Ⅱ. 異世界・夏④ 大激突
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
とうとうこの日がきたか――
今日はいよいよトーナメント決勝戦の日。相手は、まだ横のベッドで爆睡しているわたしの友人、エリシア・セレナデュー。もうそろそろ起きて準備しないと試合に遅れるというのに、呑気なやつだ。
わたしは起きる気配のない彼女を叩き起こし、はやく準備するように言う。
「随分早起きなのね、あんた」
「お前が遅すぎるんだよ。あれだけわたしと戦うのを楽しみにしていたというのに、寝坊して不戦敗になりたいのか?」
「そんなこと、絶対に嫌ね」
などと駄弁りつつ準備を終え、朝食を済まし、二人で闘技場に向かう。
「じゃあね、アリーナで会いましょう?」
「ああ、健闘を祈るよ」
そうして時間は過ぎ、いよいよ決勝戦開始のときがやってきた。エミールとエリシアはそれぞれ正反対の出入り口からアリーナにあがり、対峙する。
決勝戦だけは特別で、開始の合図が人の声でなく、ゴングの音だ。エミール、エリシア、そして観客席に座っているすべての人々が固唾をのみ、ゴングが鳴り響くのを今か今かと待っている。そしてそれがいま、会場に鳴り響いた。
決勝戦、開始。
最初に攻撃に打って出たのはエリシアであった。いままでの試合で何度も使ってきた術式・緑浸透之波紋を発動。エミールの足下から無数の木の枝を召喚、拘束しにかかる。エミールは自身に神速術式をかけ、炎の剣で斬りつつそれらを回避する。
「やっぱりこれは避けてくるわね......なら!」
エリシアはエミールの動きを注意深く観察し、彼の移動した先を予測する。そして、そこ目掛けて水流砲を撃ち込む。命中せず。間一髪で回避された。そこで今度は、水流砲を撃ちながら氷の弾幕を張る。これによってエミールは緑浸透之波紋、水流砲、氷弾幕の三つを同時に避けねばならなくなった。
が、それでも一向に命中弾がでない。
「ちょっと、随分すばしっこいのね、エミール!」
「そんな程度じゃわたしには当てられんよ、エリシア」
エリシアの濃密な弾幕をかいくぐり、今度はエミールが反撃にでる。炎弾幕でエリシアの氷弾を相殺し、力強く地面を蹴ってエリシアに肉薄。そして抜刀し、剣にも神速術式をかけ、疾駆を数段階上昇させて斬りつける。エリシアは氷壁を展開し、間一髪でエミールの攻撃は防いだものの、その衝撃までは殺しきれず、氷壁は砕け散り、エリシアはアリーナの端まで吹っ飛ばされた。が、崩壊したのはエリシアのそれだけではなかった。
「ん、マジか、さすがにこれじゃ耐えられないか......」
エミールの剣も同様に、彼の攻撃に耐えることができなかった。先ほどの攻撃で刃にヒビが入り、ボロボロと崩れてしまった。
エミールは壊れた剣を捨て、吹っ飛ばされてもなお健在のエリシアに追撃をかける。が、エリシアに近づいたところで急に霧のようなものに包まれた。それと同時にエミールは、自身に違和感を覚える。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、すべてが先ほどまでと比べて明らかに鈍っている感じ。
「水霧幻影か――」
初戦、シャドウハート相手にエリシアが使用していた術式。そのことを思い出したエミールは、とっさにバックステップで相手の五感を惑わす霧から脱出する。
「間一髪、か......」
先ほどまでエミールがいたところに、エリシアが術式・渦巻氷柱を発動。巨大な氷の柱が落下し、地響きがなる。霧からの脱出がコンマ一秒遅れていたらと思うと、エミールはぞっとする。それに、霧のせいでエリシアの位置がわからない。エミールは念のために距離をとり、エリシアの位置を探る。
