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The World Times:選択肢

毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定

 カール・レヴォルビッチは、自分の机に座って手に持った書類を見つめていた。それは、帝国政府からの最新の税金システムの通知書だった。帝国は、最近始まったベルジュ=カジャナ戦争への出兵のための費用を賄うために、中流及び低流労働者たちに対して重税を課していた。彼は、自分のギルドに所属する労働者であり同志でもあるギルドメンバーたちがどれだけ苦しい生活を強いられているかを知っていた。彼らは食べるものに困り、つぎはぎだらけの汚れた衣服を身にまとい、今にも剥がれてしまいそうな屋根や壁の家に住み、病気になっても医者にかかる余裕がなかった。彼らは稼ぎの大半を帝国に持っていかれても、明日の生活のために不満を漏らす間もなく働き続けるしかなかった。


 彼は自分の心の中に、怒りと悲しみと絶望という感情が渦巻いているのを感じた。彼はいままで、帝国のあちこちで開催されるギルド大会で政府の圧政を糾弾してきた。それでも一向に労働者たちのことなど見向きもせず、更に思い税を課してくる帝国に対して何かをしてやりたい、一矢報いてやりたいと思った。そのとき、側近の一人であるアリス・テレジアが彼の部屋に入ってきた。そして彼に言った。


「ギルド長、我々はもう限界です。連中に言葉で語りかけることは効果的でありません。連中は、話を聞く耳を持っていないのです。ですから……」


「ですから、なんだ。まさか……」


「そうです、帝国に対して蜂起するのです。彼らは言葉による対話をせず、国家権力という鞭で我々を打っています。言葉の通じない熊と話し合いはできません。そのような状況で我々にできることは唯一つ――」


「……我々も暴力でもって応戦する、か」



 それ以降、彼は同じように考える同志たちと連日、密かに会合を重ねた。彼らは、帝国に対して蜂起することを計画していた。彼らは政府内にいる協力者から、半年後、帝国国防大学校にキルシダー首相が訪れて観閲式を行うという情報を入手していた。彼らは、暴力で己を襲う熊を打ち倒すための武器や爆弾を秘密裏に集めていた。彼らは、帝国の軍隊や警察、官僚、貴族たちに対して、攻撃を仕掛けることを計画していた。


 実行まであと一ヶ月となったとき、不意に彼の背筋に寒気が走った。自分たちはいま、いったいなにをしているのだ? この銃はなんだ、この弾薬は、爆弾は? 彼は自分が恐ろしく感じた。彼は、その計画に対して迷いがあった。彼は、自分のギルドの労働者たちを危険にさらすことになるのではないかと心配していた。彼は帝国の反撃に対して、彼らが耐えられるかどうかを疑っていた。彼は蜂起の成功を確信できなかった。彼は自分がリーダーとして果たすべき役割に、不安を感じていた。そしてなにより、彼は自分の手が、同志の手が憎しみに曝された赤黒い血で染まってしまうことを恐れていた。


 彼は自分の机の上に、一束の書類を置いていた。それは、蜂起の計画書だった。そしてその裏表紙には、自分の、そして同志たちの帝国に対する不満や要求、蜂起に対する意気込みや目標が力強く書き込まれていた。それは、彼が自分の仲間たちと連日連夜一緒に作ったものだった。それはいずれ、帝国全土を混乱に陥れるやもしれぬ悪魔的な爆弾だった。


 彼は、自分の率直な気持ちをテレジアに打ち明けた。


 彼女は言った。


「ギルド長、わたしは、あなたの気持ちがよくわかります。わたしも度々、蜂起に対して悩むことがあります。本当にこれでいいのだろうかと。ですが、この気持ちは甘えだと、わたしはその都度自分に言い聞かせていました。ギルド長、我々は、一歩を踏み出さねばなりません。我々がとることのできる選択肢は二つです。帝国の圧政下で重税に押しつぶされて死ぬか、例え犠牲を払ってでも暴虐の熊を打ち倒して労働者を救済するか、です。人は道の天国よりも住み慣れた地獄を好むと言った人がいます。わたしはそれを聞いたとき、確かにその通りだと思いました。しかし同時に、それではいけないとも思いました。住み慣れた地獄、だ? 住み慣れさせられた、の間違いでしょう。我々はいま地獄にいますが、その上には天国で悠々と生きている人間がいます。現政府の連中です。連中の天国での暮らしのために、我々は、地獄での生活に慣れさせられているのです。連中も我々と同じ人間だというのに、です。――ギルド長、奴らを打倒しましょう。奴らに苦しめられてきた時間を、奪われた楽園を取り戻しましょう。議会まで進撃しましょう。議会の壇上で宣言しましょう。圧政に苦しむ人々を解放しましょう!」


 一呼吸置いて、彼は言った。


「ああ、そうだな。わたしは、甘えていた。労働者を見捨て、現状に甘んじようとしていた。――ありがとう、テレジア君。わたしは、決断したぞ。わたしは、労働者解放の為に立ち上がろう!」


 彼は蜂起の計画書に目をやった。彼は、自分のペンを手に取った。彼は、それの署名欄に自分の名前を書くことで自分の、同志たちの、そして帝国の運命を決めることになるのだと感じた。彼は自分の選択に対して覚悟を決めた。


 彼は深呼吸をした。彼はペンを紙に当てた。彼は、自分の名前を書いた――


 賽は投げられた。

お読みいただきありがとうございます。


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