表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

明日、婚約破棄します。

作者: 若松だんご

 ――では、明日。よろしくお願いいたしますわね。


 軽やかに。そしてにこやかに。

 うれしそうに頼まれたことに、思わず「うん」と了承してしまったけれど。


 (はあぁぁ~~)


 何度目かわからない、重いおもいため息を吐き出す。

 頼まれたこと。

 それが、「明日、バラを一輪贈ってくださいな」とか、「明日、買い物につき合ってくださいな」とかならよかったのだけど。


 ――明日、婚約破棄をしてくださいな。


 それをにこやかに、うれしそうにお願いされても。


 (はあぁぁ~~)


 ため息しかでない。

 

 (婚約破棄……ねえ)


 この国では、貴族の子女は生まれてすぐに誰かと婚約、結婚の約束をする。一応、家柄とか格式とかも気にして結ばれるけど、そこまで重視されることもない。なぜなら。


 (どうして絶対〝破棄〟しなきゃいけないんだよ……)


 貴族の子女が集まる学園の卒業パーティ。そこでそれまで結ばれていた婚約は、必ず破棄される習わしになっている。

 かつて、他国の貴族に婚約破棄され捨てられた令嬢を、この国の王様が拾って王妃としたら、この国が隆盛を極めたから……というのがこの習わしの発端。

 令嬢は捨てられてからが人生の本番。次に拾ってくださる殿方は、以前の婚約者よりハイスペック、スパダリ間違いなしとかなんとかで。愛され王妃にあやかって、令嬢は婚約破棄されるために、婚約をするという摩訶不思議な習慣が出来上がってしまった。


 ――婚約者である令嬢以外に、愛する人ができてしまった。僕は彼女を愛してしまった!

 ――真実の愛を見つけてしまった。愛のない結婚なんてしたくない。


 なんていう、ドクズな理由でもいい。


 ――僕の愛する人をいじめたきみとは一緒にいることはできない!

 ――きみのような悪行を重ねる人を妻にはできない!


 どんな悪いことがあったのか、具体的に言えなくてもいい。


 ――その顔が嫌いだ。

 ――貧乏くさい。

 ――地味!


 なんだっていい。なんでも理由をつけたらいい。最終的に、「目の下のほくろが鼻くそみたいで嫌だ」なんて理由もあったと聞く。

 とにかく、メチャクチャくだらない理由でもいいから、理由をひねり出して、「キサマとは結婚しない! 婚約破棄だ!」って持ち込めればいい。

 令嬢の方も「ヒドいですわ!」ってショックを受けたような顔をするけど、実際はショックなど受けてない。そういう顔をするのがお約束だからそうするだけ。婚約破棄する側も、大広間の階段なんかに立って、「婚約破棄だ!」と叫ぶ。隣に可憐なかんじの女性を連れているとなお良い。そういうお約束。形式美。

 だけど。


 (オレ、婚約破棄なんてしたくないんだよ……)


 オレの婚約者スフィアは、オレが物心つくかつかないかって頃からの間柄。婚約期間は長ければ長いほど悲劇性が増して良いとされるので、その頃から結ばされた約束(仮)だった。互いの家を行き来したり、一緒に遊んだり、お茶したり。学園に入っても級友として机を並べた。これも、「あんなに一緒だったのに~」と捨てられる辛さが増しマシになるから良いとされる行動。

 だけどさ。


 (オレ、このまま結婚してもいいんだよな)


 幼い頃からずっと一緒だったスフィア。

 抜けるように白い肌。絹糸のようなキャラメル色の髪。パチっとまつげに縁取られた瞳は深い青。小鳥のさえずりよりの愛らしい声。プルンッとぷっくりした唇。小さな耳たぶ。ほっそりした指。抱きしめたら折れそうな体なのに、意外に胸はあって、柔らかそうで。

 そんな今すぐにでも抱きしめて、フガフガ匂いを嗅ぎたいぐらい大好きな彼女をフラなきゃいけないなんて、なんの地獄だよ。婚約破棄したら、スフィアと結婚できなくなるんだぞ? 婚約者でもなんでもなくなるから、彼女が別の男と幸せになるのを、指をくわえて見てなきゃいけないんだぞ。フガフガなんて絶対させてもらえないんだぞ。

 最悪、婚約破棄した男は「ざまあ」されて転落人生を歩む……っていう慣習は撤廃されたからいいけど。でも、その状態って転落そのものじゃね? 一気に奈落に突き落とされる気分だよ。


 (でも、彼女がそれを望んでいるなら……)


 叶えてやるのが男ってやつ? 「お前は幸せになれよ。アデュー」とか言って、サラっと別れてやるのが男ってやつ?

 

 (でもオレは別れたくないんだよぉぉ)


 男の腐ったようなやつ、未練がましいって言われてもいい。スフィアが遠くへ行くなんて我慢できないんだよぉ。別の男に取られるなんて、納得できないんだよぉ。他の男にフガフガさせたくないんだよぉ。


 (誰だよ、捨てられた令嬢は幸せになるなんてジンクス生み出したやつはぁっ!)


 それさえなければ、オレは普通に学園を卒業して、スフィアと結婚して、かわいすぎるスフィアのすべてを余すことなく堪能できたのにぃぃっ!


