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ショートショート8月〜4回目

ラスボスが、目の前にいる。

作者: たかさば

 ……俺の目の前に、ラスボスがいる。


 やや白髪の目立ち始めた、ボサボサで中途半端にテンパの入った短髪、とぼけた丸メガネが印象的な… 中高年の親父。

 一見すると平凡な見た目だが、魔力を解放すると…3本の角を持つミノタウロスに変貌し…、世界最強のクリティカルヒットを放ち、全てをぶち壊すために大暴れして物語を終焉にいざなう、ラスボス。


 さらに……ラスボスの後ろには、裏ボスも控えている。


 緩くパーマのかかったメッシュ入りの茶髪セミロング、 小じわをのばすように頬に手を添えにっこり微笑むその姿は…どう見てもごく普通のおばさん。

 だがしかし、魔力を解放させると…即死毒の滴る尖がった爪を備えた8本の手がにょきにょきと生え、メスのくせに立派な鬣を蓄えたライオンへと変貌する。世界を切り裂いて永遠の静寂をもたらす、大人気ファンタジーノベルのラストを飾るにふさわしい、史上最悪の裏ボス。


「ねーねーゆうちゃん、今日の晩御飯、何がいい?」

「今日は優太の好きなハンバーグにしてやってよ、昨日あんなことがあったし!」


 何度もコスプレした、山田ヒロシが目の前で笑っている。

 何度も妻や娘、孫にひ孫、玄孫に来孫までキッチリとコスプレをさせた、山田マサコが腰に手を当ててこちらを窺っている。


 まさか…、俺の両親が。


 ラ ス ボ ス & 裏 ボ ス だったなんて……。


 ………つい昨日までは、ほんの5分前までは、全く、気が付かなかった。

 なぜか、急に、いきなり、この…驚愕の事実に気が付いた。


 散らばり倒していた前世の記憶の最後のピースがかちりとハマって、一気に全貌が見えたような…、思いがけない情報が一気にぬるりと脳内に染みわたったような…、気持ちの悪さが……。


「…どうした?なんだ、腹でも痛いのか?そういえばちょっと顔色が悪いな…」


「あ、いや…うん、その、なんでも、ない」


 ……他人の空似?

 いや、それは……ない。


 なぜならば、俺の知っているヒロシ(ラスボス)は通勤に軽トラックを使っていて…父さんも同じものに乗っているし、月に一度フラメンコを踊る趣味があったマサコ(裏ボス)…母さんはフラメンコの講師をしているのだ。ヒロシとマサコの出会いも俺がよく知る両親ののろけエピソードと合致しているし、アニメの中で頻繁に口ずさんでいた♬プリンパンパン♪の歌も、ついさっき便所の前で聞いたばかりだ。


 俺の知っている両親は、ごく普通の…いや、とびきり優しくて子供に甘い、 穏やかな一般人だ。

 たまに目玉焼きを焦がしたり、しょっちゅう鍵を落としてあわあわしたり、柴犬のゲンキのしっぽをうっかり踏んでガブリとやられたり、廊下の曲がり角に小指をぶつけて悶絶したり、ご近所さんから玉ねぎをおすそ分けしてもらって大喜びして鍋いっぱいにカレーを作っては3日連続で食べ続けるような…どこをどう見ても、善良で、やややらかしがちな一市民でしか、ない。


 ……ラスボスだなんて、裏ボスだなんて、とても思えない。


 思えないけれども、俺の記憶が…この2人はラスボス&裏ボスなのだと言っている。

 両親の正体はラスボスと裏ボスだったんだなと、腑に落ちてしまっている?

 なんだ、そうだったのかと納得してしまっている?

 確実に、今、俺は……、両親がラスボスと裏ボスであるということを、疑っていない。


「もう!!さては…まーたスマホ見ながら寝落ちしておなか出しっぱなしで寝てたんでしょ?!ホントゆうちゃんは…大学生にもなって仕方がないんだから!!」

「は、はは…うん、ハンバーグで…ハンバーグがいいな。ごめん、ちょっと考え事をしてただけっていうかね?…あ、チーズ入れてほしいけど、いい?」


「いいけど!!!今日はママの腹巻、ちゃんとして寝なさいよ?!お昼寝の時もだよ!!」

「あ、パパのは後乗せチーズでね!!」


 そもそも、俺にはもともと……、前世の記憶のようなものがあった。


 いつ頃からかははっきりしないが、ぼんやりと…ここではない世界での生活のワンシーンが脳裏をかすめることが少なくなかった。ただの続き物の夢だと思っていたのだが、日に日に現実味が増してくるようになり…近年では()()()()の方が誰かの創作物なんじゃないかと疑うレベルにまで仕上がってしまっていたくらいだ。


