Ⅲ. 吹雪の中の刺客② 緊急事態
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
雪山の麓で一泊し、今日は山の中腹にあるロッジを目指す。出発は日の出と同時。それまでに朝食を済ませ、テントをたたみ、出発の用意をする。
「ようし、日が昇った。進むぞ」
教官が全体に出発の合図を出す。
「よし、みんな、行くぞ」
トラディトールが言う。
それからほどなくして、快晴だった空が急激に暗くなってきた。
「なあ、これ、まずくないか?」
わたしは三人に言う。
「ああ、急に曇ってきた。おかしいな、今日は一日中晴れのはずだったが」
と、オペラティーノ。
「急に吹雪いてきて遭難からの凍死......なんてことに、ならないわよね?」
エリシアが苦笑して言う。
「縁起でも無いことを言うなよ......」
わたしはそう返したが、しかし、天気はエリシアの言った通りになってしまった。猛吹雪だ。五メートル先が見えるかも怪しい。それに気温も異常なほどに低い。
わたしたちははぐれないよう、なるべくくっついて歩く。が、エリシアとの距離がだんだんとあいていく。
「おい、エリシア、大丈夫か?」
わたしは聞く。
「うん......大丈夫」
「......無理はしないでくれよ」
わたしは彼女にそう念を押しておく。無理してぶっ倒れられては困るのだ。
が、現実とはそうそううまくはいかないらしく、遂にエリシアが動けなくなってしまった。
「おい、しっかりしろ、どうした」
わたしはそう声をかけながら、手袋を外し、彼女の額に手を当てる。
熱いーーーー
高熱だ。急に気温が下がったことで風邪を引いたらしい。
「おい、トラディトール、オペラティーノ、手伝ってくれ、彼女を運んでいく。わたしが彼女を背負うから、トラディトールは彼女の荷物を、オペラティーノは周囲警戒を頼む」
「わ、わかった」
「リーダーはおれのはずなんだがな......」
そうして彼女を運ぼうとしたとき、一層吹雪が強くなった。もう一メートル先も見えない。ホワイトアウトだ。それに、気温もさらに低くなってきた。
「おいエミール、これ、まずくないか?」
先頭を行くオペラティーノが叫ぶ。
「ああ、まずい」
このまま進行するのは危険だ。体温も奪われる。そう判断したわたしはすぐに保温結界を張り、自身らを吹雪から守る。
「今晩は、ここで野宿だな」
わたしは苦笑して言う。
「まったく、ついてないぜ」
と、トラディトールもぼやく。
その後は非常食で夕食とし、寝る準備をする。
「なあ、ひとつ気になったんだが......」
わたしは寝袋を用意しながら、言う。
「他の班は、どうしたんだ?」
こうして落ち着くまでは自分たちのことで精一杯で気がつかなかった。が、思い返してみれば山を登り始めてから一度も他の班を見ていない。各班は一定時間ごとに出発したので班と班の間隔はそれなりにある。が、我々の班は相当な時間、特にエリシアが体調を崩したことでここで立ち往生していた。が、普通なら、我々を追い越していく班が一つや二つくらいあるはずだ。それどころか、我々以外に人の気配が全くしないのだ。
「他の班に追い越されないどころか、人の気配すらしない」
「それは......確かに妙だな」
と、トラディトール。
「まるで、我々だけ違う空間に迷い込んだみたいじゃないか」
わたしのこの言葉を聞いた途端、二人の顔があからさまに引きつるのがわかった。
「こ、怖いこというなよ、シュタインハルト。そんなこと、あるわけないじゃないか。なあ、オペラティーノ?」
「そ、そうだとも。そんなこと、あるはずがない」
二人は苦笑して言う。
「おいおい、そんな本気にしないでくれ。ただの例えだよ、これは」
口ではそう言いつつ、しかし内心では、さすがにこの状況下であの例えはまずかったかと反省する。
日はとうの昔に落ち、焚き火の明かりだけが光源となっている状況で野宿するのだが、いつどんな危険があるかわからない。ということで、病人のエリシアを除いた我々三人は交代で見張りながら眠ることにした。最初の見張りはトラディトール。わたしとオペラティーノは彼に託し、寝袋に籠もった。
眠りについてからどれくらい経っただろうか。わたしは、突然の爆音で目を覚ました。慌てて寝袋から飛び出し、なにがあったのかを確認する。いや、確認するまでもなかった。敵襲だ。
「トラディトール!」
そして、わたしは結界の外で倒れているトラディトールを見つけた。きっと敵の不意打ちにやられたのだ。
敵の姿は、目視では確認できない。トラディトールを倒して退いたのか、あるいはいまもどこかに潜んでいて、再度の攻撃チャンスをうかがっているのか。それがわからない今は、オペラティーノの索敵術式(偵察系術式の一つ。相手の殺意を読み取って相手の位置を探索する術式)に頼る必要がある。
「おい、オペラティーノ、起きろ、敵だ!」
わたしは、こんな状況でもいびきをかいて爆睡しているオペラティーノを激しく揺さぶって言う。が、オペラティーノはいっこうに起きる気配がない。そこでわたしは、あることに気付いた。
「クソ、催眠術式か......」
オペラティーノもすでに敵の攻撃を受けていたのだ。それで眠らされている。
戦えるのはわたしだけか――――
エリシア、わたしの大切な“仲間”にまで手をかけさせはしない。そうだ、わたしには転生時に与えられたらしい才能も、これまで学校で培ってきた訓練も、そして、大祖国戦争を戦った経験と勘がある。やれる、わたしならやれるのだ。
わたしは自分で自分を鼓舞し、敵を探る。
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