名付けの罠
鷲田アカネがジュンコのガレージを訪れると、小学生くらいの女児と、銀髪の少女が談笑しているところだった。小さい子の名前は、一文字ツバメ。もう一人は中村サナエである。ツバメは自分の口を押えているが、笑いが止まらない様子だった。
「楽しそうね。何を話していたの?」
「あ、アカねーちゃん!」
ツバメはアカネの事を、そう呼ぶ。
「アカねーちゃんは、どうしてグレンバーンなの?」
炎の閃光少女グレンバーン。アカネが変身する魔法少女の名前である。なかなか一言では説明できないその理由に、アカネは頭をひねった。
「そうねぇ……誰かのために力になりたい……そう思ったから、アタシはグレンバーンなんじゃないかしら……?」
「???」
首をかしげるツバメにかわり、サナエが口をはさむ。
「あ、アカネさん。今そういう話をしていたわけじゃないんです」
「えっ!?」
「つまり、その……名前の由来を聞いているんですよ」
「あ、あー!そうなんだー!」
何か良い事を言おうとした雰囲気を、アカネは全力でごまかそうとする。
「でも……わからないわ」
「えー!?なんでー!?」
そう不思議そうに尋ねるツバメの疑問も、もっともなのだ。だが、そもそもアカネは魔法少女としての自分の名前に執着したことがない。
「アタシの師匠が名付けたのよ。師匠の前の弟子にグレンバルキリーという魔法少女がいて、アタシは『グレン』を継ぐのにふさわしいから『グレンバーン』と名乗りなさい、って」
「バーンって何?」
「さあ?」
ここでコホンとサナエが咳払いをする。
「バーンというのはですね~、burn……すなわち英語で『燃える』という意味なんです。日本語のグレンに、英語のバーンを足して、紅蓮に燃える……みたいな意味になっているんですね!」
「へぇ~、勉強になったわ」
「……もう少しその名前に愛着を持ってはいかがですか?」
「じゃあ、サナエさんは?スイギンスパーダの『スパーダ』って何?」
サナエが「よくぞ聞いてくれました!」と胸を張る。スイギンスパーダは、サナエが戦う時の名前だ。
「スパーダは、spada……イタリア語で『剣』を意味します!日本陸軍伝軍刀操法の達人であるワタシにピッタリの名前ですね!」
「それって、自分で考えたの?」
「はい!自分で考えました!まあ、自ら名乗るか、誰かに名付けてもらうか。または民衆がいつの間にか名付けているケースの、3種類のパターンがあるわけですね」
「あ!」
ここでアカネはある事に気がついた。
「魔法少女の名前って、みんな日本語プラス外国語の組み合わせだわ!アケボノオーシャンも!トコヤミサイレンスも!」
「ユウヤミサイレンスもだよね!」
と、ここでツバメが口を挟む。ユウヤミサイレンスとは、ツバメが変身する力の魔女だ。
「サナエから、どうして魔法少女の名前はこのパターンなのか、教えてもらっていたところなのだ!」
「そういえば、奇妙ね。日本語だけじゃだめなのかしら?グレンヒメとか?」
「グレンヒメ!?」
思わず吹き出すサナエの肩を、アカネは不機嫌そうに小突いた。
「姫が似合わなくて悪かったわね!」
「うふっ!すみません。昔はそういう名乗りの人もいたようですが、古事記みたいでダサいと不評だったようでして。ほら、あるじゃないですか。外国かぶれ的な」
あるいは鹿鳴館精神とでも呼ぶべきか。実際、グレンもそうなのだが、洋風のドレスコスチュームが多いため、どこか名前も欧米風にしたいという願望があるのだろう。
「それでも、全てが外国語の魔法少女の名前は、今はいないのね」
「はい。というのも、結局はみなさん日本人ですからね。外国語ネイティブの人からすると奇妙な名付けになりがちなんですよ。例えば……昔はファイヤーイクスティンガシャーという魔法少女がいました」
「あ、名前からして炎の魔法少女って感じね!」
「はい!本人もそのつもりで名乗っていたのですが……ファイヤーイクスティンガシャーは、『消化器』という意味です」
これにはアカネも吹き出した。
「なにそれ!意味がまるで逆じゃない!」
「それに、クーゲルシュライバーという魔法少女もいました」
「わ!なにそれ!カッコいい響きね!」
「ですが……クーゲルシュライバーはドイツ語で、『ボールペン』という意味ですよ」
「あははは!……でも、自分でカッコいいと思って名乗っていた名前が、本当は変な意味だったなんて、残念よね」
「ですので、みなさん日本語プラス外国語の名前に変わっていきました。間違えてすごく変な名前にするよりも、逆に、どの立場からも少し変な名前にしたということですね」
「じゃあ、メジロマックイーンとかシンボリルドルフという名前の魔法少女もあり得るのね」
「アリですが、ナシです」
「?」
それはさておき、アカネがさらにサナエに尋ねる。
「ねえ、もっと面白いネーミングって無かったの?」
「うふふ!私もさっきの話聞きたーい!」
ツバメも一緒になってそう拳を突き上げた。
「いいでしょう!昔いた魔法少女の名前でアメリカ人から驚かれたのが『トリプルエックス』です!」
「トリプルエックス?それって、アルファベットのエックスが3つという意味でしょ?何が問題なの?」
「海外ではポルノの等級をエックスというアルファベットで表すんですよ。つまり、トリプルエックスは、ものすごくエッチ!」
ツバメがこの話を聞くのは二回目だが、お腹を抱えて笑った。逆に、アカネは頬を赤くしている。
「サナエさん!子どもの前よ!」
「さらにありますよ!怪力自慢のビッグホーンという魔法少女。でもビッグホーンって男○器の隠語なのです!残念!」
「やめなさい!」
「キャン!?」
ゲラゲラと笑うツバメよりも、サナエの頭をチョップするアカネの方が初心な様子であった。
キャラクター紹介
一文字ツバメ:『夕闇編』から登場する、みんなの妹分。魔法少女ユウヤミサイレンスに変身するが、小学生の頭を○るシーンのせいで映像化は難しそう。
中村サナエ:本編では19歳なので暗闇姉妹の年長なのだが、みんなからはでかい犬くらいに思われている。
鷲田アカネ:セックスについては真面目に話すが、下ネタには弱いタイプ。