Ⅲ. 吹雪の中の刺客⑤ 邪悪な存在
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
雪山での演習から帰ってきたその日、わたしは自室でエリシアから驚愕の話を聞かされた。
「――それ、本当なのか?」
「ええ、間違いないわ」
エリシア曰く、我々のグループメンバーであったトラディトールとオペラティーノの正体が真央族だというのだ。
「なんてことだ……」
「驚くのも無理はないわ。でも……これは現実なのよ」
エリシアが言うには、あの日、二人は我々を異空間に閉じ込め、転生者であるわたしの抹殺を図ったのだという。恐らく異空間を作ったのは、闇属性術式が扱えるトラディトール。で、わたしを孤立させるためにオペラティーノがエリシアに術式をかけ、体調を崩させたらしい。ちなみにオペラティーノに催眠術式をかけたのはエリシアであった。
「術式にやられたふりは面倒だった。あのとき始末してもよかったんだけど、メンバーが欠けたとなってはそっちの方が面倒だからね」
「で、作戦が失敗したからとりあえず異空間から我々を解放した、という訳か」
「そういうことになるわね」
「だが、なぜそんなことがわかったんだ?」
「そうねぇ、女の勘、ってヤツかしら」
「なんだそりゃ」
「冗談よ。本当のところは、彼らの頭の中をのぞいた」
「はあ?」
「実はわたし、”権能”を持っていてね、同種以外の思考を読み取ることができるのよ」
権能とは、その保有者特有の能力であり、魔術とは違って魔力を消費することもなく、任意のときに発動ができるものだ。固有スキルを保有するものは限られており、また保有することになった原因もさまざまで、十人十色の要因がある。
「なるほどな。――あの二人が人間でなかったから、思考を読めた訳か」
「そういうこと。で、あの二人はあなたの抹殺を目論んでいたことがわかった。あの二人、敵国の工作員よ」
「なんてことだ……」
だが、ここで一つの疑問が浮かんだ。なぜあの二人は、わたしが転生者だとわかったのだろうか。わたしはその旨をエリシアに尋ねてみる。
「さあね。そこまでは読み取れなかったわ。でも、あなたが転生者だと確信はしていた」
「そうか。――まさか、こんな形で君にばれるとはな。わたしが転生者だってこと」
「あら、隠してたつもりだったの? わたしは会ったときから知ってたわよ」
「なんだって? どうやって知ったんだ」
「”女の勘”ね」
「泣けるぜ」
なんだ、こいつ――
わたしはいま、蛇に睨まれた蛙の気持ちがよくわかる。
「誰だ、貴様……」
「君に名乗ってなにになる? どうせきみたちはいまからわたしに始末されるんだ。わたしの名前などもはやどうでもいいだろう」
「始末だって? なぜだ。貴様も我々と同じ魔族だろう」
「そうだ。わたしは吸血鬼、魔族だ。だが、君たちの仲間でも味方でもない」
まずい。これは非常にまずい。こいつは我々を殺す気でいる。わたしの部下は、失敗こそしたが、そこそこの手練れだった。軍の中でも優秀なほうだ。それを三体、あの転生者は無傷で葬った。だが、こいつからは、それ以上の、強者の風格を感じる。
「おい兄さん、しっかりしろ!」
わたしは弟の怒号ではっと我に返る。
「あ、ああ、すまない」
そうだ、なにを怖じ気づいているのだ、わたしは。よく見ろ。相手はひとりだ。数では我々が有利だ。それに夜も更けている。騒ぎにはなりにくい。いざとなったら前のように異空間に閉じ込めてしまえばいい。覚悟しろ、吸血鬼。アンデッドの中のアンデッド、霊王レギス・スピリトゥウム族の力を見せてやる。
「やるぞ、弟よ。こいつを始末して、転生者の首をとるんだ」
「足引っ張るなよ、兄さん」
そうしてわたしたちは息を合わせ、転生者、エミール・シュタインハルトに攻撃を仕掛ける。わたしは正面から闇属性魔術、影蝕術式ウムブラ・テネブリス(対象の魔力を闇の力で吸収し、相手を弱体化させるとともに自身の攻撃力を強化する)を食らわせ、少しでも転生者の力を削ぐ。その隙に弟が神速術式で一気に転生者の背後を占位し、風属性術式、疾風刃ケレリス・ウェンティス・ラミナ(風刃の上位術式)をたたき込む。
奴は棒立ちだ。やれる――
攻撃を繰り出しながら勝ちを確信したその瞬間、わたしは自分の身体が何かに弾き飛ばされたように宙を舞うのを自覚した。
「な、なに……!?」
なにが起きたのかわからない。首を動かして奴のほうを見やる。
「なっ……! そんな――」
奴は弟の首を鷲掴みにし、不敵な笑みを浮かべながらその首をへし折ってしまった。
「ほう、首を折られてもまだ生きているか。たいした生命力だ。さすがは霊王族アンデッドだ」
弟はなんとか奴の手から脱出し、体制を立て直した。無事でよかったとわたしはひとまず安心する。
が、奴は予想の数倍以上に強敵だった。いままで何人か転生者を葬ってきたが、これほどの奴はいなかっただろう。
「どうした、二人とも。まさかそれが本気ではないだろう? まあいい。わたしは問答無用で殺しにかかる鬼畜ではないのでね、君たちに選択肢を与えよう」
奴は不気味な笑顔でそう言い放った。わたしは全身に嫌な汗をかく感覚を覚えた。
こいつは、邪悪だ――
「一つ。君たちがいま、ここで自害すること。一つ。わたしに平等に消されること。これ以外の選択肢はない。さあ選べ、どちらを選んでも、わたしは君たちの選択を尊重しよう」
下らん茶番だ。どちらにしても我々が死ぬことに変わりないではないか。
わたしは奴を挟んだ向こう側にいる弟に目配せし、再び攻撃を仕掛ける。
「死にやがれ、貴様は、危険だ!」
術式・黒死締モルス・アトラ・コンストリンゲンス、発動。わたしの意思で選択した一つの対象を闇の力で締め付け、即座に死に至らしめる。タイムラグはない。わたしが貴様を選択した瞬間が、貴様の死だ。
が、現実はどこまでも残酷だった。いつまで経っても奴が倒れることはなかったのだ。
わたしは自分の目を疑った。なぜ、死なない――!?
「フムン、いい技だ。わたしが最強の吸血鬼でなければ危なかったよ。その術式、是非とも会得したいな」
「この……化け物め……」
わたしはすかさず追撃をかけようとした。が、足が動かなかった。それどころか、全身からみるみると力が抜けていき、もはや立つのも一苦労だ。
黒死締術式で魔力を使い果たしてしまったのだ。
もはやこれまでか――
「さすがに打ち止めか。だろうな、あれだけ強力な術式を放ったのだから。では、そろそろお別れだ」
これで一件落着、か。
「我が主人よ、任務完了。これより、帰投します」
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