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Ⅴ. 過ち④ 悪夢

毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定

「大尉を呼んでくれ」


 翌朝、ラファレウス大佐はザグダ大尉を呼んでくるよう兵士の一人に命令した。


 昨日はいささか熱くなりすぎた。頭に血が上っていた。彼に謝らねば。


 そう思いながら、大佐は大尉の到着を待つ。が、待てど待てど彼はやってこない。すでに兵士を行かせてから三十分が経とうとしている。


 どうした、あまりにも遅いではないか。昨日のことでわたしに会わせる顔がないのか? それとも処分を恐れてごねているのか?


 たまらず少佐はキャンプを飛び出し、直接ザグダ大尉のいるであろう野戦病院へ向かった。と、正面から一人の兵士がものすごい勢いでこちらに走ってくる。さきほど大尉を呼びに行かせた兵士だ。兵士は大佐に気がつくと、目の前で止まり、敬礼して大佐に言う。


「た、大佐殿、た、大変であります。あの......」


「なんだ、どうしたんだ、そんなに慌てて。ザグダ大尉はどうした」


大佐は兵士に訊く。


「は。そ、それが、大尉がいないのです」


「なに?」


大尉がいない、だと? どういうことだ。


「さきほど野戦病院へ大尉をお呼びしに向かったのですが、部屋にはいらっしゃらなくて。そして、仕方が無いから他のところを探そうと部屋を出ようとしたとき、これを見つけました。大尉の机の上に置いてあったものです」


そう言って兵士はポケットから封筒をひとつ、取り出した。封筒には大きく黒い字で「親愛なる我が友、レオン・ラファレウスへ」と書かれてある。


 大佐は封筒を受け取り、中を確認する。中身は手紙で、こう書いてあった。



 親愛なる我が友、レオン・ラファレウスへ。


 レオン、わたしは遙か昔から、あなたと行動を共にしてきた。わたしはあなたの家のことはよく知っているし、あなたの性格も、あなたの特技も、あなたの好きなことも、嫌いなことも、好みの女のタイプも知っている。あなたの境遇も理解しているつもりだ。あなたは家柄上、まだ幼い坊やの頃から周囲からの多大な期待を背負ってきた。それはときに計り知れないほどのプレッシャーとなっただろう。


 わたしは軍医だ。人の怪我や病気を治すことができる。だがわたしはそれ以外に、人の精神について多大な興味を持っている。そして長年、それについて研究してきた。その上で、そしてなによりあなたの一番の理解者として言わせてもらう。あなたは、哀れだ。あなたは、周囲の期待に否が応でも答えなければならない。それがあなたを狂わせた。あなたは手柄を挙げ、期待に応えるためならばなんだってする。それが例えどれだけ極悪非道な行為であったとしても、あなたは手段を選ばない。


 わたしはあなたの境遇を理解しているつもりだ。今まで、あなたの行為には目をつむってきた。あなたに同情していたからだ。だが、それも今日で限界に達した。精神をむしばまれ、しかしあなたに戦うことを強要されるかわいそうな一人の少年を目の前にして、もはやあなたを擁護できなくなった。


 あなたは大馬鹿者だ。せっかく転生者を味方にできたというのに、それを早々に手放してしまったのだ。あなたが戦果に執着せずに、もっと彼に寄り添ってあげていれば、こうはならなかったのだ。あなたは、世紀の大馬鹿者だ。


 あなたはこの戦争であまり戦果が芳しくなかった。だがそれは仕方の無かったことだとわたしは思う。今回の戦争は敵の数が多すぎたし、地の利も向こうにある。一人の豪傑が突撃して大戦果をあげられていた時代ならともかく、いまは武器の進化によって歩兵火力が跳ね上がり、戦場で単騎で無双できるのはもはや転生者ぐらいなものだ。それがなければ、どれだけ頑張ろうとも大戦果は難しい。今回の戦争は、上の失態だ。上が調子に乗って勝ち目の薄い戦争に足を突っ込んでしまったんだ。


 あなたはこのことを理解すべきだった。あなたが戦果を挙げられなくとも、あまり気にすることはないはずだ。これは完全に、上に非があるのだから。あなたの周囲の人間も馬鹿ではない。それくらいのことは理解できているとわたしは思う。だが、あなたは違った。こんなに分の悪い戦いでも大戦果を挙げ、国を勝利に導くことに執着してしまった。今回の戦争は、攻撃はほどほどに自軍の損失をできるだけ抑えるのが最上の策だったのだ。


 転生者が場を見事にひっくり返し、この戦争は我々の勝利に終わるだろう。だがあなたにこき使われた転生者はもはや我が国の味方ではない。そして、わたしも。


 さようなら、我が友よ。



 手紙を読み終えると、大佐は静かに手紙を封筒に戻し、兵士に


「この手紙は読んだか?」


と訊いた。


「いえ、中までは見ておりません」


「そうか。ご苦労だった。大尉のことはもういい。彼は我が国のために死力を尽くして戦い、名誉の死を遂げたのだ」


大佐は静かにそう言い、自分のキャンプに戻った。


 が、内心はまったく穏やかではなかった。


 くそ、なにがさようなら、だ。冗談ではない。それに、転生者はもう我が国の味方ではない、だ? どういうことだ。転生者セバスティアンは今朝、出撃した。帰投予定時刻は1000時。あと二時間ほどだ。


 が、帰投予定時刻を過ぎてもセバスティアンは帰還しなかった。大佐は動揺をどうにか隠して捜索命令を出した。


 彼は遂に見つからなかった。見つかったのは彼に付けていた部下二名の死体と天馬だけであった。



 今度は手放すまい――


 ラファレウスは演習場で訓練に励むエミール・シュタインハルトを校長室から眺めながら思う。


 あのときは大尉は戦死、セバスティアンはもともと存在しなかったということでどうにか処理した。が、だからといって重大な戦力喪失がなくなったわけではない。あのときあんな失敗をしていなければ、今頃我が国は転生者を二名、味方につけていた。


 もう、あんな失敗は二度とするまい。

お読みいただきありがとうございます。


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