Ⅶ. 赤いシャツの男③ 凶弾
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
「なにがあったんですか。あの騒ぎはいったいなんです?」
地上に降りたエミールは馬から降りるやいなや、教官に詰め寄って訊く。
「詳しいことはわからん。が、襲撃だ。赤シャツ団の連中が押し寄せてきたんだ」
「赤シャツ団? なんですか、それ」
「一言で言えば共産主義者の集団だ。過激派のな」
教官の話を聞いて、エミールは以前に呼んだ新聞の内容を思い出した。そういえば以前、一人の政府官僚が共産主義者に襲われた事件があった。そしてそのときの新聞に大きく「赤シャツ団、政府官僚襲撃」という見出しが書かれていたのだ。
「赤シャツ団といえば、前に政府官僚を襲った連中じゃないですか」
ヤコヴレフが言う。
「そうだ。だが今回は規模が違う。あのときは団員の一人がピストルで襲ったが、今回は少なくとも百人以上が波のように押し寄せている」
教官のその言葉で、場に一瞬の沈黙が生まれる。
「……それで、現場の状況は?」
エミールが小さな声で静かに訊く。
「わからない。いま首相の護衛が対応している。応援の憲兵隊もじきに駆けつけるだろう」
「さっき、帰ってくるときに銃声を聞きました」
と、エミール。
「護衛は拳銃を所持している。きっと護衛の誰かが発砲したんだろう」
「いや、あれは拳銃の銃声ではありませんでした。あれは、小銃の銃声です」
「なんだと、それは本当か?」
教官はエミールの証言に目を丸くして言う。
「本当です、確かに聞きました。――我々も応戦するべきだとわたしは考えます、教官殿」
「ム、そうだな。――他の三人は、現場に加勢してくれるか?」
一同、同意。
「了解した。いますぐ武装し、天馬でもって上空援護をしろ」
それから四人はすぐに小銃と弾薬を持ち、再び馬にまたがって飛び立っていった。
レオン・ラファレウス校長は戦慄していた。彼は首相の身の安全と、そしてなにより候補生たちを心配していた。いまは首相の護衛が校門に駆けつけ、赤シャツ団と交戦している。彼らが時間を稼いでいるうちに、首相を逃がすのだ。
「キルシダー首相、緊急事態です。いまはあなたの護衛が抑えていますから逃げましょう」
「襲撃? 逃げる? このわたしが? 貴様、わたしを誰だと思っている」
「はあ? あなたは帝国首相に決まっているではありませんか。訳のわからんことを言っていないで速く逃げますよ」
校長は半ば苛立ちながら、首相の腕を引っ張って言う。
「放さんか、貴様。襲撃がなんだ。わたしは帝国首相だ、金も権力も、あいつらどもとは格が違う。あんなウジ虫どもを前に尻尾を巻いて逃げる必要などない!」
などと首相がごねているとき、向こうで戦っている護衛の一人が「まずい、一人抜けていったぞ」と叫んだ。護衛をすり抜けた団員の一人がこちら、首相のほうに向かって真っ直ぐに走ってくる。そして持っていた小銃を構えた。
まずい――
校長は最悪の事態を察し、咄嗟に首相を護ろうとした。が、一歩遅かった。校長が首相をかばうより一瞬はやく団員が引き金を引いた。辺りに銃声が鳴り響き、首相がうめく。撃たれたのだ。続けざまに一、二発と撃った後に団員は護衛に射殺され、その場に倒れ込んだ。
なんでことだ、と、校長は思った。首相は撃たれ、血を流してその場にうずくまっている。
「誰か、誰でもいい、担架を持ってこい! 首相が重傷だ、はやく!」
エミールは現場に着き、状況を観察していた。現在は憲兵隊が駆けつけ、赤シャツ団と交戦していた。護衛は、恐らく全滅しただろうとエミールは現場を見て思う。
「名前通り赤いシャツを着ているんだな、連中は」
と、エミール。
「憲兵隊が応戦しているとは言え、数は赤シャツ団のほうが多いわね。それに武器も持っている」
と、エリシア。
「それに憲兵は市民への流れ弾を気にしてむやみに撃てないのに対し、連中はなにも気にせずに発砲している。憲兵のほうが状況は不利だな」
そう言うとエミールは大型拳銃・フェンリルを構え、赤シャツ団員を複数補足して引き金を引く。そして魔力の結晶が弾丸となって勢いよく銃口から飛び出すと、まず一人の団員の頭を吹き飛ばした。そのまま弾丸は軌道を変え、周囲の団員を連続で撃ち抜いていく。最終的に、一発の弾丸で十人を射殺した。今度は三発を立て続けに撃ち出す。三発の弾丸はそれぞれ独自の軌道で標的を追い回し、確実に急所を貫いて息の根を止めていく。
が、いつまでも空から一方的に攻撃できるわけではなかった。はじめはどこから撃たれたかわからずに混乱する赤シャツ団であったが、次第に空から撃たれていることに気付き、エミールらに対しても発泡し始めた。
「エミール、奴ら撃ってきましたよ」
と、ヤコブレフが叫ぶ。
「痛いのが嫌なら避けろ。もしくは対物結界を張れ」
と、エミール。
それにしても数が多すぎる、とエミールは思う。
「わたしは敵の頭領を探す。ここはお前たちに任せてもいいか?」
一同が同意するのを確認すると、エミールは馬から飛び降り、一気に落下する。そして術式・炎翼を発動。赤シャツ団の頭上を高速で飛行しながら団のリーダー格を探す。
「いた。あいつだな」
エミールは敵のリーダー格を群衆のなかに認めた。というのも彼は、その顔に見覚えがあったのだ。
「カール・レヴォルビッチ……まさかあの人が直接音頭をとっていたとはな」
エミールは彼の周りにいる団員を一掃すると、レヴォルビッチを抱え、拳銃を突きつけながら上昇して言う。
「武器を置け! 諸君らの頭領の命はいま、わたしが握っている。わたしにとっては、諸君らを皆殺しにすることは赤子の手を捻るようなものだ。だが、わたしは自分自身が、人間である諸君らを抹殺するような化け物ではないと信仰している。したがって、諸君らには降伏を提案する。これはあくまで提案だ。受け入れるも善し、蹴るも善しだ。だが後者を選択した場合は、こいつの命も、諸君らの命もないと思え」
彼は賭に出た。彼らは、世界が違ったらきっと同志だっただろうとエミールは思う。あるいは戦友になっていたかもしれない。そういえばこの世界に来てからというもの、祖国に残してきた家族や戦友のことは想えど、祖国・ソビエト連邦や同志たちのことはあまり頭に浮かぶことがなかったはずだ。だが、いまはどうやら違う。彼らと自分はまったく関係がないが、不思議と親近感が沸くのだ。その理由はわからない。
――祖国での日常を懐かしんでいるのかもしれない。
彼らに銃を向けることにどこか抵抗があることを、彼は自覚していた。彼はそれを押し殺して引き金を引いていた。
赤シャツ団が彼の言葉を受け入れ、銃を捨てる様子をエミールは見た。そして安堵のため息をついて言う。
「諸君らの賢明な判断に感謝する」
そう言うとエミールは、レヴォルビッチを抱えながら憲兵隊のところまで飛び、彼の身柄を引き渡すと仲間たちの元へと戻っていった。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたなら、↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけるとありがたいです。
またブックマークも宜しくお願いします。




