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Ⅴ. 過ち② 己の業

毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定


 転生者セバスティアン・ジョーンズを味方に引き入れたラファレウス大隊は、それまで防戦一方であった状態から一転、反転攻勢を開始した。


「大丈夫だ、セバスティアン君、いや、セバスティアン軍曹、きみは飲み込みがはやかった。馬術も、魔術の扱いも問題ない。君は立派な分隊長だ。君のことは分隊員、オルフ伍長とズーク伍長が支援してくれると思うが、正直、かえって足手まといになるかもな」


ラファレウス大佐は初の出撃の日を迎えたセバスティアンに、笑って言う。


「それは買いかぶりすぎですよ、大佐。――では、ジョーンズ分隊、出撃します」


「ああ。武運を祈る」


 ジョーンズ分隊に与えられた作戦は以下の通りである。大隊は日の出とともに敵陣地に対して一斉砲撃を開始し、敵を攪乱する。その隙に全戦力を持って突撃を敢行するのだが、ジョーンズ分隊は一足先に砲撃に紛れて突撃、転生者セバスティアンの火力をもって敵陣地を可能な限り破壊、敵の攻撃能力を削ぐ。ここでいかに敵の攻撃力を削減できるかが、その後の突撃における味方の損害の度合いを左右するのである。


 セバスティアンは天馬にまたがり、合図を待つ。日が地平線から顔を出した。と同時に、砲兵たちが一斉に砲撃を開始。雷鳴のごとき轟音があちこちで鳴り響き、また硝煙と、その匂いが蔓延する。


「頃合いだ。ジョーンズ分隊、出撃!」


そう分隊員に叫び、セバスティアンは天馬を駆る。馬の頭を天に向け、急上昇。雲と同高度まで上昇する。そして雲の中を突き進み、敵陣地を目指す。


「まったく、なんて高さだ、こんな高高度まで上昇したことなんぞ、一度もないぜ、分隊長どの」


と、オルフ伍長が言う。


「怖いか?」


「いいや、問題ない、分隊長。あなたこそ、怖くはないのですかい?」


「そうだな、本来なら怖いと思うはずだよ。だけど、どうしてかな、まったくそういう感情がわかないんだ」


「それも転生者のもつ力の影響、なのかもしれませんね。転生者は単に強い力を持っているだけでなく、心理面というか、その辺りも戦闘向けになっているのかもしれない」


と、ズーク伍長。


「確かに、転生前のぼくなら、びびって戦闘どころじゃなかったと思う。――敵陣地が見えてきた。おしゃべりはここまでだ、急降下して仕掛けるぞ」


 三騎は敵陣地の直上に迫ると、一気に馬の頭を地面に向け、急降下した。そして真下に見える敵兵たちに攻撃魔術を浴びせ、吹き飛ばす。いくらか撃ち返してきたが、それらを高速で回避しつつ、さらに地面に迫る。


 みるみる地面が大きくなる。地面と衝突まであと二秒もない、高度一、二メートルといったところで急激な引き起こし。衝撃波で周囲の木箱などが吹き飛ばされ、砂埃が舞う。三騎は地面すれすれのところを、爆槍を投げつけながら一気に駆け抜け、再び急上昇。先ほどから氷弾やら炎矢やらが飛んできているが、それらはすべて三騎の後方を突き抜けていくばかりであった。超高速で駆け回る三騎を正確に捉えられる兵は、敵陣地にはいなかった。


 上昇しながら敵陣地を通り過ぎた三騎は百八十度反転、再攻撃のアプローチに入る。セバスティアン、右腕を天に掲げ、詠唱を開始。術式・爆裂火球イグニス・エクスプローデンス・スフェラを発動。右の手のひらの上に巨大なひとつの火球が生成される。そしてそれは、セバスティアンが右腕を振り下ろすと同時に敵陣地に飛んでいき、途中で分裂。無数の、赤い尾を引く彗星となって敵陣地の全域に降り注ぐ。


