甘いケーキの罠
ここは暗闇姉妹の元締め、西ジュンコのガレージ。
アンニュイな午後を過ごしていた和泉オトハの前には、半分ほど食べられたイチゴのショートケーキが置かれていた。
「どうしたの?もう食べないの?」
そうオトハに尋ねたのは、ジャンケンで負けてしまい、最後の一つとなったケーキを食べる権利を失った村雨ツグミである。
「このケーキを食べたら無くなるだろう?」
とオトハ。
「そうしたら、もう食べられなくなるだろう?」
「そりゃあ、ケーキを食べたら無くなるのは当たり前じゃない」
「でもケーキは欲しい」
「なら食べなよ」
「でもケーキを失いたくないんだ!」
ツグミはあきれた。
「オトハちゃん。食べ物は食べたら無くなる。当たり前のことじゃない」
「いいや、私はそうは思わないね!なぜなら……」
オトハがビシッとツグミを指差す。
「ツグミセンパイなら、どんな壊れた物でも治すことができるから!」
オトハの言う通り、ツグミは回復術士なのである。例えば、マグカップを床に落として粉々に割ってしまったとしても、ツグミの能力を使えば、まるで時間を巻き戻すように破片を引き寄せ、元のマグカップへ直すことができるのだ。
「あ!オトハちゃんの考えている事がわかったよ!つまり、ケーキを食べても、ケーキに回復魔法をかけたら、ケーキは元に戻る!」
「ね!いいアイデアでしょ!これなら、私だけじゃなくてツグミセンパイも好きなだけケーキを味わえるよ!」
「すごい!オトハちゃんって天才!」
ツグミはさっそく、淡い光を放つ手のひらを、そっと残ったケーキに向けた。
「じゃあさっそく、ケーキよ元にもどれー!」
それから数分後のことである。
ガレージに、もう一人の暗闇姉妹である鷲田アカネが顔を出した。
「あら、オトハ!それにツグミちゃんもここに来てたのね!……どうしたの?」
アカネが首をひねりながら、二人がいるテーブルまで歩み寄る。どういうわけか、二人の少女は青い顔をしてテーブルの上にあるイチゴのショートケーキを見つめていた。オトハにいたっては、自分の胃のあたりを手で押さえている。
「あら、昨日のケーキがまだ残っていたのね?二人とも、いらないの?」
「……うん、いらない」
とオトハ。ツグミも無言で首を横に振った。
「ちょっと私……横になってくるね……」
そう言うやオトハは立ち上がり、二階の寝室へ上がっていった。
「ならアタシがいただくわね!」
「えっ……アカネちゃん、それ、食べるの……?」
「いただきまーす!」
アカネはさっそくケーキを自分の口へと運んだ。
「うーん!甘酸っぱくておいしーい!」
「……ごめん、私もちょっと横になってくるね……」
「え?うん」
一人残されたアカネはケーキをパクパクしながら首をひねった。
「二人とも、何か悪いものでも食べたのかしら?」
知らぬが仏、とはこのことである。
キャラクター紹介
村雨ツグミ:身長145cmの小柄なお姉さん18歳。壊れた物を治す能力を持っている。理由はもちろん、おわかりですね?
鷲田アカネ:身長170cmのでかつよイケメン少女16歳。ツグミを見ると庇護欲をそそられるらしい。
和泉オトハ:ショタに見せかけてアカネと同級生の少女。暗闇姉妹の頭脳戦担当なのだが、貧乏くじを引く事が多い。