Ⅷ. 最終訓練・Ⅰ④ 非常事態
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『真っ黒い要撃機だと?』
帰投報告を行うエミールに、母艦の管制官が疑いの声で言った。
『そんな馬鹿な話があるか。そんなもの、用意していないぞ』
「なんだって? しかし、我々は確かに接敵したぞ。そして撃墜した。正体不明の敵機への対処訓練かと思ったが、どうやら違うらしいな」
と、エミール。
『ああそうだな。そんなものはない。とすると――』
「”本当に”正体不明の敵、というわけか」
『そうだ。……とにかく、いまは帰投を最優先にしろ。もしまた途中でそれに出くわしたらなるべく戦闘は避けろ。ドンパチやるのはどうしても逃げ切れないときだけだ。いいな?』
「了解した。これより帰投する。――まったく、面倒なことになった」
「さっきのやつ、模擬要撃機じゃなかったのですか?」
と、通信を終えたエミールにヤコヴレフが聞く。
「まあ、そういうことだな。だが、いまは帰投が最優先だ。さあ、さっさと帰るぞ」
「了解」
と、一同。
天馬を母艦の方向に向け、帰投しようとしたとき、エミールは後方からなにかが接近してくるのを感じた。
この感じ、まさか、またあの黒い奴か!?
「各騎、上昇しろ。また奴らだ」
エミールの号令で四騎が一斉に上昇する。その数刻後に、下方を先ほどとおなじ正体不明機アンノウンが三体、編隊を組んで追い抜いていった。
「今度は三機か。さっきよりずっと速い」
と、エミール。
追い抜いていった不明機は、今度は反転して再度向かってくる訳ではなく、一直線に飛び抜けていった。
「あいつら、わたしたちを襲うわけではなさそうね」
と、エリシア。
「そのようだな。……なにを狙ってやがる?」
「エミール、やつらの向かう先には母艦があります。我々の帰る方向と一緒だ」
「まさかあいつら、母艦を!?」
と、フィアモーレ。
「わからん。が、どのみち我々は同じ方向を飛んでくんだ。行くぞ」
三体の正体不明機は一直線に艦隊へ向かっていた。母艦との距離一○○○○メートルを切ったところで上空を警戒中の戦闘偵察隊が不明機を発見、旗艦フォンケルに通報。不明機接近の情報が艦隊に共有された。
「不明機が三体接近、か」
フォンケル艦長、フェルディナント・ヴァグナーは偵察隊の通報を受け、葉巻に火を付けて言った。
「敵の狙いは不明です。どんな攻撃手段を持っているかも」
と、副艦長。
「インターセプトは。どれくらいで我が艦隊に達する?」
「約五分で本艦に到達します」
「そうか。――疑わしきは罰せよ、わたしのモットーだ。いま出撃中の戦闘偵察隊を迎撃にあたらせろ。そしてツゲルクヴァール、グラウヴァール両艦に通達。訓練兵でない、正規の翔騎兵を全部出撃させろ」
二隻の翔騎兵母艦から次々と翔騎兵が離陸し、不明機の迎撃にあたる。さきに上空を警戒していた偵察騎兵、アルファ-1とアルファ-2は先に不明機とエンゲージ、ドグファイトに発展した。
「アルファ-1及びアルファ-2、通信が途絶えました。恐らく撃墜されたかと」
副艦長が告げる。
母艦から飛び立った翔騎兵は次々と不明機に攻撃を仕掛けていった。が、それらすべてが軽く躱され、注意を引くこともままならず、突破を許してしまった。
「不明機、さらに接近。艦隊防空の射程内に突入します」
「クソ。全艦、対空戦闘用意。なんとしてでも不明機をたたき落とせ」
各艦、対空戦闘開始。
「あいつら、なにかと戦っていますよ」
と、ヤコヴレフが前方を指して言う。
「戦闘偵察隊だ。絡まれたか、迎撃命令が出たんだ」
「援護しようよ、数では偵察隊が不利よ」
と、フィアモーレ。
「いや、もう遅い。墜とされた」
「でも、これで向こうに敵意があるとはっきりわかったわね」
と、エリシア。
「ウム、そうだな。奴らの狙いは艦隊で間違いないだろう。急ぐぞ」
そう言うとエミールは神速術式を発動。天馬の飛行速度を跳ね上げる。
「翔騎兵九騎の攻撃を軽々突破した、か。なにものだ、やつら?」
