Ⅰ. 見知らぬ世界へ③ 相方
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
それからわたしは、校長に案内されて自分の部屋に来た。部屋は相部屋で、そこまで広くはないが、特別狭くもなかった。内装は机とベッド、小さめの棚が二つにクローゼット、洗面台が一つ。お手洗いは別だった。
「あら、やっと戻ってきたのね。しかも、自分の部屋の場所がわからなくて校長に送ってもらうなんてね、居眠りさん?」
部屋に入るや否や、ルームメイトのエリシア・セレナデューが先ほどの件を弄ってきた。初対面のはずだが、結構なれなれしい奴だとわたしは思う。顔立ちは整っており、スタイルもよい。長いブロンドの髪を後ろで一つに結っており、容姿端麗だ。性格は……別問題か。
「君がルームメイトか。エリシア・セレナデューだったか。わたしはアレク……エミール・シュタインハルト。よろしく」
わたしは簡単に彼女に挨拶する――危うく前世の名を名乗るところだった――。
「アレク......なにかしら、まだ寝ぼけているの?」
彼女は笑って言う。
「そんなにおかしいか」
「ええ、おかしいわね。ま、これから部屋が変わることはないだろうし、三年間よろしくね」
そう言って彼女は右手を差し出し、握手を求めた。
どうやら少しわたしをからかってみただけで、本気で馬鹿にしているわけではないらしい。前世に女房を残してきた手前、彼女の握手に応じるのを一瞬ためらったが、転生した今、もうそんなことは関係ないかと開き直り、その手を無言で、軽く握った――それでも罪悪感は完全には拭いきれなかったが――。
翌日、わたしたちは第一演習場に集められていた。魔術の実技演習だ。この学校には海軍候補科と陸軍候補科があり、それぞれに普通科と魔術科がある。わたしは陸上騎士候補部の魔術科だ。演習はルームメイトと二人一組で行うのが基本。
「私が今日からお前らに魔術を教える、マービン・ストレンジェウスだ。いいか、お前ら。お前らは騎士になるためにここにいるのだ。我が国が騎士に求める資質は三つ。一つは主と帝国への絶対的な忠誠心。一つは、魔王軍を必ず打ち倒すという強い意志。そして最後の一つは、武魔両道だ。ここは魔術科だが、なにも魔術だけできればよいという訳ではない。剣術、弓術、銃術、馬術などなどもできなければならないのだ。それに、魔術の中には剣術や銃術ありきのものもある。もっとも今は魔術の演習なのでそれらは別の時間になるが、くれぐれも、魔術以外をおろそかにしないように」
イエス・サーと全員が声を張り上げて答える。
今日の演習は、ごく基本的な魔術についてだった。まず、この世界の魔術にはそれぞれ属性がある。火、水、風、土、木、光、闇の七属性だ。火は木に強く、水は火に強く、風は水に、土は風に、木は土に、光は闇に、闇は光に強い。
そして、魔術を発動させるには基本的に”詠唱”を行う必要がある。魔術というのは、自身のもつ魔力を消費し、自分の思考エネルギーを大気中の魔粒子に共鳴させて起こすものだ。だがほとんどの人の思考エネルギーは魔粒子と共鳴できるほど強くない。そのために詠唱を行い、言葉のもつ力、言霊で足りない意思エネルギーを補うのだ。
また、魔力は各人固有であり、これが高いほど魔術を持続的に使え、かつ強力な魔術も扱える。いわば体力のようなものだ。これは先天的な影響が強く、あとからいくらか増やすこともできるが、大抵は生まれた時点で決まっている。
教官曰く、世の中には頭の中で念じるだけで魔術を使える人がいるが、それには想像を絶する魔力と意思エネルギーが必要で、常人には到底できない芸当だ。そもそも魔術を扱える人が限られており、魔術を扱えない人は詠唱したところで魔力が全く足りず、術式を使えない。普通の魔道士は、魔力が常人の数十倍から数百倍あり、意思エネルギーも常人とは比べものにならないほど強い。それでも術式の発動には詠唱を行わねばならないのだから、その過酷さが理解できる。
今日のこの演習では七属性から光と闇を除いた五属性における基本術式の実践を行う(光と闇は特殊で、扱える人が限られるらしい)。それらは基本というだけあって、殺傷能力はほとんどない。火属性なら小さい火球を、風ならそよ風を極めて狭い領域に発生させる程度だ。わたしはそれらをすべて完璧にこなした。もっとも、この程度はほとんどの初心者魔道士ができるので、たいしたことではないのだが。
「あら、今日は居眠りしないのね。それに術式も完璧にできている」
「褒められたのか馬鹿にされたのかわからないな」
「どっちでもないわね。意外だったのよ。ほら、演習って二人一組が大抵だから、相方の腕が悪けりゃわたしの成績にも影響が出る。正直ハズレを引いたと思ってた」
「ハズレ、か。そんなんでは軍隊は向かないぞ。軍隊は団体行動だ。一人だけで動くことなんてそうそうない。どんなやつと組まされようと、そいつと協力せにゃならん。できなければ、死が近くなる」
「ハイハイ、わかりましたよ、エミール・シュタインハルト殿。あんたって、そんな奴だったんだ。まさか居眠りしていた人から説教されるとは思わなかったわ」
それきり、わたしたちは無言で与えられた課題をこなした。
正直、この女とうまくやっていける自信がない。
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