 俺が前世で暮らしていた異世界は、 おそらく、()()()()()()()()()()()…なんちゃって西洋の世界だった。

 簡単な魔法があって、魔物がいて、ちょっとフレンドリーな王様がいて、マヨネーズがブームになっていて、ギルドがあって、妖精もいて、色んな人種がいて、ハーレムもあって…、穏やかに、それなりに揉めながら、平和な日々を過ごした、数えきれないほどの記憶が……。


 ……あれは確か…大規模なドラゴン駆除が終わった年の事だ。


 一冊の小説が世間を賑わせ、一大ブームを巻き起こした。

 続編が書かれ、外伝が書かれ、スピンオフはもちろん、新しいシリーズがどんどん刊行された。エピソードが切り抜かれて絵本化し、紙芝居化し、オペラ化し、アニメ化し、シアターボール化し。

 読書の習慣が人々に根付いたのはもちろん、二次創作という文化が生まれたのもこの作品あっての事だった。急速に印刷技術が向上し、産業の革命までもが起こったのだ。


 ヤハラサヒの民ならば、腹の中で育っている胎児から灰になった命の燃えカスまでもが知っている物語『ニッポン・ニホン・ヒノクニー』。


 戦いのない、魔法もない、どこか淡々と生きている少年が主人公の物語に、誰もが夢中になった。

 それまで、物語と言えば寒気のするような恋愛ものしかなかったのに、突如…平凡ではあるが、見たこともないような世界観の物語が発表されて、人々の心はばっちり鷲掴まれたのだ。


 日本という国で起きる、ささやかではあるが激しい感情のやり取り。命が保証されている環境で、殺すことを頑なに拒みつつ生かすことで…憎しみを叩きつけ続けるという汚いやり口。豊富な食べ物を無駄に捨てては責任を第三者に擦り付けるようなトンデモ展開。たった一人の好奇心がトリガーとなって、あらゆるものを無に帰すマンネリ化した流れ。完全に創作でしかないとわかっているはずなのに、なぜか懐かしさを感じてしまう、謎の読後感。


 地球という丸い世界を舞台に魅力的なキャラクター達が己の矜持を貫く物語は、平たい大地に住む者すべてを魅了した。


 俺は…いい年をして、小説にはまり倒し。

 次に生まれる時は二ホンに生まれたい、絶対に生まれてやる…、そう願って、誓って、82人の子孫に囲まれながら目を閉じたのだ。


 前世でなりふり構わず善行に心血を注いだことが影響したのかどうかはわからないが…俺は無事、日本という国に生まれることができたらしい。

 ……転生したという決定打があるわけではなかった。実感がないくせにやけにリアリティがある、おかしな妄想癖の可能性は否定できなかったのだ。


 何も知らずに、のほほんと…、平凡寄りではあるが憎しみのわきにくい顔面と小回りの利く163センチの身体を得て、ちょうどイイ裕福具合と少し足りない人脈という環境下、良い人すぎる両親に見守られながら暮らしてきて18年。……思いもよらぬ伏線が待ち構えていようとは。


 まさか…こんな……、こんな、事って……。


 ………。


 おそらく、聞いてみたら

「うんそうだよ!」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 とか、平然と答えが返ってくると思われる。


 だが…聞いてしまっても良いものか。


 何も言わなければ、このまま平凡な暮らしを続けていけそうな気がする。

 しかし…、何も言わずにいきなり討伐されるようなことがあるのだとしたら、はっきりさせておいて避難しておきたい気持ちもある。


 …両親の正体らしきものを知ってなお、この現代日本の…、令和6年の8月の世界は、あのクソ長ったらしい小説の世界そのものなのかどうか、いまいち確信が持てない。


 なぜならば、あきらかな相違点があるのだ。

 それは…()の存在。


 物語の中のヒロシとマサコには、子供がいなかった。

 いや、正しくは…子どもがいるような年齢まで描かれてはいなかった。


 小説では、ラスト…ごく普通の一般人が、いきなり魔物になって…。

 結婚式会場?そこにいた人がいきなり…?

