Ⅵ. エンゲージメント④ 吸血鬼・ジャン
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
その男はジャンと名乗った。そして彼は、自分を吸血鬼だと言う。エミールは彼の言うことをすぐに理解することができなかった。
「吸血鬼、といったのか、貴様?」
エミールが問いただす。
「そうだとも。確かにわたしは吸血鬼だ。生き血を吸って生きている。あまり言いたくはないが、故郷の飯よりずっとうまいぞ」
ジャンが答える。
「この国には魔物はいないはずだ。お前はいまに至るまでに我々人間の領土、領海、領空を侵犯している、違うか?」
こんどはクルシュナーが問う。
「ああ、確かに君の言うとおりだ。わたしは君たちの領域を侵犯している。しかし、だ。それは君たちも同じではないのかね? 君たちは幾千年にわたって何度も魔物たちの領域に土足で踏み込んでは、原住民を殺して土地を奪おうとしてきたと聞いているが」
クルシュナー、沈黙。
「まあいい。そんなことはわたしには関係ない。わたしはそこの候補生二人に用があるのだ。君たちは引っ込んでいてくれないか?」
「わたしたちに何の用だ」
と、エミール。
「なに、たいしたことじゃない。わたしについてきてもらいたいのだよ」
「なんだと――」
と、ジャンに突っかかろうとするエミールを制し、クルシュナーが言う。
「兄ちゃん、シュタインハルトと言ったか。ここは一時休戦だ。どうせあいつは敵国のスパイだろう。そんで強いお前たちを連れ去ろうってんだ。そうはさせるか。お前らは俺たちの大事な決闘相手だ。――おい大男、このあんちゃんらはお前にはやらねぇ。とっとと失せな。嫌だってんなら……わかるな?」
そう言い、クルシュナーは腰の剣を抜いてジャンに向ける。
「引っ込んでてくれ、候補生。こいつは俺たちで叩く」
「フム、どうやら穏やかではないな。が、わたしは闘争が三度の飯より大好きだ。いいだろう、君たちがやろうと言うのなら、乗ってやる。かかってこい、人間」
唐突に魔物との遭遇戦が勃発した。決闘は一時休戦。クルシュナーをはじめとする五人が一斉に吸血鬼ジャンに向かってとびかかり、魔術をお見舞いする。
「フムン、悪くない攻撃だ。荒削りだが、しっかりと特訓すればそれなりの実力にはなるだろう」
ジャンはそれらを一切避けることも防ぐこともなく、その身体に受けて言う。
五人の魔術攻撃を受けたはずのジャンであったが、その身体に傷がついた様子は一切なかった。いや、それは正確ではない。受けた傷が一瞬で回復しているために無傷に見えるのだ。
こいつは正真正銘の化け物だ、とクルシュナーは思う。
「いいぞ、そのまま魔術をこのマゾ野郎に撃ち込んでやれ。決して絶やすな!」
クルシュナーが他の四人に叫ぶ。
「君たちは本当に仲がいいんだな。見事な連携攻撃だ。すばらしい。わたしも故郷に幼馴染みの女の子がいてな、毎日のように一緒に遊んだものだ。だが、もう長いこと会っていない。ああ、彼女は元気にしているのか?」
五人の攻撃を受け、手足が吹き飛び、髪が焼け、胴体に大穴が開いたことなど気にもとめずにジャンが涙を流して言う。そして遂に、ジャンは散り散りになって見えなくなってしまった。
「や、やったか? あの変態野郎――」
クルシュナーが呟く。
しかし、ジャンが消えたのはほんの一瞬のことであった。
「ハハハ、素晴らしいぞ、人間。これだから人間は最高だ。さあ、第二ラウンドと行こうか」
どこからともなく無数のコウモリが現れ、集合して一人の吸血鬼となり、ジャンは何事もなかったかのように五人の前に立っている。
「お、おい、コイツは本気でやべぇぞ……」
と、ゾムスキー。他の四人もその場に立ちすくみ、動くことができない。
「おやどうしたのかな。先ほどの威勢はどこへいったというのだ? さあ来い、さっきのようにわたしの手足を吹き飛ばしてみせろ、炎の魔術で焼いてみせろ、この心の臓腑を突いてみせろ。早く! 早く早く! 早く早く早く!」
ジャンが目を見開き、口角をこれでもかというくらいに引き上げて笑いながら言う。
「ば、化け物め……」
「化け物、ね。フム、非常に残念だ。君たちはどうやらわたしの期待するほどの者ではなかったようだ。もう君たちに用はない。ご退場願おうか」
そう言うや否やジャンは地面を蹴り飛ばし、一気にクルシュナーに肉薄。そのまま牙をむき出しにしてクルシュナーの首元にかぶりつく。
