Ⅵ. エンゲージメント① 問題児たち
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
未知の道を進む者は、新たな足跡を残す。
-マトショナ・デリワヨ
帝国国営バスに乗り、三十分ほど揺られてわたし、エミール・シュタインハルトはいきつけのバーに来ていた。バスは無動力の客車と、それを牽引する魔動車で構成されている。定員は十名。一方魔動車は、魔粒子の結晶である魔鉱石を燃料に駆動するエンジンを搭載した、魔法仕掛けの自動車だ。外見は一九○○年代のロールス・ロイスや、アメリカのT型フォード辺りに近い。このようなバスは前世では見たことがなかったので、初めて見たときは新鮮な気持ちだったのを覚えている。一台の魔動車に複数人を乗せるタイプの、つまり前世で普通に見る仕様のバスもあるにはあるが、屋根がなければ定員も少なく、窮屈で乗り心地が最悪なのでわたしは好んでこちらに乗っている。
運賃は候補生証書を提示すれば無料になる。この国の世間はなにかと兵士や候補生が優遇されているみたいだ。そのため、生活が苦しい家庭の子供は候補生になることが多いのだとか。実際、フィアモーレは貧困層の家庭に生まれたと聞いている。
いま、訓練学校は春期休業(平時なら二週間ほどあるのだが、兵香戦争勃発のせいで半分ほどに短縮されてしまった)。わたしたちは来年から三年生になる。卒業して実戦配備されるのは、順調にいけばいまから二年後だ。
最寄りのバス停に着き、客車の運賃係に証書を提示し、バスを降りてバーまでの道のりを歩く。戦争中ではあるが、ここ本土が戦場になっているわけではないので日常の風景にあまり変化はない。物価の上昇などはあるし、貧しい者たちにとっては死活問題だが、それでもいまわたしの目に映る光景は、戦前のそれと大差ない。香軍の侵攻速度に戦争の影響が追いついていないだけなのかもしれないが。
「やあシュタインハルトさん、いらっしゃいませ」
バーに入ると、カウンターのジグムンドさんが笑顔で挨拶してきた。彼とはもう結構な付き合いだ。最初にここに入ったのは、一年生の冬休みのときだったか。そのときここの蒸留酒が気に入って、それからは機会があるたびに飲みに来ている。
「やあジグムンドさん、またいつものを頼むよ」
「はいよ。――それにしても四十度超えの酒なんて、ここじゃあまり飲む人はいないぜ。君はよく飲むな」
「まあ、地元ではこんなのが普通だったからね。このほうが慣れてるんだ」
「フムン。まあ、くれぐれも飲み過ぎて路上でグースカ寝ないでくれよ? 候補生の恥さらしになるぜ。酒に強い君なら大丈夫かもしれんが」
「ハハハ、心配してくれてありがとう」
などといつものように他愛のない会話をし、出された酒をあおる。
「そうだ。つい先日、新しい黒ビールを仕入れたんだ。良かったら飲んでみるか? 特別に半額で、だ」
「ほう、黒ビールか。ビール系はあまり飲んだことがないが、そうだな、せっかくだし、一杯いただこう」
ジグムンドさんに言われてわたしは、新メニューの黒ビールを追加でオーダーし、飲んでみる。
「フゥム、カラメルの匂い、これはいいな。味もしっかりしてるし、しかしどこか柔らかい。うん、これはうまいよ、ジグムンドさん」
「そう言ってくれると、仕入れた甲斐があるってものだ」
「黒ビールもいいものだな。これからはどっちを頼もうか迷ってしまうよ」
それにしてもこれはうまい。こうなるとなにか”肴”が欲しくなる。軽食のメニュー表をもらおうと、別の客の対応に行ったジグムンドさんに声をかけようとしたとき、店内に怒号が響いた。
何事だと、わたしは怒号のした方向を見やる。と、そこには帝国陸軍の軍服に身を包んだ男たちが四人、ジグムンドさんを取り囲んで絡んでいた。
