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Ⅷ. 最終訓練・Ⅰ① 出港

毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定

戦わない人生は、普遍的な有機体の中では死海である。

                         ーマシャード・デ・アシス


 エミール・シュタインハルトは魔動汽車の窓から外を眺めていた。青空に点点と白い雲が浮かび、遠くには空と同じく青い海が太陽光を乱反射して輝いている。汽車はザレンベルク帝国海軍が管理する軍港の一つ、エーレンブルク港に向かって走っていた。そこで彼らは翔騎兵母艦に乗り込み、卒業のための最終訓練、強襲揚陸訓練に臨むのだった。

 

「やっとここまで来た、か……」

 

エミールがぼそっと呟いた。


「ええ、そうね」


エリシアが反応して言う。


「思えば、長いようで短い候補生生活だった。――あっちの世界でもこっちの世界でも戦争とは、まったく嫌になるな」


と、エミールは微笑んで冗談交じりに言う。


「ああ、あなたは元いた世界じゃ兵士だったんだっけ。きっとあなたは戦争の神に好かれているのよ」


「神、ね。そんなものが本当にいるなら迷惑極まりないな。会ったら一発ぶん殴ってやる」


「是非ともその威勢をいつまでも保っててもらいたいわ。――あなたには一切を終わらせる力があると思っている。戦争が嫌なら、是非とも<戦争の神>を殺しに行くといいよ。そのときはわたしも一緒について行ってあげる」


「わたしに、そんな力があるといいがね。第一、わたしにそれだけの力があるならエリシア、君にもあるだろう。成績は殆ど同じだしな」


「それもそうね」


と、彼女は微笑して言う。


 などと話していると、お手洗いに行っていた親友のヤコヴレフが戻って来た。

 

 彼は黒髪を後ろで一つに束ね、長身で、縦長の顔に眼鏡をかけている。魔術や銃器、馬の扱いなどなどはすべて平均以上だが、なにより剣の扱いに長けている。総合成績で首位はエミールだが、剣においては彼がいつも勝っていた。


「と、もうすぐで着きますね」


ヤコヴレフがエミールの向かいに座って言う。


「ム、もうそんな時間か。いよいよだな」


「ええ、そうですね。――頼りにしていますよ、エミール・シュタインハルト分隊長」


「戦場以外でその呼び方は止めてくれよ、ヤコヴレフ。――お前も一服どうだ?」


そう言ってエミールは彼に懐の煙草を一本差し出す。


「ありがたいですが、遠慮しておきます。戦闘時に呼吸が乱れてしまったら敵わないですから」


「おっと、そうだったな」


 彼は剣を振るうとき、一族に代々伝わる呼吸法によって並々ならぬ剣さばきを発揮していることをエミールは思い出した。


「じゃあわたしがもらおうかしら。ちょうど切れちゃったのよね」

 

 エミールは彼女に一本渡し、自分も煙草を咥えて火を付ける。


「そうだ、そろそろ彼女を起こしてやらんとな。このままじゃ三日間くらい寝ていそうだ」


と、エミールがヤコヴレフの隣で熟睡しているフィアモーれを見て言う。


「そうですね。――起きてください、フィアモーレ。そろそろ着きますよ」


「あら、もう着くの?」


と、寝起きであまりよくない滑舌で言う。


「そうだな。いよいよ始まるぜ?」


「……緊張、するわね」

 

「大丈夫ですよ、フィアモーレ。我々はいいチームですから。この訓練も難なくこなせますよ」

 

 ヤコヴレフが胸を張って言う。


「そうだな。特に君は火属性魔術が強い。いざとなったら君の炎で焼き払ってもらうかな、期待しているよ」


と、エミールも彼女を励ましてやる。


「あら、わたしを頼ってくれてもいいのよ?」


と、エリシア。

 

「そうね、ありがとう、みんな。でも、油断は禁物だよ。この訓練は本物の戦闘に近いんだからね?」


「ああ、もちろんだ」

 

 エミールは微笑して言った。が、内心では極めて真剣であった。彼は戦争の恐ろしさを知っている。彼は祖国の大地でT-34を乗り回し、ナチの大軍を相手にしていたときの頃を、異世界にやってきて数年経ったいまでも鮮明に覚えていた。

 

「ええ、そうですね。でも、我々は国防大学のエリートです。自身もっていきましょう」

 

ヤコヴレフが笑って言った。

 

「諸君、そろそろ到着する。各自、荷物を纏めて降車用意」

 

 後ろの方から声がかかった。教官が号令をかけたのだ。みな一斉にざわざわと荷物を纏め始めた。彼らもみな、魔導翔騎兵になるべく三年間の訓練を積んできた強者たちだ。

 

「さ、わたしたちも準備しよう。首位のくせにたるんでるぞなんて迫られたらたまらない」



 それから汽車を降り、自分の天馬を列車の後ろの方にある馬舎車両から降ろす。手綱を引き、二列縦隊で港に向かう。


 しばらく歩を進め、遂に翔騎兵母艦が見えてきた。桟橋と平行に停泊している。


 今回の訓練に参加する翔騎兵母艦は二隻、「ツゲルクヴァール」と「グラウヴァール」だ。これらは帝国海軍が保有するグラットヴァール級翔騎兵母艦の姉妹艦であり、それぞれ三番艦と四番艦である。全長一七三メートル、全幅二四メートル、基準排水量八五○○トン。約五十頭の天馬とそれに関する人員、装備などを積載できる。この艦は後部に翔騎兵発着艦用の広い平甲板があり、翔騎兵は艦内の馬舎から馬と共にエレベータで上昇、そこから出撃する。武装は一五○ミリ単装砲が前部甲板上に並列で二門、舷側にケースメイト式配置で片舷に三門、計六門、祝砲用四五ミリ単装砲が両舷甲板上に計二門、七・七ミリ機銃が四挺。機関はヴェルグナー式魔動型蒸気機関が二基で出力は五二○○馬力。船速は最大で一三ノットを発揮可能である。エミールらはツゲルクヴァールに乗艦する。


「あれが翔騎兵母艦か……」


エミールが艦を見上げて言う。


「大きいな……こいつらも魔力で駆動しているのか?」


「ええ、そうですね。帝国の魔導工学の賜ですよ、これは。母艦だけじゃない、戦艦や装甲巡洋艦、駆逐艦に揚陸艇、すべてが帝国の工業力の産物です」


ヤコヴレフが目を輝かせて言う。


「わたしは元来海のことには疎かった。……が、海も悪くない、いや、いいな、これは」


 それから艦に乗り込み、天馬を馬舎に入れ、エミールらは艦内の自室に入る。舷窓からは海が見えていた。


 ツゲルクヴァールの重く太い警笛が内外に鳴り響く。錨を上げ、係留ロープをほどかれた彼女がいよいよ微速前進で進み出す。


 帝国海軍第三訓練用艦隊、出港。

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