Ⅵ. エンゲージメント③ デュエリスト
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
ついにエミールたちの決闘の火蓋が切られた。無謀にも転生者たるエミールに喧嘩をふっかけてきたのは、近くの駐屯地所属の落ちこぼれ兵士だ。そのメンツはリーダー格のクルシュナー伍長を始め、ゾムスキー一等兵、リノ二等兵、キム二等兵、ムンク三等兵の五人。みな目つきが悪く、またその見た目通りに性格が悪い。
「あらかじめ言っておきますが、わたしたちは魔術を扱えます。あなたがたはきっと使えないでしょうが、どうします、ハンデとして魔術は禁止にしますか?」
エミールが彼らに向かって叫ぶ。
「馬鹿にするなよ小僧、俺たちとて魔術くらい扱えるぞ。ハンデなどなし、正々堂々と勝負しようじゃないか」
クルシュナーが叫び返す。エミールは五対二の勝負のどこが正々堂々なんだと突っ込みたくなったが、それを口に出すのを抑えて戦闘に集中する。
五人は戦闘が始まるやいなや力強く地面を蹴り、エミールとエリシアを取り囲むように展開すると、一斉に魔術を撃ってきた。しかもその属性は全員が異なっており、厄介だ。が、そこはさすがのエミール、伊達に転生者をやっていない。エミールは避けることはせず、炎翼術式を発動して上空に避難した。
「おい、空を飛ぶなんて卑怯だろうが!!」
ゾムスキーが怒鳴った。
「あなた方も魔術が使えるんでしょう? なら自分も同じ術式を使えばいいのではないかしら?」
エミールとは異なり、神速術式ディウィヌス・ケレリタースによる超スピードで攻撃を躱し、ゾムスキーの背後を占位したエリシアが彼の耳元であざ笑うように言う。
「なっ、クソ、このクソ女、いつの間に――」
ゾムスキーはとっさに抜刀し、背後のエリシアに斬りかかる。が、そのときすでにエリシアはその場にはおらず、刃はただ虚しく空を斬るのみだった。
「チッ、すばしっこい奴め。気をつけろ、あいつ速いぞ」
エリシアはゾムスキーの刃を避けた勢いのまま、他の四人の背後を次々と占位しては離脱を繰り返して攪乱する。が、攻撃は一切することがなかった。
攻撃を空ぶった隙をついて、エミールが急降下。殺してしまわないよう威力を最小限に抑えた蹴りを入れて彼を吹き飛ばす。
「このっ……ドブカスが!」
五人は極めて劣勢に追い込まれていた。高速で走り回るエリシアをどうにか補足して攻撃しようと、皆が血眼になってエリシアを追う。が、一向に捕まえられない。それにその隙をついてエミールも攻撃してくる。
ついにランニングにも飽きたのか、エリシアはただ走り回ることをやめ、五人に当たらないギリギリを狙って魔術を撃つようになった。
「ほらほら、どうしたんですかお兄さん方、さっきから目を回してばかりで」
エリシアが高い声で笑って言う。
「くそっ、このチェシャ猫め、ただじゃおかねぇぞ」
エリシアが走り回り、五人の男が必死になって捕まえようとする光景は、もはや戦いとは呼べまいとエミールは思う。これは決闘じゃない、舞踏会だ。
再度上昇していたエミールが急降下し、派手に着地する。と同時に五人のうちの一人、エリシアに気をとられていて周囲警戒がおざなりなムンク目掛けて突進した。そしてすれ違いざまに脚をかけて転倒させ、抜刀して剣を喉元に向ける。
「勝負ありですね、ムンク三等兵どの」
「クソッタレ……」
エミールがムンクを倒した一方で、エリシアもまたムンク撃破に気をとられたキムを術式・緑浸透之波紋で拘束し、行動不能に陥れた。
彼にとって突然の出来事に驚いたキムだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、火属性の術式で自分を縛る枝の焼却を試みる。木属性は火属性に弱い。キムの判断は正しかった。枝を燃やし、脱出に成功。が、うまくいったのはそこまでだった。
「う、嘘だろ、畜生」
脱出したと同時に、キムは他三人の攻撃をかいくぐって接近していたエミールに剣を突きつけられた。彼は撃破された。
「どうします? もう二人やられましたが、まだ続けますか?」
エミールが飛びかかってきた三人を軽々と避けて言う。
「なにを! 舐めやがって、小僧――」
クルシュナーが降伏勧告をするエミールに怒鳴ったときだった。彼はエリシアに思い切り吹き飛ばされた。
地面を数回転がり、土煙に咳き込む。周りを見ると、他の二人も同様に突き飛ばされていたことを認識する。顔を挙げ、なにをしやがると怒鳴りつけようとしたとき、突然、エリシアのいるところに極めて強力なエネルギー弾が降り注いだ。
着弾の衝撃波で更に吹き飛ばされそうになるのをクルシュナーはこらえる。
「うわっ、クソ、なんだ?」
砂埃でなにも見えない。
程なくして砂埃が晴れ、ようやく視界が戻ってきた。が、その光景を見て彼は戦慄した。
先ほどエネルギー弾が着弾したところに巨大なクレーターができていたのだ。そして、そこにエリシアの姿はない。
まさかさっきのでやられたのかとクルシュナーは思ったが、それは杞憂であった。
「あなたたち、怪我はないかしら?」
クルシュナーの背後にそっと現れたエリシアが言う。その隣にはエミールもいた。
「クソ、なんなんだいまのは。お前らの攻撃か!?」
彼はエリシアに怒鳴り散らす。そうでもしないと、先ほどの攻撃におびえている自分が露呈してしまいそうだった。
「残念だけど違うわね。あれはわたしたちの攻撃じゃない」
エリシアが淡々と答える。
「エリシア、攻撃した張本人のお出ましのようだ」
と、エミール。
クレーターのちょうど中心に、一人の男がすっと降り立った。男は長身で、一八○センチ程度あるエミールよりも高い。一九○はありそうだとエミールは思う。髪は金のロングで、血のように赤く、巨大な襟が立ったトレンチコートを羽織り、真っ黒いサングラスをかけている。
「ごきげんよう、紳士淑女諸君」
警戒する六人に、にこやかな笑顔で男は言った。
「誰だ、お前」
エミールが低く、太い声で言う。
「おや、穏やかではなさそうだな。初対面だというのに、これはあんまりではないかね」
「不意打ちを仕掛けておいてよく言う」
「フムン、それもそうだな。悪かった。ごめんよ」
「で、もう一度訊く。お前は、なんだ」
エミールの質問に、男は微笑んで答えた。
「わたしはジャン・ノスフェラトゥ。主に仕える吸血鬼の従僕だ」
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