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月の意味

 真っ黒な夜空にぽっかりと浮かび、光り輝く満月を眺めながら、少女は考え事に耽る。


(人を好きになるって、どんな感じ?恋って何だろう)


 かの有名な詩人が「愛しています」という言葉を「月が綺麗ですね」と表したのは有名な話だ。

 その返し言葉が「死んでもいいわ」だなんて過激だと思う。死んでしまったらお終いだろうと考えてしまうのは少女が文学に興味が薄いからだろうか。


 少女漫画は空想ばかりで楽しいが、現実に参考にするには突飛な設定の者が多くて参考書には成り得ない。現実ではイケメンの転校生や義理の兄なんか来ないし、地味な子がある日急に美人に変身したりもしない。参考にしてはいけない。

 人は恋をすると「フェニルエチルアミン」というホルモンが出るらしいけども、じゃあ、そのホルモンを注射すれば人は恋に落ちるのだろうか?そんなのロマンもへったくれもなくて嫌だ。


「かぐや姫だって、帝を置いて月に帰るしな」

 少女はその日、窓に浮かぶ満月を何となしに眺めながら眠りに落ちた。




 次の日、少女は中学校にいた。

 夏休み前の学校は、どことなく浮ついた雰囲気で、みんな誰と何処に遊びに行くか話す声が聞こえてくる。

 中学生は色恋沙汰が大好きだ。興味ないポーズを取っていても、自然と誰と誰が付き合っただとか、好きな子に振られただとかそんな話が聞こえてくる。


「理子~聞いてくれよ!また振られた!なんでだと思う!?」

 昼休み、少女に駆け寄った少年が大袈裟に嘆きながら目の前の椅子に座った。

 少年は、奏太という少女の幼馴染みだ。

 親が仲良く、家も近く、年も学校も一緒。

 明るく話しやすい性格の奏太は付き合いやすく、仲のいい幼馴染だ。


「……いっつも急ね。で、今度はどこの誰に告白して粉砕してきたの?」

「駅前のコンビニのミカちゃん」


 奏太は基本的に良い奴なのだが、恋愛ごとに関しては阿保で馬鹿だった。

 惚れやすい性格で直ぐに好きな子が出来る。しかしアプローチが急で、ろくに仲良くならないうちに告白してしまうので、毎回失恋する。

 そんな姿を何回も少女は見て来た。


「知り合ってどのくらい?」

「一週間」

「馬鹿じゃないの? 告白までが速すぎ。ただのナンパにしか思われないわよ」

「だって、愛は時間じゃないって、この前読んだ漫画にあったのに!ミカちゃんだって俺に親し気に接してくれていたのに!」

「漫画はフィクションだし、ミカちゃんは営業スマイルだから。現実を見な」

「…厳しい。現実も理子も優しくない…理子はちょっと冷たくない?」


 それは何回も繰り返してきたようなやり取りだった。

 それなのに今日の少女はおかしくて、いつもの返事が出来なかった。

「こんだけ、話を聞いて上げてるのに冷たいって何よ!いい加減にして!」


 少女は自分の大きなに驚き、目を丸くした。

 少年も何時も穏やかな幼馴染みの大声に呆気に取られ、押し黙った。

 その瞬間、重苦しい沈黙が二人の間に漂った。

 二人が喧嘩をするのはこれが初めてだった。


「もう我慢ならないわ!あんたの尻の軽さには呆れ果てた。もう私に恋愛相談なんてしないでっ」

 動揺した少女はそれだけ言い捨てて、その日は逃げるように早退してしまった。

 少年は何も言えずそれをただ見ていた。




 その日の夜。少女は布団に入っても寝付けなくて、頭を抱えた。

「私のバカ……」

 頭の中では昼間の失態の事ばかりが思い浮かぶ。

 少年の驚きと悲しみの表情や自分の声の鋭さが忘れらず、寝付けない。


(冷静になると、あそこまで怒ること無かったのに……何で、私あんな事言っちゃったんだろう)


