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Ⅶ. 赤いシャツの男② 空中ショー

毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定

 二週間ほどの練習を終え、とうとうキルシダー首相の来訪する日がやってきた。全候補生が儀仗兵用の銃を持ち、第一演習場に整列している。が、その中にエミールをはじめとした四人はいない。彼らはそことは別な場所、第二演習場で待機していた。


 予定時刻である1000時ちょうどに首相が到着した。真っ黒のワゴンが校門を通って敷地内に入ってき、そこから首相が護衛に囲まれて降りてきた。それを校長が出迎える。


「おこしいただきありがとうございます、ザレンベルク帝国国防大学校校長、レオン・ラファレウスでございます。本日は閣下のご案内をさせていただきます」


「ム、出迎えご苦労」


 この様子は第二演習場のモニタ――第一演習場など各所に設置されたカメラと有線で繋がっている――に映し出されていた。出番までの時間、エミールらはモニタ越しに会場の様子を眺めていた。


「あれがキルシダー首相か」


動いている首相の様子を初めて見たエミールが言う。首相の体格は大柄で、自分が一番偉いのだと言わんばかりに堂々と胸を張って――しかし腹のほうが威厳があるとエミールは思う――歩いている。


「あの腹で太鼓を演奏できそうだ」


と、エミール。


「あの人の家は相当な資本家だからね。湯水のように使っても底が見えないほどの財を持っているし、あの人は相当な贅沢好きだという噂もある。それを考えればあの体型も当然ね」


エリシアがエミールに言う。


 映像は演習場に切り替わり、儀仗兵らを観閲する首相が映し出された。「捧げ(つつ)」と校長が叫ぶ。


「ここの候補生は立派だな。みな背筋をピンと伸ばして微動だにしない」


「当然です、首相。我が校の候補生はみな厳しい訓練を耐え抜き、帝国を護る英雄となるためにここにいるのですから」


「ウム、素晴らしい。――きみ、名前は?」


首相が候補生の一人に話しかける。


「はい閣下、わたしはザレンベルク帝国国防大学校三年、シャルル・ドゥボワであります」


「おお、いい声をしているな。きみの声はよく通る。きっときみは将来いい将校になるだろうな。成績も優秀なのだろう?」


「はい閣下、光栄であります」


 この光景を見て、四人は爆笑していた。というのもドゥボワの成績は下から数えたほうがはやかった――土属性魔術は立派だが、それ以外がからっきし駄目だった――からだ。


「こいつは滑稽だな、首相の目は節穴か?」


エミールが笑って言う。


「そんなものですよ、いまの政治家なんて」


と、ヤコヴレフが笑いをこらえて言う。


「――そろそろ時間よ」


と、エリシア。


「ム、そうだな。さあ喜劇はおしまいだ。準備しよう」


そうして四人は準備にとりかかる。


 天馬を馬小屋から引っ張り出し、スモークをしっかりと腰のベルトにくくりつけ、演目の最終確認をおこなう。


「離陸は1100時、演目時間は20分、帰投予定時刻は1125時だ。スモークは――大丈夫だな。あとはいままでの練習通りにやるだけだ。幸い今日はいい天気だし、堂々とやってこい」


一同敬礼し、馬にまたがる。離陸合図は教官が出す。


「時間だ、思い切りやってこい!」


 エミールは馬の腹を蹴り、馬を走らせる。翼を大きく広げ、離陸アプローチ。そして手綱を手前に引き、離陸する。他の三人もそれに続く。四人全員が離陸し、上昇するとフォーメーションを組み、会場に向かう。



 儀仗兵の観閲を終え、首相が特設席に着いたところで管楽隊の演奏が始まった。ザレンベルク帝国国歌から始まり、魔導兵の歌、ザレンベルク陸軍賛歌、帝国砲兵行進曲などなどがメドレー形式で演奏される。