 セバスティアンの攻撃によって、敵陣地は壊滅した。その後に突撃した大隊の兵たちはただ、草一本も生えない灰の大地を散歩するのみであった。これによってラファレウス大隊は敵の前線を突破に成功。膠着状態にあった戦線は大きな転換期を迎えることとなったのであった。



 初陣から大戦果をおさめ、帰投したセバスティアンは、まっすぐに自分のテントに籠もって出てこなかった。


「セバスティアンはどうしている、大尉?」


セバスティアンのあげた戦果に上機嫌な大佐がザグダ大尉に訊く。


「ええ、それが、帰投してからずっとテントに籠もったままなのです」


と、ザグダ大尉。


「フムン、まあ、いくら圧倒的な力があるとはいえ、戦闘行為は初めてのことだったし、いろいろ疲れたのだろう。大尉、一応彼の様子を見てきてくれるか」


「了解しました、大佐」


そういって大尉は、大佐の野営テントをあとにした。


 ザグダ大尉はセバスティアンのテントの前で足を止め、なかにいるはずのセバスティアンにひとまず声をかけてみる。


「やあ、セバスティアン君、ザグダ大尉です。君の初陣だが、いや、あれは素晴らしかった。おかげで大佐も上機嫌ですよ。まあ、とはいっても戦闘行為なんて初のことでしたでしょう。どこか調子の悪いところはありませんか?」


しかし、いくら待てど返事がかえってこない。


「セバスティアン君? おおい、どうかされましたか?」


ザグダ大尉は改めて呼びかけてみる。が、やはり応答がない。


「セバスティアン君、入りますよ? 失礼します」


しびれを切らしたザグダ大尉は、思い切ってテントの入り口を開けてなかに入る。


「なんだ、いるじゃありませんか。まったく、心配しましたよ。いくら声をかけてもお返事なさらないのですから。――どうされました?」


セバスティアンがなかにちゃんといることを確認したザグダ大尉は、ひとまず安堵した。が、それもほんの一瞬のことだった。


 すでに日が傾き始め、テントのなかは暗い。それにもかかわらず、セバスティアンはランタンも付けず、暗いなかベッドの上でうずくまっていた。


「どこかお怪我なされましたか? それとも気分が悪いのですか?」


ザグダ大尉はベッドのそばに立ち、前屈みになってセバスティアンに声をかける。


「......した」


「はい?」


「......たくさん......敵の兵士を殺した。ぼくの手で......みんな、殺されたんだ」


どうやらセバスティアンは初めての殺しで気が参っているようだ。そうザグダ大尉は感じ取った。無理もないだろう。まだわずか十といくつの少年が、突然強大な力を得て殺人――殺魔というべきか?――を経験したのだ。


「あなたのお気持ちはわかりますよ、セバスティアン・ジョーンズ君。そりゃあ、なんたって初めてのことでしたからね。しかも他者の命を奪う行為となればなおさらだ」


と、ザグダ大尉は慰めの言葉を彼にかける。


「......ぼくは、ぼくがわからなくなった、ザグダさん。戦闘時は、どうして、あんなに平気でいられたんだ......? 何百、何千の兵士が、ぼくの魔術で木っ端微塵に吹き飛んでいく様子を目の当たりにして......」


「ええ、殺しというのは、とても業の深い行いです、無理もありません。――よろしければ、その、戦闘時のあなたのお気持ちについてもう少し教えていただけますか?」


「......なにも。なにも、感じなかった。怖いとも、楽しいとも、罪の意識も、殺しに快感を覚えることも、なにもなかった。いま思えば、そうだ、感覚が......麻痺しているようだった。あれは......本当にぼくだったのか? わからない、ぼくは、自分が怖い......」