突破され、追いつけないでいる翔騎兵をエミールは超高速で追い抜き、三体の不明機を追う。艦隊の対空砲火に巻き込まれないよう用心しながら不明機の編隊を前方に補足する。と、不明機の一機が近くの駆逐艦に進路を変更するのを彼は認めた。
「あいつ、駆逐艦をやる気か!」
エミール、咄嗟に騎兵銃を構える。権能・射撃之名手、発動。銃弾の命中コースが光の筋として可視化される。エミール、射撃。不明機は爆散した。
残りの二体は依然として一直線に進んでいた。二体の向かう先には翔騎兵母艦ツゲルクヴァール。
エミールは術式・爆槍を発動。フラブリィの両翼に炎の槍を出現させ、二体に狙いを定める。加えて二本の爆槍に誘導術式を施し、自分の意思通りに飛ばせるようにする。エミール、爆槍をリリース。二本の槍は彼の誘導で不明機を追尾して飛んでいった。爆槍と不明機との差がどんどん縮まる。爆槍が二機に追いつくと、エミールは爆槍を不明機のすぐに下に潜り込ませ、爆発させた。母艦との距離、約一○○メートル。二機の不明機は爆槍の爆風をもろにくらい、力なく落ちていった。
「間一髪、か……」
三機をすべて撃墜したエミールはそのまま母艦の上空を飛び抜けると、上空で旋回して仲間の三人と編隊を組み、母艦に帰艦した。
「正体不明の黒い飛翔体、ね」
エミールらの報告をブリーフィングルームで聞いていた教官がつぶやいて言う。
面倒なことになったな、と教官は思った。ここは魔族国家とはずいぶん距離があるし、海上は海軍が常にうろついている。島は全域が軍事基地となっているし、至る所に兵士がいる。魔族が誰にも気付かれずに侵入し、暴れられる余地はないだろう。
「とにかく、だ。君のお陰でこの艦は無事だった。その件は例を言おう。感謝する」
「礼を言うのはまだ早いかと、教官。奴らがまたいつ現れるかわからないのですからね」
と、エミール。
「それもそうだな。……不明機の迎撃にあがった現役の九騎の翔騎兵は軽々と突破されてしまった」
「速度に圧倒的な差がありましたからね。天馬じゃあの速度には追いつけないでしょう、神速術式でもかけない限りは、ね」
「この状況で冗談はやめてくれ、そんな荒技ができるのは君とエリシア君くらいだ。普通の翔騎兵がそんなことやったら一瞬で振り落とされてしまう」
「ですが、またいつ出現するかわからない以上対処が必要ですが、それはどうするんですか?」
と、ヤコヴレフが教官に訊く。
「わたしとエリシアで出ましょう。我々なら奴らの速度に追いつける」
と、エミール。
「待ってくださいエミール、わたしとフィアモーレは仲間はずれですか?」
「まさか。君たちは大事な戦友だよ。だからこそだ。あの滅茶苦茶速い奴が多数、いや、無数にいるんだぜ? まだどんな攻撃手段を隠し持っているかもわからん。危険すぎる」
「それはあなたも同じでしょう、エミール。確かにあなたは、我々とは格が違うと言っていい。たぶんあなたは、我々をお荷物だと思っているんでしょう。邪魔者という意味ではなく、護るべき存在という意味で。あなたは我々を失いたくない、そう思っているんだ。――ここは戦場です。いつ仲間を失ってもおかしくない、そんなところです。エミール、あなたは認識が甘いですよ」
「そうよ、エミール。それに自分で言ったじゃない。わたしたちは戦友なんでしょう? 戦友が戦場で一緒に戦っていなくてどうするのよ」
と、フィアモーレ。
「……ウム、すまなかった。わたしとしたことが。ああ、そうだよな。ここは戦場だ。常に血と鉄の匂いが蔓延している。人の死なんて日常茶飯事だ」
畜生、戦場での感覚が鈍っていた、と、エミールは内心で舌打ちした。戦場で人が、仲間が死んでいくなんて当たり前のことじゃないか。スターリングラードでもそうだったろう。いったい何輌、仲間の戦車の被撃破を見てきたと思っているんだ。
「ヤコヴレフ、フィアモーレ、奴らの脅威度は未知だ。それでもわたしと一緒に戦ってくれるか?」
もちろんだ、と二人。
エミールらがそのような会話をしているなか、教官が気まずそうな顔をして話に割って入ってきた。