「砲兵行進曲はわたしの一番好きな曲だ。あれも貴校の候補生かね?」


首相が隣に座っている校長に尋ねる。


「はい閣下、左様であります。彼らは戦闘というよりはこういったイベントでの演奏などに特化した訓練をおこなっております」


「フムン。――あの娘は?」


と、首相がトランペットを吹いている一人の女子候補生を指して言う。


「彼女はイザベラ・クルーガーです。彼女は二年ですが、トランペットの腕は他の誰にも負けないでしょう。……気になりますか?」


「なるほどな。確かにいい胸をぶら下げている。それにスタイルもいい。彼女はこれが終わった後、なにか予定あるか?」


「いえ、今日は特に訓練などはありません」


「それはいい。このあと彼女をディナーに誘ってもよろしいかな?」


「は、はあ、夜遅くなりすぎなければ……構いませんが」


校長は首相が若い女好きで有名なのを思い出し、内心で呆れ果てた。


「さあご覧ください閣下、本日の目玉であります」


半ば話をそらすようにして、校長は首相の注意を空中ショーに誘導した。



 エミールらは会場に到着すると、各自の配置についた。ここまではすべて予定通りだ。会場には管楽隊の演奏が鳴り響いている。翔騎兵行進曲がまもなく終わり、次は勇敢なる天使教騎士団行進曲。演奏のフィナーレを飾る、勇ましく、且つ壮大な音楽である。彼らはこれにあわせて空に描くのだ。


 翔騎兵行進曲が終わって静まりかえった会場に、突如としてトランペットの音色が響く。騎士団行進曲の演奏が始まったのだ。それと同時にエミールは機動を開始。他の三人もしっかり動いていることを横目で確認しつつ、彼は自分の演技に集中する。手綱を一気に引いて急上昇すると、スモーク缶のピンを抜き、絵を描き始める。指定の高度まで達すると今度は一気に馬首を下げ、急降下。ヤコヴレフとフィアモーレが描いた巨大な円を真っ二つに切り裂くように、エリシアと速度を合わせて剣を描く。


 会場が大きな拍手で盛り上がったが、エミールらにそれを聞いている暇はない。スモークが風で流れてしまわないうちに、円と剣で挟まれたスペースに簡易的な獅子――ザレンベルク帝国のシンボルとなっている――を描かなくてはならないからだ。


 エミールは剣を描き終わると缶を閉め、すぐに再急上昇。今度はただ降りれば降り訳ではない。訳ではない。描き始めたらすぐに上昇角を変え、なめらかな曲線を描く。一度缶を閉めて離脱し、再アプローチ。残った部分を描く。成功。青い空に帝国の繁栄を称えるべき巨大で雄大な国章が現れた。


 現状はすべて予定通り、成功だ。いったん場を離れ、四人は次の演目のための配置につく。次は天使教教皇庁及び天使教のシンボル、左回転鉤十字を描く。


 エミールは位置につき、さあ後半戦だと意気込む。が、彼は会場に異変を認めた。帝国国章を描いたときはみなが空を見上げていたというのに、いまは誰も空を見ていないのだ。それどころか、みなあっちを見てはこっちを見たり、また或は誰かと話しているようでまるで落ち着きがない。管楽隊の演奏も止まっている。などと考えていると、教官と繋がっている無線機から演目の一時中断を伝える声が聞こえてきた。いわく、会場で緊急事態だから演目は中断し、降りてこいとのことだ。


 エミールは何があったのか訊こうとしたが、思いとどまり、着陸を最優先事項とした。馬の方向を変え、帰ろうとしたとき、辺りに一発の銃声が鳴り響いた。続けて二、三発。そのすぐあとに会場から叫び声と怒号などなどが聞こえてくる。


 ――なにがあったのだ?


 エミールはそれが気になって仕方がなかった。好奇心がそちらに強く反応している。彼は後ろ髪を引かれる思いでその会場を離れた。

お読みいただきありがとうございます。


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