「クソ、こいつ、離しやがれ」
クルシュナーが必死に抵抗するが、ジャンはびくともしない。他の四人がジャンに向けて魔術を放つが、それらもクルシュナーを解放するには至らなかった。
「フム、少々はやい昼食だったな。――さあ、次は誰を食おうか」
クルシュナーの首をねじ切り、滴る血を舌で舐めながら言う。
「コイツ、よくもリーダーをやりやがったな、ぶち殺してやる!」
首のないクルシュナーの身体を見て錯乱したキムが飛びかかる。
「ええい、やめろ馬鹿野郎!」
思わずエミールが飛び出し、キムを止めようとする。が、一歩遅かった。ジャンはどこからか巨大なジャベリンを取り出すと、自分に寄ってたかるハエを払うようにキムを吹き飛ばした。そして歩みを続けるジャンの背後に、右半身が消えて無くなったキムの亡骸が無残にも落ちて転がった。
「フン、その威勢をもう少しだけはやく見せてくれればよかったのだよ。――と、危ないな」
飛び出した勢いのままエミールが抜刀し、ジャンに斬りかかった。すんでのところで、ジャベリンでエミールの斬撃を防ぐと、ジャンはそのままエミールを吹き飛ばす。吹き飛ばされたエミールは空中で体勢を立てなおし、即座に拳銃を抜いてジャンに発砲する。乾いた銃声が三発、辺りに響く。ジャン、自身の周りに対物結界を張って防御。エミールも着地し、二人は睨み合う。
「おい、わたしは君とやり合うつもりはないのだよ」
ジャンが言う。
「黙れ。二人を殺して、よくもそんなことが言える!」
「わたしの障壁となったから排除したまでだ。わたしの邪魔をしたのがいけなかったのだよ」
「うるさい。殺してやる、吸血鬼め!」
エミール、術式で炎の剣を右手に持ち、神速術式でもって超スピードでジャンに斬りかかる。
「時間の無駄だよ、エミール君。いまの君ではわたしは倒せん。わたしを倒せるのは主だけだ」
ジャンがエミールの攻撃をすべて防御して言う。
その光景を見かねて、エリシアが叫んだ。
「やめなさいエミール! いったん落ち着きなさい。武器をおさめて。無益な争いは回避すべきよ」
「エリシア、お前、本気で言っているのか?」
「ええ、本気よ。いまここで彼と争ってなにになるというの。彼を殺してところで二人は生き返らないわ。それにジャン、あなたもやり過ぎだわ。もっと穏便にできなかったのかしら?」
と、エリシアが二人に向かって言う。エリシアの二人を見つめる目は鋭く、そして、ひどく冷たかった。
「ム、すまなかった。どうやらわたしはやり過ぎてしまったようだ。ごめんよ、人間。それと、エミール君」
と、ジャンが謝罪する。
「な、なんだよ、どうなっているというんだ?」
エリシアが叱咤し、ジャンが詫びる。この光景を、エミールは理解できなかった。
「今日のところはこの辺でお暇しよう。――そうだ、エミール君、君にこれを渡そう。謝罪もかねて、だ。受け取ってくれ」
そう言ってジャンは懐から何かを取り出すと、エミールの手を持ち、握らせた。
「こ、これは――」
「五○口径魔道式大型自動拳銃・フェンリル。全長四十センチメートル、重量十五キロ。体内の魔力を消費して魔弾を撃ち出す。実弾も撃てるが、弾の補充は見込めないだろう。属性は火、水、風、土、木、無に対応。並大抵の奴には到底扱えない代物だ」
と、困惑するエミールをそっちのけでジャンが銃の解説をする。
「それと、そいつは自分で自分の使用者、主を決めることができる。いまこいつは君を主と認めているから、これを扱えるのは君だけだ。――では、わたしはこの辺で失礼するよ」
ジャンの背中から巨大な二対の翼が出現し、大きく羽ばたく。
「おい、ま、待て!」
エミールが呼び止めるも、ジャンはそのまま空中に飛び上がり、どこかへ飛び去ってしまった。
「なんだよこれ、いったいなんだってんだ」
「エミール、もう帰りましょう。決闘は終わったわ」
エリシアがエミールの肩に手を置いて言う。
「エリシア……なぜ止めた? さっきのあれはなんだ、なぜあいつは君の言うとおりにしたんだ」
「……あなたを失いたくなかった。多分、そんなところ。……あれは咄嗟に出た事よ。あいつが素直に停戦したのは幸運だった」
「……そうか」
「――帰りましょう。決闘は終わった。校長に報告しないと」
「ああ……そうだな」
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