ち、射撃。二、三発と吹っ飛ばされて体勢が崩れているクルシュナーに撃ち込む。大型拳銃というだけあって威力は申し分なく、撃たれたクルシュナーは左腕と右足がごっそりと千切れ、腹部にも大穴が開いて血が滝のように流れ出している。が、やはりクルシュナーもそれをものともせず、体勢を立て直している。
こんどはエミールから攻撃を仕掛けにいった。体勢を立て直したばかりのクルシュナーに突撃すると、腕を喪失してがら空きとなった左腕側から接近し、頭頂部に剣を突き立てる。そのまま思い切り剣を押し込み、上半身を真っ二つに斬り裂いた。斬られた断面から血が噴水のように吹き上がり、一瞬エミールは返り血で視界を奪われる。その隙を突いてキムが氷弾を撃ち込んできたが、エミールは斬られて動かなくなったクルシュナーを楯にして離脱。血を袖で拭き取って視界を回復させる。
クルシュナーのほうを見ると、クルシュナーが人の形から崩れ、真っ赤な液体――エミールは血液かと思った――となって消えてしまった。
「死んだ、で、いいのかな」
残るはキムだけだ。キムは腹部と下半身を喪失し、胸から上だけの状態のままエミールを補足し、氷のビームを撃ってくる。さらには腕が関節の辺りからちぎれると、骨がゴムのように伸び、それを自由自在に操って至るところからビームや氷弾を撃ってくる。
「飛んでもない生命力だな。下半身が無くたって戦闘に支障は無い、か。それにあの腕、いったいどうなってやがるんだ」
キム本体に注目していれば伸びた腕が後ろに回り込んで攻撃してくる。どれか一つだけに注目していたのでは駄目だ。
エミール、射撃之名手を発動。一気に両腕を片付ける算段だ。それぞれ自在に飛ぶ二本の腕を的確に狙い、フェンリルを撃つ。が、どちらの腕も防御結界を展開し、射撃は防がれてしまった。こんどは本体と腕を繋いでいる骨を狙う。しかし、こちらは的が小さく、命中しない。
「クソ、こうなったら接近して叩き斬るのが手っ取り早い」
エミールは両腕と口から放たれるビームや氷弾の弾幕をかいくぐり、骨をたたき斬る。斬られて本体と離れた腕は動かなくなり、落下していった。背後から迫ってきたビームを結界で防ぐと、こんどはもう一本の腕に肉薄し、ぶった切った。
「よし、これであとは本体だけだ」
エミールはキムの口から放つ拡散ビームの隙間を縫って肉薄すると、キムの胸部を狙ってフェンリルで、超至近距離で射撃。フェンリルの魔弾をもろに食らったキムは胸に巨大な風穴が開き、首が吹き飛ぶ。が、それでもまだ死ぬことはなかった。吹き飛んだ頭部から翼が生え、頭だけとなって口からビームを撃ってくる。
「マジかよ、さすがにしつこいぞ」
これにはさすがにエミールも驚愕した。さきほどはクルシュナーの身体の中心を頭部から根こそぎ破壊して倒したので、その辺りに弱点となる、破壊されてはまずい何かがあるのだと思った。それが頭部だったのだといまのでエミールは確信した。もっとも、いま確信したところで大した意味はないのだが。
キムの頭はビームや氷弾で攻撃しながら逃走を始めた。逃げた先にはあの黒い敵機の巨大な群れがある。
「あいつ、群れに紛れて隠れる気か! ――エリシア、キムの頭がそっちに逃げた。仕留めてくれ、もしくは足止めしてくれ!」
エミールは咄嗟にエリシアに連絡し、援護を頼む。
「はあ? 頭が逃げた? なにを言っているのよ」
「そのままの意味だ。キムが頭だけになってそっちに逃げたんだよ!」
「なにそれ……うわ、本当に頭だけじゃん。――ごめん、仕留められなかった。でも羽を壊した。動きが止まったよ!」
「Спасибо!」
エミール、権能・射撃之名手発動。動きが完全に止まったキムの頭を照準のど真ん中に捉え、フェンリルの引き金を引く。弾倉内で十分に魔力をため込んだ魔弾が勢いよく銃口から発射され、動けないキムへ一直線に飛翔する。命中。キムの頭部は爆散し、あたりに血をまき散らして消えた。
「グッドキル、エミール」
「支援助かったよ、エリシア」
クルシュナーとキムを撃破し、エミールが敵機群の殲滅に戻ろうとしたときだった。敵機群の中央部分に穴が開き、中から何かが出てきたのだ。その瞬間、激しいプレッシャーがエミールを襲う。
「なんで、奴がここにいるんだ……」
エミールは中から出てきたものの正体をはっきりと視認した。金色に輝く長い髪、真っ黒いサングラス、真紅のトレンチコート、二対の巨大なコウモリ状の翼。紛れもなく、”奴”であった。
「ジャン・ノスフェラトゥ……」
「久しぶりだね、エミール・シュタインハルト君」
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