 ……いや、違う。 パニックが起きて、収拾がつかなくなって……。

 ごく普通の日本にピンチが訪れて、いきなり勇者ハヤッチが異世界からやってきて、てんやわんやののちに一般人化して、最後の最後で使命を思い出して…。

 ラスボスを倒そうとして、結局倒しきれなくて滅亡して終わったような気がする。 なんでこんな終わり方にしたんだと憤慨しながら、1023巻当たりのエピソードを思い出して、あそこが真のラストだった方がいいとかなんとか……、出版社に苦情の映像を送り付けたような……。玄孫のドックがマジゲンカして…あれ??


 ……だめだ。 下手に大往生したせいか、小説の内容がぼんやりしている。

 完結までに50年もかかった影響が、こんなところで……!


 完結するまでは死ねない、その執念だけでエルフの秘薬を飲みのみしぶとく生き続けた記憶の貧弱な事ときたらもう…。若かりし頃にコスプレをしてイベント会場を練り歩いた記憶ははっきりしているというのに、肝心のラストが思い出せない。

 時間巻き戻しエピソードがふんだんに盛り込まれていたせいでラスボスと裏ボスの情報は中途半端にキッチリあるくせに、長きにわたる物語がどうまとめられたのかという一番重要な部分が霞んでいるというこの悲劇よ……。


 ……どう考えても、この目の前のとぼけた両親がラスボスと裏ボスであることは間違いないのだが。


 俺はもしかして、ラスボスの継承者なのか?

 ……いやいや、俺は何も能力なんて持っていない。

 ごく普通の大学生だ。 ごく普通どころか、ヘタレ属性の情けない貧弱な一般男子でしかない。


 昨日だって…バイト先のコンビニで老害に怒鳴られてへこんでさ。

 仕事を終えて疲れて帰ってきて、風呂に入って晩酌を楽しもうとしていた父さんに泣きついて、軽トラで迎えに来てもらったぐらいの…打たれ弱くて弱気MAXのへっぽこでさ。


 久しぶりに父さんに愚痴を聞いてもらって、なぐさめてもらって、母さんにもらい泣きされて、胸がいっぱいになってしまって飯も食わずに風呂に入って寝て…。


 ……ちょっと待てよ。


 たしか、父さんと母さんは…あの後二人で散歩に行くとか何とか言っていたような気がする。

 ふて寝してたら、ずいぶん…外が騒がしくなってきたんだった。

 うるさくてとても寝られないと思ってネトフリ見てたら腹が減ってきて、冷蔵庫をあさっていたら寿司の折り詰めを持ち帰った両親が……。


 ………。


 胸騒ぎがしたので近郊のニュースを探ると…、老人が謎の不審死という記事を見つけた。どうやら、昨日の騒ぎはこの事件に関連するものだったらしい。…時間は22:45、死亡した男性は70代後半、現場は俺のバイト先のコンビニのすぐ近く…、打撲痕がある……、毒物の可能性………、鋭利な杭で刺された様な謎の形跡がみっつ…………。


 ……やばい。

 これは、マ ジ か も し れ な い 。



 ピンポーン!!!!



「ひゃはぅぎゅっ!?」


 集中していたところにいきなりインターフォンが鳴ったので、驚いておかしな声が出てしまった。


「なんだい、優太wwwその情けない声www」

「ごめーん、今両手が生肉だらけだから誰か出てー!!!」


「…びっくりしただけだって!」


 恥ずかしさをごまかすため、勢いよく立ち上がってインターフォンに向かう。

 …今頃だれだ!?


「はい」

『すいません。 新聞の集金ですが』


 ……おかしい。

 うちは、新聞なんて…取っていない。


「…間違えてます。新聞、取ってないんで」

『あ…間違えました!新聞の試読…ええと!!あの、山田さんに、大事なお話が…、ええと、わたし早川ススムと言うんですけど…』


 はやかわ、すすむ・・・?


 俺は、その名前を…知っている。

 そう、ラスボスと裏ボスを倒す…勇者ハヤッチの真の名前だ!


 慌ててじっくりモニターの映像を見ると…げえ!!!


 見覚えのあり過ぎる眠そうな二重瞼!!

 上目遣いでへらへらとした表情を向けつつ向って右の眉はおかしな角度で吊り上がるキモい癖!!

 トレードマークの鼻ピアスにセンスの悪いチョーカー、おそらく足元はクソダサいトレッキングシューズを履いているはず!!

