Ⅴ. 過ち① セバスティアン
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
優れた嘘つきは、優れたマジシャンでもある。
-アドルフ・ヒトラー
ここは、どこだろう――
知らない天井、知らないベッド、知らない顔......なにもかもわからない。
「おや、目が覚めましたか。気分はどうです、具合は悪くありませんか?」
白衣を着た知らない男がぼくの顔をのぞき込み、そう声をかける。
ぼくは彼の質問に無言でうなずき、周囲の状況を確認しようと身体を起こそうとする。
「ああ、まだ起きあがっては駄目ですよ。しばらくは安静にしてなさいな。ささ、横になって。大丈夫、我々は怪しい者ではありませんから」
そう言われて、ぼくは再びベッドに寝かされた。
「あなた、言葉は話せますか?」
男が訊く。
「は、はい......」
「それはよかった。――あなたに質問したいことがいくつかあります。よろしいですか?」
「は、はい」
「ありがとう。では質問を――いや、先にここについて説明したほうがいいですね」
そういうと、男はひとりで話し出した。
白衣の男が言うには、ここは野戦病院だそうだ。で、いまは人類と魔物による大戦争の真っ最中だ。彼らはザレンベルク帝国陸軍所属、第五三大隊。指揮官はレオン・ラファレウス大佐であり、ラファレウス大隊とも呼ばれる。帝国は現在、ドワーフの統治する島国であるレフランド火山帝国が領有する島、グノミ・デレスト島に上陸し、占領を試みている最中であるが、敵軍の抵抗が激しく、膠着状態であるとか。
そのような状況下において、ぼくは昨日の戦闘時、突然、味方の野営キャンプに出現して倒れ、保護されて今に至る、らしい。正直、まったく理解できない。ザレンベルク帝国なんて国は聞いたことがないし、魔物だって? ここは神話の世界か? ぼくは神話の本に取り込まれてしまったのか? そもそも、「出現した」って、なんだ。なにもないところからいきなり現れたって言うのか? 空から降ってきたとでも?
「――状況の説明は以上です。まあ理解はできないでしょうね。起きていて、頭をずっと動かしていた我々でさえ、まだ理解に苦しんでいるのですから」
一通りの説明を終え、男は言う。
「は、はあ......」
「では改めて質問させていただきます。――あなたのお名前は、なんですか? そして、どこから来ましたか? ああそれと、年齢も」
「......ぼくは、セバスティアン、セバスティアン・ジョーンズ。十五歳。生まれも育ちもイギリスのプロクトン村です。スコットランドの、ハイランドにあるところの」
ぼくがそう答えると、白衣の男は眉をひそめてしばし沈黙した後に、言った。
「フムン、わかりました。セバスティアンというのですね。セバスティアン・ジョーンズ、確かに記憶しました。ただ、イギリスのプロクトン村というのは聞いたことがありませんね。そもそも、イギリスとはなんですか?」
「え、イギリスを知らない......のですか?」
ぼくは驚きのあまり、彼にそう聞き返した。
「ええ、まったく」
「そんな馬鹿なことがあるか。イギリスは、ヨーロッパの西に位置する島国で、フランスとイギリス海峡によって隔てられている。ぼくの国は世界中に植民地を持つし、知らない人なんていないはずだ」
ぼくは早口でイギリスの説明をした。だが、それでも彼には通じなかった。そこでぼくは思い出した。白衣の男は、ザレンベルクだの魔物だのと訳のわからないことを言っていたではないか。なら、ここはもしかしたら、ぼくの知っている世界ではないのかもしれない。いや、ぼくの知る世界ではきっとないのだ。だとしたら、イギリスを知らないのも無理はない。ぼくがザレンベルク帝国を知らないように、彼らもまた、イギリスを知らないのだ。
「そうは言われましてもね、聞いたことがないのは仕方がない。恐らくこの国のすべての臣民、いや、すべての人類に聞いて回っても、あなたの言う国を知っている人はいないでしょう」
ぼくの頭に追い打ちをかけるように、彼は言う。
「いや、失礼、混乱していました。きっとここは、ぼくの知る世界じゃないんだ。ぼくがザレンベルクを知らないように、あなた方もイギリスを知らない。当然のことだったんです」
ぼくは苦笑してそう言った。
「いえいえ、構いません。――失礼ながらあなたが眠っている間に、いろいろと検査させていただきました。結果、あなたは魔物が人間に化けている、というわけではなかった。あなたはれっきとした人間でした」
「はい?」
「あなたは恐らく、転生者でしょうな。異世界からこの世界に転生してきたのです」
「おお、神よ......」
それ以外の言葉が浮かばなかった。転生者、か。ぼくが? この世界に、転生してきたのか。
それを聞いて、意外にも納得して落ち着いている自分にぼくは驚いた。が、すぐにその衝撃も消え去り、ぼくは完全に転生した事実を受け入れていた。
だって、そうじゃないか。ここはもうぼくの知る世界じゃないんだ。なのに突然、ぼくはこの世界に迷い込んでしまった。この現象をなんと呼ぼうが、大したことではない。転生と言おうが、別の単語で言おうが、ぼくが知らない世界に来てしまったことに変わりはない。
「それで、ぼくはこれからどうなるんですか?」
「それについては、まもなく大佐殿がいらっしゃいますので、彼から直に説明を受けるでしょう」
