Ⅰ. 見知らぬ世界へ① 転生
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
すべての人間の一生は、神の手によって書かれた童話にすぎない。
-ハンス・アンデルセン
視界が真っ暗だ。何も見えない。そもそも、いま自分が目を開けているのか、閉じているのかもさだかでない。これが死後の世界、というやつなのか。
「……が、……で、あるから、……は、……なのである。したがって―――」
人の声がする。誰の声だ? 聞いたことのない声。ロシア語でもなければ英語でも、ドイツ語でもなさそうだ。が、不思議なことになにを言っているかはわかった。どうやら演説しているようだ。
耳を澄ましてみる。
「……しい魔王の軍勢が……諸君らは……光の戦士となるべくして……おい!」
魔王、光の戦士、こいつはなにを言っているのだ? 忌まわしきナチスのことだろうか。
徐々に身体の感覚が復活してきた。自分がいま、地面に立っているのがわかる。そして、目をつむっている。
「おい、お前、目を開けろと言っているんだ!」
先ほどから喋っていた者が、今度は怒鳴り散らし始めた。目を開けろ、だ? それは誰に……わたしに言っているのか? そもそも、こいつは誰だ?
わたしは静かに、目を開けてみる。視界の中央が暗かった。いや、男が目の前に立ち塞がっているのだ。
「やっと起きたか、貴様。入校式の、しかも学校長たるワシの演説中に寝るとは、いい度胸だな、ああ?」
男はわたしを睨み付け、怒鳴っていた。
なんだ、これ? どうなっているんだ? 状況が理解できない。
わたしは思わず視線を男から外し、キョロキョロと辺りを見回す。
どこだ、ここ。スターリングラードではない。本当に死後の世界か? 先ほどまでの充満した硝煙のにおいもしない。そもそも、わたしは本当に死んでいるのか?
わたしは自分の身体に意識を集中する。呼吸している。心臓が脈打っている。生きている、ようだ。だが――
突然、右の頬に強烈な痛みが走った。
「貴様……舐めておるのか!?」
ああ、わたしはこの男にぶたれたのだ。
「失礼ながら……」
わたしは、恐る恐る言葉を口にする。黙っていては余計にこの男を激昂させそうだ。
「ここは、どこでしょう? スターリングラードは……」
背は男の方が高い。わたしは男の顔を見上げながら、そう尋ねる。
男の、同志レーニンのようなスキンヘッドに血管がみるみる浮き出てきた。なんだ、いまのはまずかったか?
「貴様……本当に肝が据わっているようだな、エミール・シュタインハルト候補生。ここがどこか、だ? ここはザレンベルク帝国軍所属帝国国防大学校、第一演習場に決まっておるだろうが!」
男は全身を震わせ、虎の咆哮のごとくそう言った。そして、ため息をついて壇上に戻っていった。
なんだ、これは。余計に訳がわからなくなった。ザレンベルク? 国防大学校? なんだ、それ。ザレンベルク帝国なんて国、聞いたことがないぞ。それにあの男、わたしをなんて呼んだ? エミール……なんだって? 候補生? なにを言っているんだ。わたしはアレクサンドル・ニコライエフ。階級は中尉なはずだ。
などと考えているうちに男の演説が終わった。男が各自寮に戻れと叫び、周りの者たちはぞろぞろとこの場を去って行く。
「おい、貴様!」
またあの男が怒鳴った。わたしに向けてだ。
「貴様は戻るな。ワシについて来い。話がある」
そう言って男は歩き出した。
「は、はあ……」
わたしも仕方なくその後に続く。もっとも、そのまま寮に戻ろうとしても自分の部屋がわからなかっただろうが。
歩きながら、わたしは男の格好、周囲の建物、そして、自分をなめ回すように観察した。まず、この男は銀の光沢が美しい甲冑のようなものと、濃い緑のマントを身につけている。そしてわたしは、丈が足元まであり、所々に金の刺繍がある紺のローブ。まるで中世だ。建物は石造りで、至る所に派手な彫刻が彫られていた。
「それで……なぜ貴様がここに連れてこられたのかはわかるな?」
わたしはいま、校長室と書かれたプレートがドアに貼られた部屋に入れられ、テーブルを挟んで男と向かい合ってソファに座っている。
「はい……」
わたしは恐る恐る口を開き、男の質問に答えた。
「ワシはここの学校長をしている、レオン・ラファレウス。ワシは帝国陸軍を引退してから長らくここの校長を務めてきたが、貴様のような奴は初めて見た」
「申し訳ございません」
どうやらこの状況で、わたしは男、もといラファレウス校長の演説中に居眠りをしていたらしい。
「いや、謝る必要はない。むしろワシこそ殴ってすまなかった。貴様、いや、君、どうやら混乱していたようだな。それも、ただ単に寝ぼけていただけではない」
「と、いいますと?」
「単刀直入に聞く」
校長は一拍置き、続けた。
「君、転生者だな?」
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