Ⅷ. 最終訓練・Ⅰ③ 近接航空支援
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
目的地に着くまでの道中で、エミールは任務の最終確認を行っていた。
「わたしたちの任務は、敵のビーチに爆撃を行って上陸部隊の進撃を阻む塹壕やトーチカを破壊することだ。敵の対空砲火に注意しながら、合図があるまでは編隊を崩さないように。わたしたちはは翔騎兵だ。空からの攻撃は我々の得意としている。いままでの成果を発揮して地上の奴らをあっと言わせてやろう」
「了解、分隊長」
分隊員たちが一斉に返事を返す。懐かしい感じだとエミールは思う。祖国で戦車兵をやっていたときもこのような感じだった。
「そろそろだぞ、気を引き締めろ!」
エミールは天馬に鞭を入れた。フラブリィは一層大きく羽ばたき、速度をあげる。エリシアら分隊員もそれに続いた。
上陸用舟艇が真下に見えてきた。その上空を高速で飛行し、前進する。
「各員、目標が見えてきたぞ」
エミールは無線機に向かって言う。前方にはトーチカや対空銃座、塹壕などなどがびっしりと並んでいた。それらはすべて敵の防御施設であり、一斉に上陸部隊や翔騎兵に牙をむく。
と、そのとき、エミールは右翼方向からなにかが五体ほど接近してくるのを感じた。敵の模擬要撃機か。
「各騎、三時方向から敵のお出迎えだ。来るぞ」
エミール、天馬の手綱を手前に引いて上昇。模擬要撃機は先ほどまでエミールが飛んでいた高度を高速で突っ切っていった。エミールはその姿をはっきりと肉眼で捉えていた。
「なんだ、ありゃ。あんな要撃機なんていたかな」
彼は横切っていった要撃機を訝しんだ。事前に母艦で説明されたどの要撃機とも一致しないからだ。説明された要撃機はすべてが色鮮やかで、小さいドラゴンを模したような形状だった。が、いま自分たちを襲ってきた――と思われる――のは、色が真っ黒でまったく光を反射せず、それゆえに形状がつかみづらい。
横切っていった黒い模擬機は反転。ピッチアップによる一八○度ループ、からの一八○度ロール。五体が編隊を組み、一糸乱れぬ動きでインメルマンターン。再び接近してくる。
エミール、天馬を左にバンクさせ旋回、黒い模擬機と正面から立ち向かう。ヘッドオンだ。
「撃ってくる気配はない、か。ならば――」
彼は騎兵銃ではなく、腰にぶら下げていた大型拳銃・フェンリルを手にして構えた。魔力アモを魔力弾倉マガジンに込め、遊底スライドを引き、安全装置セーフティを解除し、敵機の先頭に狙いを定める。権能・魔弾之射手、発動。
「――グッドキル、エミール」
無線越しにヤコヴレフが言ってきた。
「ありがとう、ヤコヴレフ」
彼の放った一発の魔弾は光の筋となって黒い要撃機に襲いかかった。先頭の要撃機を撃ち抜くと一気に上昇し、そして急降下してに隣のに風穴を開けると再度上昇、針で糸を縫うような機動で五体を一掃した。
要撃機とおぼしきものを撃墜したエミールだったが、一息つけたわけではなかった。
「敵の対空砲だ、撃ってきた。注意しろ」
瞬く間に敵の対空砲が撃ってきたのだ。エミールは全員に指示して防御結界を展開、敵の対空砲火をかわしながら進む。そしていよいよ攻撃目標が眼前に迫ってきた。エミール、爆撃アプローチに入る。腰に付けた擲弾筒を片手に持ち、高度を落として低空から侵入する。
目標に接近するにつれて敵の対空弾幕が厚くなっていく。エミールは防御結界をさらに厚く展開し、目標へ一直線に突き進む。
「もう少し、もう少し……」