ザグダ大尉は常に持ち歩いているクリップボードに挟んだメモ用紙にいま聞いた内容を素早くメモし、しばらく沈黙した。


 戦闘時には一切の感覚、感情が麻痺したようだった、か。喜怒哀楽がなくなるのか? 恐らく戦闘時は、いまのように殺しに対する罪悪感だとか、恐怖だとかがまるでなかったんだろう。それだけでなく、敵地に突撃してもしかしたら自分が戦死してしまうかもしれない、などという不安もなくなっていたのかもしれない。これまで数々の戦場を渡り歩き、様々な患者を診てきたが、この少年のような事例は初めてだ。これは、詳しく調べねばなるまい。


「おっと失礼、考え込んでしまっていました。ありがとうございます、お辛いでしょうに答えていただいて。――わたしは少し、あなたのような事例が過去になかったか調べてきます。今夜ははやく寝るといいでしょう。では、わたしはこれで。お大事に。――ああそうだ、今晩は部下のフォーミュラ中尉をそばにいさせましょう。辛い気持ちを吐き出したくなったら、彼女が聞いてくれますよ」


ザグダ大尉はそう言い、セバスティアンの肩をポンポンと二回、軽く叩くと、セバスティアンのテントをあとにした。フォーミュラ中尉を呼びつけ、セバスティアンをことを頼むと、足早に自分の書物などが置かれてある野戦病院に向かった。


 途中でラファレウス大佐への報告を思い出し、報告を済ませ、すれ違う兵卒への敬礼も忘れてザグダ大尉は野戦病院の自室に駆け込んだ。そして手当たり次第に本棚をひっくり返し、片っ端から読み漁る。これらの本には、過去に診た患者の症例や治療方法、また、それに羅漢するに至った過程などが細かく記載されている。また別な本棚にしまわれている本には、過去の、セバスティアンのような転生者に関する情報が極めて詳細に記されていた。


 ザグダ大尉は眠ることも忘れて夢中で読んだ。過去に、いまのセバスティアンのような状態になった者がいなかったか、また、過去の転生者となにか共通点がないか、エトセトラ。とにかくなんでもいい、なにかヒントがないか。


 そうしているうちに日が昇り、自分はすっかり机に突っ伏して眠っていたことにザグダ大尉は気がついた。


「収穫は、なしか......」


 結局、ザグダ大尉は目的のものを見つけることはできなかった。セバスティアンにつけていたフォーミラ中尉がドアをノックし、入室許可を求めている。


 ザグダ大尉が「入れ」と言うと彼女は入室し、昨晩のセバスティアンの様子についての報告を始めた。


「セバスティアン・ジョーンズについてですが、あのあとは特に何事もなくぐっすりと眠っていました。先ほど目覚めたときに気分など聞いたのですが、昨晩よりはマシになったとのことです、大尉」


「フムン、了解した。ご苦労。彼はいまなにしている?」


「テントで朝食をとっています」


 辛い気分は幾分かマシになった、か。フォーミュラ中尉の報告を聞き、ザグダ大尉はひとまず安堵した。あのままずるずると引きずってしまっては身体に悪影響が出かねない。


「そうか、わかった。引き続き、彼の様子を観察していてくれ」


「了解しました、大尉」


 彼女は若いくせにとにかく規則にうるさい女だ。が、面倒見はピカイチだ。彼につけて心配はないだろう。出て行くフォーミュラ中尉の背中をぼんやりと眺め、ザグダ大尉はそう心の中でつぶやいた。


 それにしても、と、ザグダ大尉は思う。昨晩、ラファレウス大佐に報告したときだ。あのとき大佐は、セバスティアンの辛い気持ちなどに大して興味を抱いていなかったように思える。わたしが話しているとき、わたしは大佐が本当に聞いているのかなんどか疑った。あのとき大佐が発した言葉といえば、「ほう」だとか、「へえ」くらいなものだった。いくらなんでも、その反応はないではないか。仮にも転生者だぞ、彼は。彼がいなければ、我が軍が敵の防衛戦を突破することはかなわなかった。


 そのようなことをつい考えてしまっていたことにザグダ大尉は気付くと、すぐにそれをやめた。無駄なことだ。


 ――あの人は、ああいう人だったではないか。

お読みいただきありがとうございます。


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