Ⅴ. 過ち③ コンフリクト
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
やはり転生者の力は絶大だ。ラファレウス大佐は興奮していた。どうあがいても突破できなかった敵の前線がこうもたやすく崩壊するとは。彼を得たわたしは無敵だ。すでに大佐から昇格するには十分な戦果はあげた。だが、彼のいるいまならもっとできる。誰もがあっと驚くような戦果をあげてやろう。そうして本国に帰還したら大声で自分の戦果を叫ぶのだ。わたしがここに派兵される前、周りの人間はわたしに大きく期待していた。だがそれは、いまのわたしに秘められた可能性に比べればずいぶん小さいものだ。――願わくばまだ戦争を終わらせないでほしい。戦争が終結すれば、上層部によってセバスティアンはわたしの手元から離れていくだろう。彼を中心とした特殊部隊を編成するかもしれない。そうなる前に、できるだけ彼を使って戦果をあげるのだ。そうしてグノミ・デレスト島を制圧したのはわたしだと、声を大にして叫んでやるのだ。みながわたしを賞賛し、たたえるだろう。どうせならグローセ・ヴェーゼン通り(沙国首都を通るメインストリート)のど真ん中がいい。勝利に沸く市民らであふれかえるだろうから。そこのど真ん中を堂々と白馬にまたがり、闊歩しよう。
「失礼します、大佐」
ザグダ大尉がラファレウス大佐の野営テントに入ってきた。
「大尉か。なんのようだ」
「セバスティアン・ジョーンズのことで相談がありまして」
「転生者の彼がどうかしたのか」
「彼の精神状態が、あまりよくないのです。戦闘中は謎の現象によって問題ないのですが、その後は自分のした殺傷行為にひどく気を病んでしまいまして。このことは以前も報告しましたが、転生してからほぼ毎日のように彼は出撃しています。そしてそのたびに気を病んでしまう。ここ最近は特にそれがひどくなっていまして、まともに夕飯が喉を通らない状態になっているのです。そこでしばらく、療養の時間を彼に与えてはいかがかと」
要するに、しばらく彼を休ませろとザグダ大尉は言っているのだ、と、ラファレウス大佐は解釈した。
「療養の時間、か。それは具体的にどれくらいあればいい、一日か、それとも一週間程度か?」
「それはわかりかねます。彼のような状況はわたしも初めてのことですから」
「それは困るな。具体的な数字で言ってくれ。それによって出撃計画も変えねばならなくなるんだ」
「それもそうですね、申し訳ありません。では、ひとまず一週間、彼に休みを与えてやってください。それで経過を観察してみましょう」
「一週間、か。それで彼は治るのか?」
「それはわかりません。それで駄目ならもっと期間を延長するか、別の手を取るか、最悪の場合、戦線復帰がもう絶望的であるかもしれません」
ザグダ大尉の言葉に、ラファレウス大佐は声を荒げて言った。
「ふざけるな、大尉。そんなもの認められるか。彼は転生者だ。前線に出て戦ってもらわねば困る」
「しかし大佐――」
「そもそも戦闘中は問題ないのだろう? なら大丈夫じゃないか。飯が食えなくて倒れるようなら口から流し込んでやれ」
大佐のその言い分に、ザグダ大尉は静かに、低い声で反論した。
「大佐、彼とて人間です。まさかそのことをお忘れになられたわけではないでしょうね? 彼は確かに強い。が、スーパーウェポンではない。ひとりの人間です。あなたはいまの言葉を他の兵士に対しても言うのですか」
「ええい、わたしに口答えするか、貴様。彼がいなければ我が軍は戦果をあげられない。わかるだろう? 第一、君は軍医だ。君がどうにかして彼を出撃できるようにすべきだ」
「......あなたは、いや、お前は、大佐になっても変わらんな、昔から」
「なんだと!?」
「わたしはお前と幼なじみの関係だ。お前のことは昔からよく知っている」
「なにが言いたい」
「お前はなにも成長していないと言っているんだ。確かにお前は家柄もいいし、エリートの道を歩んできた。実力も一定程度はある。だがな、精神的なところはなにも変わっちゃいない。その独善的な態度だ」
「黙れ、後悔する前に」
「ほら、そういうところだ。お前はいま、自分の手柄にしか興味が無い。お前は戦果に取り憑かれているんだ。転生者という一人の人間よりも自分の手柄のほうが大事なんだ」
「幼馴染みだからって容赦しないぞ」
「冷静になって考えてみろよ。このまま彼を酷使して、二度と戦場に出られなくなったらどうする。いままであげてきた戦果は彼あってのものだ。彼がいなかったらこの戦果はないし、お前の手柄もない。お前、自分で言ったじゃないか。我が軍は彼がいなきゃ戦果をあげられないんだ。なのになぜ彼を壊すようなことをする」
「黙れと言っているんだ!」
大佐は腰の剣を抜くと、思い切り大尉に斬りかかった。
「冷静になれと言っただろ」
大尉は素早く大佐の懐に潜り込むと、剣を持つ手を払い、みぞおちに拳をたたき込んでベッドに押しやった。
「まったく......しばらくそこで頭を冷やすといい。いまのお前にはなにを言っても無駄なようだ」
そう吐き捨て、大尉は出て行った。
ザグダ大尉は、大佐に対して同情していた。大尉には別に、ラファレウス大佐を完全に否定する気持ちはなかった。
ラファレウス家は帝国では知らない人がいないほどの名門将軍家だ。当然ながらそこの子として生まれた大佐、レオン・ラファレウスに両親、親族、大衆、みなが期待する。レオンは幼い頃から若年軍人学校に入学し、勉強に励んでいた。若年軍人学校は六年間だが、四年生くらいまで彼の成績は芳しくなかった。いつも朝早くに家を出、夜遅くに帰ってきては親父の怒鳴り声が外まで聞こえてきていた。これはきっと彼にとってトラウマになっているだろうと大尉は思う。よくない結果に怒鳴られ続けた結果、よりよい成績をたたき出すことに執着するようになり、いまに至るのだろう。昔からの、周囲からの期待が重い重いプレッシャーとなって彼にのしかかっているのだ。彼はある意味、純粋なのだ。ただ周囲の期待に必死に答えようとしているのだ。
さきほどはさすがに言い過ぎたかなと、大尉は自分の部屋で反省する。明日、彼に謝りに行こう。そう思いながら彼は立ち上がり、ちょうど帰還したばかりのセバスティアンのテントに向かった。
「調子はどうだい、セバスティアン君」
大尉はセバスティアンに声をかける。もう何回も繰り返したことだ。
「ぼくは......ぼくは、あとどれだけ兵隊を殺せばいいんですか」
セバスティアンの声は、いままで聞いたなかで最も弱々しいものだった。
「セバスティアン君......」
「いえ、すみません、わかっていますから。ぼくは殺戮マシーンだ。ぼくがなにを思おうが、ぼくが他者を殺さねばならないことに変わりはない」
そう言ったきり、セバスティアンは大尉に背を向けてベッドに横たわった。
おお、かわいそうなセバスティアン。さきほどは言い過ぎたかな、だ? なにを考えていたんだ、わたしは。大尉は数刻前の自分に憤る。この小さな坊やの気持ちなど露ほども知らずに自分のことばかり考えるあいつに、なぜわたしは同情などしてしまったのだ。彼の事情は確かに知っているし、理解している。だからといって彼の振る舞いを許せるか、この少年を目の前にして?
「セバスティアン君、聞いてくれ――」
大尉は弱り切った少年セバスティアンを腕のなかに抱きかかえると、涙を流して小声で彼にささやいた。
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