目標が有効射程内に入った。エミール、擲弾筒を投下。彼の手から離れた擲弾筒は散開して目標のすぐ上で炸裂。目標は破壊された。が、それをエミール自身が確認する必要はない。それは観測隊の仕事だった。
擲弾筒を投下したエミールは爆破された目標の頭上をさっと飛び抜け、高度をあげて旋回する。旋回途中でエリシアらが合流した。
「全員いるな。よくやった。――ツゲルクヴァールへ、こちらシュタインハルト小隊。途中で真っ黒い要撃機を五体たたき落とした。爆撃任務も完了、これより帰投する」
「なあ兄貴、なんか嫌な空気がしねえか?」
リノがゾムスキーに言う。ゾムスキーとリノ、そしてムンクの三人もエミールらと同じく、この大規模上陸訓練に参加していた。三人は、以前ジャンという吸血鬼にクルシュナーとキムを殺されてから己の考えを改め、基地の上官に嘆願して再訓練を受けていた。その最終訓練としてこれに参加していたのである。
「なんだリノ、大便でも我慢してんのか?」
と、ゾムスキー。
「いやそういうわけじゃねえ。なんというか、もの凄いプレッシャーを感じるんだ。母艦を出てからずっと鳥肌がたってる」
「そいつはリノ、武者震いって奴だぜ」
と、ムンク
「……だといいんだがな」
「それよりほら、もうすぐ目的地だ。爆弾構えとけよ」
と、ゾムスキーが言う。
と、そのとき、リノが遠くの景色に異常を認めた。ビーチを越えた先は鬱蒼とした森林が広がっている。その上空から、黒い靄が広がっているのだ。
「お、おいなんだあれ、真っ黒い雲……? あんなん見たことねぇぞ」
リノの言葉で、他の二人も状況に異変が起きていることを認識した。
「マジかよ、なんだありゃ。……待て、あれ、本当に雲か?」
と、ゾムスキー。
「ムンク、遠視で確認してくれ」
「了解」
ムンク、遠視術式を発動。黒い雲のようなものを観察する。
「なあ、ありゃあ、雲じゃねえぜ。なんか黒い飛行生物の大群だ。しかも皆さん、一心不乱にこっちに向かってきてる」
「黒い飛行生物、だ? この辺にそんなもの生息していたか?」
と、リノ。
「いや、知らねえな。とりあえず母艦に報告する。――グラウヴァールへ、こちらゾムスキー小隊、異常発生だ。ビーチの向こうの森林上空に黒い飛行生物の大群だ。あんなの見たことがない。そちらでは確認されているか?」
『こちらグラウヴァール、ゾムスキー小隊へ。こちらでも確認している。現在偵察隊を向かわせ、偵察させている。諸君らは予定通り爆撃任務を続行せよ。状況が変わったらこちらから指示を出す。以上』
母艦からの指示を受け、ゾムスキーらはとりあえず任務を続行しようとした。が、すぐに再び母艦から連絡が来た。
『こちらグラウヴァール、状況が変わった。偵察隊が撃墜された。よってこちらでは例の飛行生物群を敵性と判断した。諸君らは至急、飛行生物群の撃墜に当たれ』
「マジかよ、じゃあ、あれ全部敵ってことか? にしてもなんでこんなとこに……」
と、ムンク。
「知るか。俺が聞きてえよ。とにかく、考えてても仕方がねえ。さっさとあいつらを墜としに行くぞ」
それから三人は黒い飛行生物群に天馬を飛ばし、撃墜を試みる。ある程度接近したところで、大群の一部が群れから離脱、ゾムスキーら目掛けて突っ込んできた。
「うわっ、こいつら、やる気満々だぞ」
三人、散開。ゾムスキーは飛行生物の突撃を右にバンクして避けると、反転、群れの六時につく。そして騎兵銃を構えると、照準を群れに合わせ、爆裂術式を弾丸に施して引き金を引いた。銃身の先から術式を帯びた弾丸が勢いよく飛び出し、群れのど真ん中に飛び込み、炸裂。四体ほどが落ちていった。彼は続けて二発、三発と群れに撃ち込む。数は順調に減っていっていた。と、そのとき、背後に気配を感じた。咄嗟に手綱を引き、急上昇する。