「ああ、あの、熱くなっているところにすまないんだが、ちょっと待ってくれ。この大規模演習の総指揮は艦隊長官殿が執っている。わたしとしては君たちに迎撃を任せたいのだが、まだ正式な兵士でない君らを実戦に出すとなると、わたし一人では決定できない――」
と、そのとき、ブリーフィングルームに緊急入電が入った。いわく、森林地帯上空に大量の不明機が群れとなって出現した、と。訓練兵の翔騎兵小隊が発見し、通報したらしい。現在はその翔騎兵小隊が戦闘状態に入り、戦闘している。
「教官、もはや四の五の言っていられる状況ではありませんよ。わたしたちを出してください」
と、エミール。
「そうですよ、教官殿。わたしたちなら、やれる」
と、エリシア。
「……ウム、そうだな。わかった、責任はわたしがとろう。出撃を許可する。諸君らの任務は突如発生した不明機群を撃墜し、”無事に帰還する”ことだ。これは至上命令だ」
了解、と一同。
「なんだありゃ……あれが全部、例の不明機だってのか」
母艦から出撃し、編隊を組んで現場に向かう途中でヤコヴレフが呟いた。
「なんだヤコヴレフ、怖じ気づいたか?」
エミールが煽って言う。
「まさか。見たこともないことだったので驚いただけですよ」
「ハハハ、そうだな。あんなにわたしに熱く語った手前、怖くなったなんて言えんだろう」
「だからそんなんじゃありませんて――」
そう言うヤコヴレフを遮ってエリシアが声を上げた。
「二時方向から敵機多数接近、たぶんわたしらをやる気ね」
「さっそく来たか。各騎散開、撃退するぞ。――そう怒るなよ、ちょっとからかってみただけだ、ヤコヴレフ」
そう言うとエミールは天馬を右にバンクさせ、敵機群に突っ込んでいく。それに合わせて敵機も散開、各騎に対して五機程度で襲いかかる。
敵機、射撃を開始。炎や氷の弾で弾幕を張る。
「なんだこいつら、撃ってくるのかよ。だが……弾幕が薄いぞ」
エミール、神速術式発動。敵の弾幕の合間を縫うように接近する。そして騎兵銃を構えると権能・射撃之名手を発動。すれ違いざまに弾丸を確実に、敵機に叩き込んでいく。三機を撃墜すると急上昇し、馬の腹を天に向けたまま追撃。残った二機を撃墜する。
「フムン、たいしたことはないな。さて、他の奴らは、と……」
自分に襲いかかってきた敵機を殲滅し、馬の体勢を整えると他の具合を確認する。
「……心配無用か。大丈夫そうだな」
エリシアは得意の魔術で一気に五機を殲滅。フィアモーレも自慢の炎属性の術式で一機ずつ確実に焼き払っていた。ヤコヴレフに至っては、馬から大ジャンプすると愛用の剣を抜き、斬った敵機を踏み台に次の敵機へと襲いかかっていた。それを見て蛮族のようだとエミールは思った。道理で剣ではあいつに勝てないわけだ。
次々と敵機殲滅の報告がエミールの無線機に入り、自分の元へ集まってくる。飛行しながら編隊を組み直し、例の巨大な敵機軍へと急ぐ。だいぶ距離が縮まってきたとき、前方に誰かが戦っているのをエミールは認めた。翔騎兵だ。三騎。大量の不明機相手に格闘戦をしている。
「前方に友軍だ。援護するぞ」
エミール、権能・魔弾之射手を発動。友軍の周りを取り囲んでいる敵機に狙いを定め、フェンリルのトリガーを引く。銃口から一発の魔力弾が飛び出した。それは一直線に敵の一機に飛んでいき、吸い込まれるようにして命中。そこから激しく軌道を変え、次々と他の敵機を撃滅していく。最終的に三騎の周りにいた敵機、約一○○機すべてはわずか一発の弾丸で墜ちていった。
と、今度はさらに大量の敵機がエミール目掛けて群がって突っ込んできた。
エミールはもう一度魔弾之射手を発動。これらをたやすく殲滅する。そして友軍のそばへ寄り、声をかける。
「大丈夫ですか――あなたは……」
エミールはその友軍の顔を知っていた。
「ゾムスキーさん……」
「エミール・シュタインハルト……」
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