Ⅷ. 最終訓練・Ⅰ② シュタインハルト小隊
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
人類国家にとって魔導翔騎兵は、魔族国家との戦争において人類最強の兵器として活躍していた。その速度と機動力は、魔族の、ドラゴンなどを用いた空からの攻撃を迎撃可能であり、また翔騎兵たちの魔術の火力は敵軍の要塞や塹壕を破壊することができた。そして翔騎兵の命ともいえるものが、天馬である。翔騎兵たちはみな、各の天馬と心を通わせ、乗りこなし、常人では到底なしえない驚異的な戦闘能力を発揮してきた。本来なら魔法面で遙かに劣るはずの人類が魔族と戦争をしてこれたのは、彼ら翔騎兵の活躍なしには実現し得なかっただろう。
帝国海軍第三訓練用艦隊は、訓練用というだけあって乗員の大半が訓練兵や士官候補生であった。そして艦隊に所属している艦も殆どが練習艦である。が、その性能は現役の艦に多少遅れをとるものの遜色ないものであり、有事の際には戦場に赴き、現役艦に遅れをとることなく作戦行動をすることができる。
第三訓練用艦隊の陣容は以下の通りである。戦艦が「フォンケル」「カイザー・ザレンベルク三世」「ドブルイニャ・ポポーヴィッチ」「オーバーハウゼン」の四隻、装甲巡洋艦が「スヴァローグ」、「ストリボーグ」、「ローレライ」、「ハーン」、「ウラジーミル」、「トイフェル」の六隻、翔騎兵母艦が「ツゲルクヴァール」、「グラウヴァール」の二隻、他駆逐艦八隻、補給艦四隻、兵員輸送艦六隻。計三十隻を擁した大艦隊である。帰艦は戦艦フォンケル。
早朝、戦艦フォンケル以下四隻と装甲巡洋艦六隻による上陸地点への艦砲射撃が始まった。戦艦の多数の三○センチ砲と巡洋艦の二○センチ砲が一斉に飛来、上陸の障壁となる沿岸砲やトーチカなどを破壊し、無数のクレーターを築き上げる。そして戦艦らの第一斉射後すぐに陸軍上陸部隊の上陸が始まる。多数の兵士が兵員輸送艦から上陸用舟艇に乗り込み、クレーンで海に降ろされ、一斉に敵のビーチへと向かってゆく。彼らはエミールたちとは違って大学校の士官候補生というわけではなく、徴兵された新兵である。
多数の上陸用舟艇が一斉に上陸地点の砂浜に乗り上げた。そして船の扉が開き、そこから歩兵銃を抱えた歩兵たちが飛び降り、敵の防衛施設や塹壕目掛けて一斉に走り出した。歩兵たちは定期的に艦砲射撃によってできたクレーターや岩などの遮蔽物に身を隠しながら迅速に前進してゆく。空では翔騎兵たちが飛び交い、近接航空支援や制空権の掌握などを行った。ビーチには敵のトーチカや銃座があり、激しい抵抗を見せた。しかし歩兵たちは勇敢にも前進し、小銃や手榴弾で敵兵に見立てた人形をなぎ倒しながら敵の陣地を破壊していった。
ビーチを制圧した後はさらに内陸に進撃していく予定である。訓練の目標完了時刻は一七○○時。現在は八○○時であるので、約七時間での制圧が新兵・候補生たちには求められていた。さらに奥に進んでいけば鬱蒼とした森林が待ち構えており、ゲリラ戦になることも想定される。
今回の訓練で、エミールは分隊長を任されていた。エミールの同期兼親友であるエリシア、ヤコヴレフ、フィアモーレはみな彼の分隊の分隊員である。金髪碧眼で容姿も端麗なエリシアは彼に勝るとも劣らない実力を持っており、ヤコヴレフは銃を持った相手を平気な顔で切り伏せられるだけの剣の実力を持っている。フィアモーレは火属性魔術において、候補生の中で彼女の右に出る者はいない。心強い仲間たちだとエミールは思う。戦闘能力が高いから、だけではない。彼らはみな、三年間互いに信頼し、助け合い、切磋琢磨してきた仲間だ。
エミールは翔騎兵隊長官の「各員戦闘配備」の号令が艦内放送で出されるとすぐ、身支度をして自室を飛び出し、エリシアらと共に階段を駆け上がり、艦内居住区よりも上層にある馬舎に走る。エミールの天馬――エミールにフラブリィと名付けられた――は馬舎中央辺りに収容されていた。フラブリィの手綱をつかみ、エミールは馬を落ち着かせながら小屋から出す。馬と歩き、馬舎から飛行甲板にあがるエレベータまでの道中で弾薬などを整備兵から受け取り、一小隊全員でまとまってエレベータに乗る。
全騎が母艦の飛行甲板に揃ったとき、上陸地点に対して戦艦と巡洋艦による艦砲射撃が始まった。母艦からは、大きな轟音とともに鋼鉄の火の玉が飛び出し、遠くに見える白いビーチに落ちていくのが見えた。弾種は榴弾。着弾と同時に信管が作動し、敵の防衛施設や兵器を吹き飛ばす。エミールはその光景に息を呑んだ。これが、戦争なのだ。戦争の空気だ。三年ぶりに吸う空気だ。
エミールは、自分の身体が震えているのを認めた。そういえば祖国で初めての戦場に立ったときも震えていた。これは、武者震いだ。そう自分に言い聞かせ、彼は自分の分隊に向かって声をかけた。
「みんな、準備はいいか? これから出撃だ。いままでの訓練とは違う。より大規模で、より本格的だ。ここは、戦場だ」
「問題ありません、分隊長。剣の腕も身体も上々に仕上がっていますよ」
ヤコヴレフが答える。
「大丈夫。――これが戦場の空気ね、緊張する」
と、フィアモーレ。
「わたしも大丈夫よ、エミール。――さっさと終わらせて帰って寝たいわ」
と、エリシア。
彼らの顔を見て、エミールは彼らなら大丈夫だと直感的に感じた。みな少なからず緊張していると思うが、各各最高のパフォーマンスを発揮できるだろう。なにも、問題はない。
黄色の派手なベストを着た甲板作業員――レーゲンボーゲン・ガングと呼ばれている――の指示で、エミールらは馬を離陸位置まで歩かせる。そして、作業員が緑の旗を頭上で大きく振ったのちに身体を低くし、離陸時の進行方向を大げさといえるほどに大きく腕で指す。「離陸してよし」の合図だ。
「シュタインハルト小隊、出るぞ」
エミールは後ろの三人に、そして自分に言い聞かせるように大声で号令を出す。そして小さな声で優しく、自分の天馬に声をかける。
「行こう、フラブリィ」
フラブリィは自分の主、エミールの言葉を理解したかのように鼻を鳴らした。
エミールが勢いよく手綱を引く。それに連動してフラブリィは大きく前脚を上げ、なにかに弾かれたかのように一気に前進。真っ白い翼を広げ、後ろ脚で思い切り甲板を蹴り上げ、離陸。そのまま高度をあげて母艦の周りを旋回飛行し、他の三人の離陸を待つ。
三人が離陸してきて編隊を組むと、エミールは再び三人に言う。
「シュタインハルト小隊、行くぞ!」
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