「ジグムンドさん。何があったんだ? なんだ、あいつら」
わたしはそのそばに寄り、囲まれているジグムンドさんに声をかける。
「ああシュタインハルトさん、すみません、少々問題が――」
「おい店主、お前の相手は俺らだ! 俺たちを無視する気か!?」
ジグムンドさんの言葉を遮り、男の一人がまた叫んだ。
わたしはジグムンドさんをかばうように言う。
「まあ落ち着いてください。陸軍さん、何があったんです?」
「フン、貴様に言ったところでなにか解決するかはしらんが、まあここのクソッタレた接客態度を共有してやろうではないか」
はやく言え、とわたしは内心で思う。
「いま人類は魔物共と戦争をしている。そしてそこで活躍しているのは俺たち軍人だ。お前たちは俺らのお陰でいい暮らしができているんだ。だから、ちょっとくらい俺たちにサービスしてくれてもいいではないか、わかるか?」
言っていることが支離滅裂だ、とわたしは思う。要するに、自分たち軍人を特別扱いしろというわけだ。
「フムン。で、あなた方はどんなサービスをしてほしいんです?」
「酒を無料で提供しろ、と本当は言いたいところだが、まあさすがにそれは無理がある。だから大幅に譲歩して、半額にしてくれと言ったのだ。そしたらここの店長ときたらなんだ。さすがにそれは無理ですよ、と来た。おかしいと思うだろう、なあ?」
男はわたしに同意を求めてくる。
「なるほどね。そりゃおかしな話だ」
「だろう?」
「なんだ、自覚あったんですか」
「なに?」
「いやいや、あなた、とんでもなくおかしなことを言っていたじゃないですか。俺たちは軍人だから半額にしろ、ですって? ここは喜劇の舞台じゃありませんよ」
わたしは彼らに言ってやる。
「野郎、喧嘩なら買ってやるぞ。小僧、その性根を修正してやる、歯食いしばれ!」
とうとう頭が沸点に達したのか、男はいきなり殴りかかってきた。
「陸軍軍人ともあろう方が町中で暴力沙汰とはな。これでは陸軍のメンツがどうなることやら......」
わたしは正面から飛んできた拳をひらりと躱すと、その腕をつかみ、脚を払って投げ飛ばしてやる。
「驚いたな、軍人ならもっと強いのかと思ったが、こんなものか。それとも、あなた方は陸軍の中でも最底辺の落ちこぼれでしたかな」
今度は他の三人が一斉に襲いかかってきた。わたしはそれらを順番にいなし、ついには四人全員が地に倒れていた。
「クソッ、舐めやがって。何者だ、貴様!」
「ザレンベルク帝国軍所属帝国国防大学校二年、エミール・シュタインハルト」
「ああそうかいシュタインハルト君、この貸しは必ず返してやる。覚えとけ!」
そう言い残して四人はそそくさと去って行った。
店内が落ち着き、わたしは残りの黒ビールを飲みながらジグムンドさんに尋ねる。
「ありがとう、助かった。――あいつらは、まあ厄介客だよ。近くの陸軍駐屯地の兵士だ。まあ身分は軍人だけど、路地裏のチンピラのほうが合っている。この辺じゃ有名な奴らだ」
「なるほど。よくクビにならないな」
「できないんだと思うよ。したくても。特にいまは海の向こうで戦争やってるだろう? そこに大々的に援軍を送っているいま、こっちの兵士が不足気味だ。だからあんな奴らでも捨てるのは惜しいんだ。わたしの推測だがね」
「フムン」
「それとあいつら、相当しつこいからね。愛情に溺れた女並みに。君も今度から来るときは気をつけたほうがいいかもな」
「男のくせに女々しいのか。そりゃいよいよお笑いものだ。――そうだな、気をつけるよ、忠告ありがとう」
わたしは代金とチップを払い、店を後にした。
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