「そうですか」
「大佐殿が到着するまではまだ少しかかります。それまでは、どうぞごゆっくりなさってください」
そう言って男は書類の束を抱えると、部屋を出て行った。
ぼくは上半身を起こして部屋を見回す。男が出て行ったいま、この部屋にはぼくともう二人、恐らく見張りかなにかであろう、サーベルを腰に差してライフルを手に持ち、銀の甲冑を着た兵士が出入り口の左右に立っていた。ぼくはその二人とあまり目を合わせないようにし、再びベッドに寝転がる。
それから一時間ほどして、誰かが部屋に入ってきた。ぼくはむくりと身体を起こしてドアのほうを見やる。そこには先ほどの白衣の男、ではなく、派手な彫刻が各所に彫られた立派な甲冑を着、筋骨隆々の大男がいた。
「やあ、きみがセバスティアン・ジョーンズ君だね。ザグダ大尉から話は聞いているよ。わたしはレオン・ラファレウス。階級は大佐だ。この大隊を率いている」
その風貌からはまったく想像できないほど丁寧で、優しい口調でその男、ラファレウス大佐はぼくに話しかけてきた。
「は、初めまして、セバスティアンです」
「ああ、そんなに堅くならなくていいさ。大丈夫」
「は、はあ......」
「それで、早速で申し訳ないのだが、ザグダ大尉からいろいろ聞かれたと思うんだが、その内容について改めて確認させてほしい」
ザグダ大尉というのは、恐らく先ほどの白衣の男のことだろう。
「わかりました」
その後は白衣の男もといザグダ大尉に話したことをそっくりそのまま大佐に話し、無事、確認は終了。ぼくは大佐に、自分が今後どうなるのかを聞く。
「――それで、ぼくはこれからどうなるんです? 戦争中だというなら、いつまでもここに置いておく訳にもいかないでしょうし」
「それなんだが、その前に説明を加えさせてくれ」
「ええ、構いません」
ぼくがそう言うと、大佐は語り出した。
「人類と魔物の間には決定的な差があるんだ。魔物はほぼすべての個体が、強かれ弱かれ魔術を扱える。だが人類はというと、魔術を扱えるのは一握りだ。しかし戦争では魔術が非常に重要になってくる。これだけであれば人類側は圧倒的に不利だ。だが、それでも戦争に負けないどころか、勝利さえおさめられている。これには理由がある」
大佐は一呼吸置いて、言った。
「転生者の存在だ」
「転生者、ですか」
「ああ、そうだ。転生者はみな、我々人間がどれだけ努力しても匹敵できないほどに絶大な力を持っているし、手練れの魔物さえも持ち前の力で凌駕し得る。そして君は、転生者だ。わかるね?」
「......ぼくに、戦争に出ろ、ということですか?」
ぼくは恐る恐る答えた。
「そうだ。正確には、出ろ、だなんて高圧的な態度をとれるような立場に我々はいないがね」
「で、でも戦争だなんて、ぼくは魔術を扱ったことはないし、戦闘なんてまるで経験が無いんですよ? ぼくにあなた方が期待するようなことをできるとは思えない」
とっさにぼくはそう答えた。これは本心ではない。正確には本心ではあるが、これがメインではない。戦争だなんて、ぼくはしたくない。相手が人だろうが魔物だろうがしらないが、殺しなど論外だ。
「それに、ぼくは、元いた世界に帰りたい。こんなの、あんまりじゃありませんか。いきなり知らない世界に飛ばされて、君は強いから戦争に出てくれだなんて......」
「君の気持ちはよくわかるよ、セバスティアン君。だが、我々は君が必要なんだ。だから、頼む。――きみが元いた世界に帰れる確かな方法は、残念ながらわたしは存じ上げない。だが......」
「だが......?」
「だが、魔王を倒すことができれば、そのヒントを得ることはできるかもしれない。これは、君には有益だろう」
「魔王、だって? 魔王ってなんですか」
「魔物の王だ。正確に言えば、神聖エーベンベルク帝国の国家元首、ハインリヒ・フォン・エーベンベルクのことだよ。彼は魔物のなかで最も強い力を持っている。奴は王という立場上、前線に出てくることはないんだが、人類がエーベンベルクの領内に突入し、奴の宮殿に迫ることができたなら、奴を討伐することは可能だろう」
「フムン、それは確かにそうかもしれませんが、仮に魔王討伐が帰還のヒントになるとして、討伐するには更に進撃しなければならないのでしょう?」
「ああ、ああ、その通りだ。それには君の力が大いに重要になってくる。現状我々は転生者をほゆ、いや、仲間にできていない。だから――」
「だから、ぼくに戦争に出ろという訳ですね。あなた方にとっては戦争に勝つことができるし、ぼくは元の世界に帰る手がかりをつかめるかもしれない。お互いにメリットがある。そういうことですね?」
「ああ、そうだ。......やってくれるか?」
ぼくは少しうつむいて考えたのちに、答えた。
「わかりました、やりますよ。でも、ぼくは本当に戦闘経験がまったくありません。ですので、その辺りのサポートをお願いしたい」
ぼくがそう答えた途端、大佐の顔がいないいないばあをされた赤ちゃんのように明るくなった。
「おお、天使よ。ありがとう、セバスティアン君。大いに感謝する。――サポートは問題ない、我々が全力でサポートするよ」
「ありがとうございます、大佐殿」
かくしてぼくは、見知らぬ世界の戦争に介入することとなってしまったのだった。
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