「ふぅ、危ねえな……」
背後から新たに二つの群れが突っ込んできていた。一瞬前までゾムスキーがいたところを群れがどっと押し寄せていった。少しでも回避が遅れていたらたたき落とされていただろうと彼は思う。
「にしてもこいつら、飛んでいるだけでなにか撃ってくるわけじゃないのか……」
空になった弾倉を捨て、新しいものを付けながら呟く。残りの弾倉はいま付けたものを含めてあと三つ。
「全部はさすがに墜とせねえか」
再び片方の群れの六時を占位し、射撃する。と、いままで群れで固まって飛んでいたのが散開し、さらに小さい複数の群れになった。それらがすべてバラバラに飛び、それぞれのタイミングで自分目掛けて突っ込んでくる。
「なに!? クソッタレ、面倒なことしやがって」
十時下方から突っ込んできた群れを右バンクで避け、そのまま右旋回して抜けていった群れを追う。照準器のど真ん中に捕らえ、カウンター射撃。命中。今度は正面から突っ込んできた。ヘッドオン。向こうはなにも撃ってこない。こちらは銃器がある。敵とぶつかるよりも速く狙いを定めて引き金を引く。炸裂に巻き込まれて落ちてゆく群れの右翼、彼から見て左側を飛び抜け、前方を右から左へ横切っていく群れに目を付ける。五時から突っ込んできた群れを、姿勢を変えずに右斜め上へスライドして避け、瞬時にカウンター。立て続けに元々狙っていた群れを撃ち落とす。
すべて好調であったが、ここで遂に弾が切れた。全部の弾丸に術式を付与していたため魔力残量も心許ない。
「クソ、ここらが限界だってのか……」
残弾と魔力が底をつき、攻撃手段を失ったゾムスキーに四方向から群れが突っ込んできた。急激な機動で避けられるだけの体力も残っていない。
「ここまで、か……」
と、覚悟を決めたとき、遠くでなにかがキラッと光のをゾムスキーは見た。そして次の瞬間、自分目掛けて突撃してきていた四つの群れがほぼ同時に爆散。およそ三十体ほどいた飛行生物がすべてボロボロになって力なく落ちていった。
「な、なんだ……?」
彼はなにかが光った方を見やる。と、向こうから翔騎兵が一騎、こっちへ飛んできていた。援軍だった。
「援軍か、こりゃありがてえ。――なんだ、あの速度」
安堵したのもつかの間、彼は翔騎兵の異常性を認めた。翔騎兵の速度が速すぎるのだ。若干、光の尾をひいているようにも見える。速い。通常の三倍は出ていそうだと彼は思った。
先ほどまで彼の周囲を飛んでいた飛行生物群が一斉にあの翔騎兵目掛けて飛んでいった。全方位を囲んで突っ込んでいく。
「危ない!」
彼は咄嗟に翔騎兵目掛けて叫んだ。が、一瞬の後にその叫びは無駄になった。
翔騎兵を取り囲む小さな群れと群れの隙間から一筋の光が走った。その光の筋は途中でぐっと方向を変え、群れの一つに突っ込んでいく。そして瞬く間に群れをすべてたたき落とすとさらに方向を変え、別の群れに突っ込む。群れを墜とし、方向を変え、また墜とす。この繰り返し。最終的に、翔騎兵に突っ込んでいったすべての群れは三秒足らずですべてが撃墜された。
周囲の飛行生物群を一掃し、翔騎兵はゾムスキーのそばに駆け寄ってきて言った。
「大丈夫ですか」
ゾムスキーはその翔騎兵の顔に見覚えがあった。いや、見覚えがある、なんて薄っぺらい記憶じゃない。彼を見て、ゾムスキーは一瞬であの日のことを思い出した。
「エミール・シュタインハルト……」
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