と、霧の中からエリシアが勢いよく飛び出してきた。氷の剣を両手に召喚しつつ、地面に突き刺さった氷柱を力強く蹴り、一気に接近してエミールに斬りかかる。エミール、術式・疾風障壁を発動。水属性のエリシアの剣に対して有利である風属性の障壁を召喚し、彼女の攻撃を防ぐ。と同時に炎翼を召喚、空高く舞い上がり、術式・爆槍、疾風刃を立て続けに発動。水に対して不利な火属性の、何かに触れると爆発する炎の槍と、有利な風属性の刃をエリシアに撃ち込む。エミールの作戦は、爆槍を水属性の防御系術式でガードさせて動きを封じ、そこに風刃をぶつけてガードを貫徹し、攻撃を通すことだ。そして狙い通りにエリシアは氷壁を展開して爆槍を防御。続いて疾風刃が弾着。氷壁が切り刻まれ、崩れ去る。が、そこにエリシアはいなかった。
「む、避けたか――っと、危ないな」
エリシアは氷壁を展開するや否やその場を離れ、効果の切れた神速術式をかけ直してエミールの視界外に潜り、小さな氷柱を階段状に召喚して彼の背後まで近づいていた。そのまま氷の剣で斬りつけたのだが、直前に気付かれ、ガードされた。しかし、直後に氷弾をエミールの炎翼目掛けて撃ち、彼の飛翔能力を奪うことに成功。両者はそのまま重力に身を任せ、降下する。エリシアが氷壁を展開してからここまで、約三秒ほど。
決勝戦は完全に拮抗状態となり、なかなか決着が付かない。そして、二人の段違いなレベルの戦いに会場の殆どが、いまなにが起きているのか理解できていなかった。
「あの二人、ちょっとレベルが違いすぎない? わたし、さっきから戦局がまったくわからないのだけど」
観客席で、準々決勝でエミールと戦ったフィアモーレが横に座っているヤコヴレフに話しかける。
「大丈夫、俺もです。まったくわからない」
「とは言いつつも、あなたは結構善戦していたと思うけど?」
「まあ、剣術じゃここでは俺が一番でしょうからね。でも剣が壊されては、駄目だな。純粋な魔術対決じゃ、彼女にはかなわない」
「――わたしたち、とんでもないのとぶつかったのね」
「本当にそうですね。って、ちょっと、これ大丈夫でしょうか?」
ヤコヴレフに言われ、フィアモーレはアリーナに視線を戻す。と、彼女は宙に小さなヒビのようなものが浮かんでいるのを認めた。
「ねえ、これ、まさか......」
「結界、壊れかかってますね......」
どうやら、二人の放つ魔術や、その衝撃によるダメージが結界に蓄積されていたようで、結界にヒビが入ってしまったのだった。
「結界が破れやら、この闘技場が吹き飛びかねないわよ」
「い、今のうちに避難します......?」
などと話しているうちに、例のヒビはどんどん大きくなっていった。
エミールは着地すると、すぐに術式・竜巻砲を発動。巨大な竜巻状の風エネルギー弾をエリシアに撃ち込む。エリシアは瞬時に大量の木の枝を召喚し、自身を包み込んで防御。跳弾したエネルギー弾は進路を変え、結界に勢いよく衝突し、轟音をあげて消え去る。そこからさらに追撃を仕掛けようとしたところで、アリーナにゴングの音が響き渡った。
「二人とも、そこまで! それ以上は結界が耐えられそうにない。勝負は引き分け。二人とも一位とする。いいな?」
審判のその言葉に、二人は呆然とする。そして辺りを見渡し、結界の様子を見て納得した。
「まじか、結界、ヒビが入っているじゃないか」
と、エミール。
「あらいやだ、本当ね」
「そんなにわたしたちの戦い、激しかったのか」
「みたいね」
などと話しながら、二人はアリーナを後にする。期末トーナメントの結果は一位タイ、エミール、エリシア、三位、ヤコヴレフで幕を閉じた。
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