 腰には狸のしっぽのアクセサリーが付いてて、その中には聖剣が仕込まれてて…!!!


 ちょっと待て、なんでいきなり?!

 こんなにピンポイントで訪問してくる?!

 しかも妙に律儀で丁寧!!

 なのに明らかに初手を間違えていて不信感の塊でしかない!!!


「お帰り下さい!!!!」


 ……ブツ!!


 インターフォンを切り、ホッとしたのもつかの間。


「とぉっ!!!」

「…ッ、うわ!!」


 と、ととととと父さんがっ!!!


 いきなり、クロスアタック、かましてきたー!!!


「も~、ダメだよ!!そんな受け答えしちゃ!!不審者はね、変な事で怨んで勝手に暴走して…始末が悪いんだからさあ。そんな断ち切るようなやり方は悪手の極み!!ちゃんと話をして、おかしなやつだったら話をのばして、警察を呼んでちゃんとしょっ引いてもらうのが一番いいんだからね?昨日もいったけど、何でも一人で解決しようとしないこと!!パパもママもいるんだから!!……エヘン!!!あー、どなたですかな!!こんな夜更けに不躾に訪問してくるのは!!!」


『あ、あわあ…、本人?!ははは初めましてなんですけどすいません!!!申し訳ないけど、滅亡していただきたいんで出てきていただいても―!!!』


 ちょ!!!

 ナニ言っちゃってんの?!このドスカンタン勇者、勇者ああああアアアア!!!


「申し訳ないんですけどね。 せっかく来てもらっても私普通に生きてるだけなんで帰ってもらっていいですかね? 」

『そ、そそそういうわけにはいかないでひゅっ! 敵は全てやっつけてこそ物語が集結する、分かるでしょう?!それがファンタジー小説ってものですひょ!あなたはね、い…やつけられて当然の人なんです、ええ。 だから今すぐ僕にやっつけられてください、はよ、はよでてこんかい!』


「そんなこと言われてもねぇ。ボクはごく普通に生きているだけだし、会社に行けば80人の部下がいるし、それなりに地位も名誉もあるし、友達もたくさんいるし、信頼の厚い一市民として役割を全うしているんです。 君みたいに無職でもないしねぇ、たぶんやめといたほうがいいですよ!今死んでも誰もなんとも思わないし、せっかくいい国に生まれたんだからもっとエンジョイしたらどうなの?」

『ぼ、僕には何も無いんです、だからお前らを倒して使命をね?!』


「なんかよくわからない思い込みをしているだけみたいだけど、今からでもやり直すことはできるからね?30代はまだまだ若いんだよ?恋をして幸せに生きなさい!!君にはね、なにかをやらかして受け止めるだけの器はないの。勇者を名乗るのは結構だけど、勇気と無謀の違いも分からない人に平穏な暮らしをつぶされる気はないんだ。……いいね?はい、お 帰 り 下 さ い 」


『・・・はい』


 ゆ、勇者、帰っていったー!


「ととととと父さん、今の人は?!」

「さあ~?よくわかんないね。まあいいじゃないか、とりあえずお茶を飲もう、ははは」

「ハンバーグできたよ〜!誰かテーブル拭いて炊飯器セット取りに来て〜!」



 ……今日も、俺の目の前には、ラスボスと裏ボスがいる。


「今日はパパがお休みだから、おやつはホットケーキにしたよ〜!」

「うはあ、ほんとに?!ヤッター!カフェラテ入れよ!優太はいつもの砂糖たっぷりのミルクだよね!」


「ちょ!俺はもう…子どもじゃないけど?!ブラックでいいよ!!」


 でも、特に問題なく、今日も平和にのどかにのんびりと…生きている。


 いつか、何か起きるのかもしれない。

 ずっと、何も起きないのかもしれない。


 先のことは、よく…わからない。


 だけど、今、ここで…明らかにする必要はないと、思う。


 とりあえず…、目の前にある母さんのホットケーキは相変わらず端っこが焦げていてちょっぴり苦い…、それだけで、いいじゃないか。


「うん、オイシイ!ママのホットケーキは天下一品だな!」

「パパの甘いカフェラテも最高だよ!」


 ラスボスと裏ボスの、目に余るラブラブがトッピングされているから、甘いのなんのってもう……。


「…ごちそうさま」


 俺は、甘ったるいホットケーキを…コーヒーで流し込み。


 尖ったしっぽの先を、指先でカリカリと…かいたのだった。

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