 明日の卒業パーティ。

 階段で語る口上も考えなくちゃいけない。スフィアの悲劇度が上がるような、ドクズな台詞。


 (きみがかわいすぎるのがいけない! 僕がメロメロの骨抜きになってしまうから、婚約破棄させてもらう! ――ぐらいかなあ)


 それぐらいしかいい台詞が思いつかない。

 ああ、でもダメだ。

 卒業パーティという、あちこちで婚約破棄が行われてる場でそんなこと言って彼女を捨てたら、速攻で「なんてかわいそうな令嬢だろう。よければ、僕のところに来ないか?」って手を取る輩が現れる。オレよりハイスペックかもしれない最低野郎。自分も婚約破棄してきたからフリーだし? ちょうどいい具合に次の女性(というか、スフィアのほうが本命)がいるじゃないか、みたいな。そんでもって、スフィアも「ああ、最低野郎さま……」とか言って顔を赤らめたりしたら……。

 オレ、その階段からダイブして、二人の仲を引き裂きにいく。スフィアが別の男と幸せになるのを見送るなんてできない。非常識、恥知らずと言われても我慢できない。


 (スフィアは、ずっとずっとオレのもんなんだよ!)


 誰にも渡したくない。

 このまま婚約を継続しておきたい。破棄なんてやりたくない。このまま結婚したい。けど。あの愛らしい笑顔での頼みごと。聞いてやりたい自分もいる。


 (あああっ! オレ、どうしたらいいんだよぉ!)


 思いっきり髪をかき乱すけど、名案浮かばず。人生最大の大問題。


*     *     *     *


 (はあぁぁ~~)


 何度目かのため息をお腹の底から吐き出す。

 言った。

 言ったわ。

 言ってしまったのよ。


 ――明日、婚約破棄をしてくださいな。


 そう言ってしまったのよ、私。

 婚約者である彼に、お願いしちゃったのよ。

 この国にある摩訶不思議な習慣。

 婚約破棄された令嬢は、捨てられてからが人生の本番。次に拾ってくださる殿方は、以前の婚約者よりハイスペック、スパダリ間違いなしとかなんとかで。愛され王妃にあやかって、令嬢は婚約破棄されるために、婚約をするのが普通。なんだけど。


 (私、彼と別れたくないのよぉぉ)


 小さい頃から、「お前の婚約者だよ」と常に聞かされ、互いの家を行き来して、共に育った相手。一緒に長くいたほうが、婚約破棄の悲劇性が増すからだと言われてるけど、私、別れる気なんて全く起きなくて。それどころか、会うたびに「好き」って気持ちのほうが大きくなっていった。

 貴族の子息らしくスラッと長身の彼。その優しげな琥珀色の瞳は変わらないのに、声は低く甘くなってて。優雅で気品に溢れてて、乗馬だろうがなんだろうが、なんでも卒なくこなせて。婚約破棄されたとして、その後に、彼以上のハイスペスパダリに出会えるなんてあるの? 見つかるわけないじゃない、そんなの。国中探したっていないわよ。

 今なら婚約者の特権として、彼の広い胸に飛び込んで、そのたくましい腕に抱かれることもできるのに。明日、婚約破棄されたら私、彼が他の女にそういうことをするのを、指をくわえて見てなきゃいけなくなるのよ? そんなの我慢できる? 私は好きでもない他の男に拾われるっていうのに。


 (婚約破棄されたくない……)


 ああやって頼んだ以上、彼はきっと婚約破棄してくる。それがこの国の慣習だから。そのために結ばれた婚約だから。そしてなにより、私のお願いを必ずきいてくれる人だから。


 (それに、もしかしたら、彼にはすでにそういう相手がいるかもしれないわ)


 私のお願いに、やけにあっさりと「うん」って頷いたもの。もともと形式的に結ばれた婚約。あんなにステキな彼だもの。そういう人が、一人や二人、三人四人いたっておかしくないわ。


 (ああ、やっぱり婚約破棄されたくない!)


 このまま卒業して結婚して、彼のお嫁さんになって。どうしてそういう「めでたし、めでたし人生」を歩んじゃいけないのよ! 誰よ、「婚約破棄は紳士淑女のたしなみ」とかふざけたことを言い出した奴は! おかげで、大好きな人に婚約破棄をお願いするっていう大矛盾になっちゃったじゃない! ……はあ。


 明日、彼はどんなシチュエーションで、どんな理由をつけて婚約破棄してくださるのかしら。

 好きな人ができた? 私がいじわるをした? それともブス?

 「ブス」は許せ……るけど(なんとか)、「好きな人ができた」は嫌だわ。こういう場合、女性の役者を隣に立たせることもあるって聞くけど、それが本物かもしれないって思いながら婚約破棄されるのは辛すぎるわ。私より美人だったりしたら……。私、二度と立ち直れない。


 (婚約破棄なんてしたくないって言ったらダメかしら)

 

 こちらからお願いした婚約破棄だけど。いやです、このまま結婚したいですって言ったらダメかしら。ワガママな子、慎みのない、非常識な子って思われて、嫌われてしまわないかしら。

 でも、それが本音なんだもの。婚約破棄なんてしたくないんだもの。

 明日婚約破棄されるために参加する卒業パーティ。

 最高にステキに仕立てたドレスは、悲劇性をアップするから良いとかなんとかで、とってもステキなドレスが用意されたんだけど。トルソーに着せたそれを見たくなくて、窓の外に目を向ける。


 (婚約破棄なんてしない。そうおっしゃってくださったら)


 ムリだとわかってる。婚約破棄するのが当然、卒業パーティのセオリーだって知ってる。

 だけど。


 (「僕と結婚してください」っておっしゃってくださらないかしら)


 婚約破棄じゃない。卒業パーティで行われるのは、愛の告白、プロポーズ。私の手を取って、生まれて初めての口づけを。この国の常識をぶち破るような、ステキなことを。

 窓の外の暗い夜空。煌めく星に願いをかける。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