「あー、寝れない」

 窓の外には、満月が夜空に輝いていた。

「ちょっとだけ外の空気を吸いに行くか…」

 少女はそっとベットから抜け出した。




 家から歩いて数分にある小さな公園。昔は奏太とそこでよく遊んだ。

 夜の冷たい空気の中、公園までの道のりを歩いた。


 公園に着くと、満月が良く見えた。

 少女は月が良く見えるベンチの上座り込んで、夜空を眺めることにした。


 夜空には大きな満月と、それに寄り添うように無数の星々が輝いていた。

 それを眺めていると、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。


(………明日、朝一で謝りに行こう。あれは、ちょっと理不尽だったかも)


 そんな風に空ばかり眺めていただろうか。少女は誰かが近くにいるのに気が付かなかった。

 「理子」

 静かな声に顔を上げると、そこには幼馴染みの少年がいた。

 「奏太!?」

 驚いて、少女は猫のように飛びあがった。


 「こんな夜中にそんな薄着だと風邪ひくぞ。これ使え」

 そう言って少年は、温かいブランケットとカフェオレの缶コーヒを差し出して来た。

 少女は混乱しつつも、有難い申し出に素直にそれを受け取った。

 「……ありがとう」


 受け取ったカフェオレは確かに手を温めてくれて、少女の手が冷えていた事を教えてくれる。

 少年が気になって見つめると、彼は少し気まずそうに話し出した。


「たまたま!窓の外を見たら出歩くお前が見えたからさ。気になって来ちまった。寒くて風邪引いたらいけないだろ?」

 心配してきてくれたのだと分かって、カフェオレやブランケットの暖かさと一緒に少年の優しさがしみ込んでくる。

(……嬉しい。酷い事言ったのに気にかけてくれたんだ)

 今なら、謝れる気がする。少女は意を決して口を開こうとした。


「あと、昼間の事謝りたくて。ごめんな」

 先に口を開いたのは少年の方だった。


「理子は昔っから頭良くて優しいからさ。つい、何でも相談しちまってた。恋愛相談もその延長でしてたけど、デリカシー無かったよな」

 少年は伏し目がちに、それでもしっかり、誠心誠意謝ってくれた。

 少し出鼻をくじかれて怯んだ少女は、恐る恐る答えを返す。


「……私もさっきは言い過ぎた。少し機嫌が悪かっただけなの。当たっちゃって悪い事をしたわ。相談されるのだって嫌いじゃないから、気に病むこと無いよ」


 そういうと、少年はぱっと表情を明るくした。

「良かった~。理子に嫌われたら生きてけないところだった!」

「大袈裟な男ね」

「大袈裟じゃない。全然大袈裟じゃない。俺が赤点を回避し、留年を免れているのは理子が勉強付き合ってくれるお陰だからな。死活問題ってやつだ!」

「ふふっ、馬鹿ねぇ」

 少女の顔も明るさを取り戻した。


「ねぇ、座ったら」

 そうして二人でベンチに並んで、他愛も無い事を話した。

 勉強の事、昔よく遊んだ公園での出来事。二人が好きなカフェオレの話。


「今日の月は大きくて綺麗だな」

 ふと思い出したように、空を見上げて少年が笑う。


 少女は先日の考え事が頭によぎって、少しだけ動揺した。

(いや、こいつが夏目漱石を知るわけがない。ただの感想。ただの感想。動揺する方が可笑しいわ。それに…)


「そうね。でも、もっとよく見える場所があるの知ってる?」


(死んでも良いなんて冗談じゃない。死んでたまるものか)


「まじで?どこ?」

「秘密。でも、今度アイス奢ってくれたら教えても良いよ」

「いいぜ!約束な!」

 死ぬまでにやりたいことがまだ、山ほど残ってるから。

 今日のお詫びに奏太を沢山、付き合わせてやる。

ラブコメが書いて見たかった。

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