Ⅵ. エンゲージメント② 続・問題児たち
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
バスに乗って寮に戻り、わたしは自分の部屋のベッドに寝転がる。と、エリシアが入ってきた。
「あらお帰り、また街で飲んできたのね」
「よくわかったな」
「酒臭いもの。すぐにわかる」
「そうか。――行きつけのバーが新しく黒ビールを仕入れたんだ。うまかったよ。今度一緒に飲みに行こうか?」
「いいえ結構。わたしは酒飲みじゃないのでね。それよりも、よ」
「なんだ?」
「エミール、あなた、この貴重な休みのときにとんだ面倒事を持ってきてくれたわね」
「面倒事? なんだ、なんの話をしているんだ?」
本当になんのことかわからない。
「そう。知らないなら教えてあげるわ。さっき近くの駐屯地の兵士が五人くらい押し寄せてきたのよ。で、あなた、エミール・シュタインハルトを出せってね。肩書きは兵士だったけど、路地裏のチンピラのほうが似合っていたわ」
ああ、バーで騒いでいたあいつらか、と、わたしは思う。それにしてもあいつらのこと、ジグムンドさんとまったく同じことを言っているな。
「あなたがいなかったから代わりにわたしが出たら、無関係のわたしが睨まれたわ。まったく不愉快よ。――で、あなたに確かに伝えろと」
「なんて言ったんだ?」
「明後日の正午、帝国陸軍第一五七シュバルヴ駐屯地に来い。今日の貸しを返してやる」
なるほど、確かにしつこい奴らだとわたしは思う。
それで、と、エリシアは言う。
「どうする気?」
「そうだな、どうしたものか。......取り敢えず校長に報告してみるか?」
「そうね、それがいいわ」
そうしてわたしたちは校長室に向かった。校長はこの長期休暇中でもたいてい校長室におり、なにかかにかの業務をやっている。
「――この忙しいときに大変な仕事を運んできてくれたな、君たちは」
事の顛末の説明を聞き、校長は言った。
「まあいい、事情はわかった。あの“問題児たち”はいつも問題を起こすからな、あまり驚きもせん」
「彼らのことは知っているのですか?」
わたしは校長に訊く。
「知っているもなにも、わたしの教え子だよ。四年前にここを卒業して軍人になった」
「彼らが問題児だったのはそのときから?」
「ウム、まあそうだな、今ほど荒れてはいなかったが。成績は下から数えたほうがはやかったし、卒業できたのもほとんど奇跡だった」
「なるほど」
「それで、この件はどうしたらよいでしょうか?」
エリシアが校長に訊く。
「そうだな、強さで言えば君らのほうがずっと上だろうし、いいだろう、やってくるといい。わたしが許可する」
「え、それは本当ですか?」
と、わたし。
「ああ、きっといい訓練になるぞ。君たちにとっても、連中にとっても。いや、君たちにとっては赤子の手を捻るようなものかもな。そうだ、連中をちょいと“教育”してきてくれ」
と、校長は微笑して言う。
「了解しました、ラファレウス校長。やってきます」
わたしは校長に言う。
「ああ」
ところで、と、わたしは校長に訊く。
「なにやらお忙しそうですが、なにかあったのですか?」
「ああそうだな、確かにいつもより忙しい。これはまだ候補生たちに公表していないが、君たちにはあらかじめ教えてやろう。実は、君たちの卒業が一年はやくなるんだ。戦争の影響だよ。一人でも多くの兵士が欲しいからって大本営が卒業を一年繰り上げろと言ってきた。無茶な話だよ。四年間で十分な訓練を余裕もってさせてやりたいのに、一年分のしわ寄せがいく。そうなればそのぶん候補生の負担が大きくなる」
「なるほど。そうなると三年次の訓練は厳しくなりそうですな」
「そうだ。そのための訓練計画をいま大急ぎで作っている」
「戦争は確か、ベルジュが優勢だったかしら? 新聞情報ですが。援軍はまだ到着していないのに、大本営はそこに大量の援軍を送ってカジャナを攻め落とす気かしら」
と、エリシアが言う。
「その可能性もある。三十年前、今のベルジュはまだカジャナ領だった。わたしが大佐だった頃の話だ。当時レフランド領だった今のヴィクトル島に強襲上陸を仕掛け、攻め落とし、そこを拠点として五年後にカジャナに攻め入った。大本営はカジャナを早期に攻め落として無条件降伏させるつもりだったが、強い抵抗に遭って戦線が停滞し、ついにエーベンベルクの介入でその計画は挫折。結果、今の領土関係でいったん落ち着いたんだ。上はそのときのリベンジをしたいのかもしれんな」
その後も様々話し、校長室を出、エリシアがわたしに言う。
「まさか校長があんなに意欲的だなんてね」
「確かにな、あれは意外だった」
「もしかしたら、転生者のあなたを使って連中を更正させる気かもね」
「ハハハ、それはあり得るな。連中も校長の教え子だったそうだし」
「――それにしても、魔物の兵士でもないのに転生者とバトルする羽目になるなんて、連中も喧嘩を売る相手を間違えたわね」
そう言ってわたしたちは大笑いした。
翌日、わたしたちは時間ぴったりに指定された場所、帝国陸軍第一五七駐屯地の正門前にやってきた。が、時間が過ぎても件の連中の姿が見えない。周囲をくまなく見渡してもその姿は見えない。
それからも辺りを探しまわり、わたしもエリシアも苛ついてきたところ、三十分ほどしてようやく中から連中が出て来、正門を開けた。
「呼びつけておいて遅刻するとはね、驚きました」
わたしは彼らに言う。
「なんだ、文句でもあるのか?」
出てきたのは五人。そのうちリーダー格らしき男が言う。それにしても吐息が酒臭い。きっとさっきまで酒盛りしていて、決闘のことを忘れていたといったところか。
「いえ、別に。 ――それにしても酒臭いようですが、決闘を前に酔っ払っていて大丈夫でしょうか?」
わたしは彼らに訊いてみる。
「なにを言っている。車が魔鉱で駆動するように、人間は酒で駆動するんだ。燃料がなきゃ動けんだろうが。――貴様こそ女をひとり連れてきているようだが、独りで来るのが怖かったか?」
「まさか。自慢じゃありませんが、わたしは常に成績一位を保持している。あなた方を恐れる理由などありません。彼女は、まあ見物人のようなものです」
「フン、どうだか。俺は、そいつは虚勢だと思うぜ。成績一位だかなんだが知らんが、天下の俺たちに敵う物か。――そうだ、二人まとめて相手をしてやろう。女のお前――」
「エリシア・ディア・セレナデュー」
エリシアが言う。
「エリシア・セレナデューちゃんか、可愛らしい名前だ。顔も可愛いしスタイルもいい。この決闘に勝ったら俺と付き合わないか?」
「その際は丁重にお断りするわ。もっとも、決闘に勝ったら、なんて前提を付けた時点であなたがわたしと付き合える可能性はゼロでしょうけどね。エミールひとり相手にあなた方五人が一斉に襲いかかっても勝ち目なんてないのに、わたしまで相手しようだなんて、無謀にもほどがある」
「フム、つれない女だな。それに大した自信だ。君、成績は?」
「二位。といってもエミールとは僅差だから、有意差はないと考えたほうが賢明だわ」
「フムン。いいだろう、まとめてかかってくるがいい。候補生と軍人の格の違いというものを教えてやる」
そうしてわたしたちは駐屯地の演習場に移動し、ついに決闘が始まった。
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