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ハピエバ!  作者: 藤中うらら
3/3

ズッキーニと餡かけと土鍋



時刻は17時半。

もう夕飯を始める時間になっているのに、なにも始めていない。


幼稚園から14時半に帰ってきた子供たちが手を洗い、制服を着替え、おやつのバナナを食べ終わったのは15時半。そこからスーパーと薬局に買い物。17時、一時的に帰ってきた夫が子供たちをお風呂に入れ、再び仕事に行くのを見送りイマココだ。


とりあえず、味噌汁用に茅乃舎の出汁パックを入れた鍋と、ほうれん草を茹でる用の大鍋をコンロにかける。


今日のおかずは…

献立はいつも決めずに買い物に行く。なんとなく買ってきた豚ひき肉、しめじとえのき。そして娘が勝手に買い物かごに入れたズッキーニ。


残った三つ目のコンロにフライパンをかける。


このズッキーニは揚げ焼きにすると決めている。

ズッキーニの美味しい食べ方を他に知らないからだ。

1センチくらいの大きさに切ったら、多めのオリーブオイルで色がつくまで炒める。最後に塩をぱらぱらかけて単品で食べてもおいしいくらいに塩気に味付けしておけばなんとかなる。


(ゲランドの塩は切れてるし、せっかくだからイタリアの塩を使うか…ズッキーニってイタリアっぽいし。義理の姉からもらったトランバンもあるけど、たしか前に結婚祝いでもらった良さげな塩が微妙に残ってたはず…あった)


フル―ル・ド・セル。フランスの塩だった。

結局イタリアじゃないけどまぁいいか。


出来上がったズッキーニを最終的に何に使うか。


(子供が選んだものだから、子供に絶対食べさせる。でもこのままだと食べないだろうなぁ)


スーパーで娘が嬉しそうに「キュウリ入れた!」と買い物かごを見せてきたが、キュウリすら食べないのにナゼ入れた?と疑問でならない。


一度手に取ったものを商品棚に戻すのは気が引けた。

しかも子供が雑な扱いをした野菜だ。

まぁいいかとため息をついて、そのままレジへと運んだのがこのズッキーニだ。

他にもミニトマト、バナナも同様に購入する羽目になった。


どうしたら子どもがズッキーニを食べるのか。

考えながら手を動かす。


炒めたズッキーニはボウルに出しておき、そのフライパンでしめじとえのきと玉ねぎを炒める。

炒め終わったらズッキーニと同じように塩をぱらぱら。

ズッキーニと同じボウルに出しておく。


空いたフライパン。

そこに、豚ひき肉を入れる。トレイをひっくり返してひき肉をドバっと。そのまま少し焼いたら、木べらでほぐす。


ひき肉の赤色がほぼなくなったら、ボウルにあけておいたズッキーニとキノコたちをフライパンに戻した。


炒まった野菜と肉。

野菜から出た水分や肉の脂が底にたまり始める。


(あ、これ。おいしさが汁に出て行っちゃって具の味がすかすかなパターンじゃない?)


腰に手を当ててしばし思案。


あんかけに路線変更。


味噌汁用にゆでていた茅乃舎だしの野菜スープ(たまねぎ、にんじん、キャベツ)が使えそう。

おたまですくってせっせとフライパンに移し、具がかぶるくらいまで入れる。

味噌汁はいつも作りすぎるきらいがあるので、これくらい減ってちょうどいい。


料理酒に転用した夏吟醸の聖泉、湯浅醤油、福来純の本みりんを入れて、スケールできっちり量った水溶き片栗粉を入れたら、塩辛くないけど美味しさのある、子供にちょうどいい味付けの肉きのこ餡になった。


子供をキッチンから追い出すために先行して食べさせていたプチトマト、かぼちゃの煮物、ひじきの煮物、きんぴらごぼう(すべて義母のつくおき)を食べ終えた子供たちがわらわらと寄ってきて亜梨沙の手元を覗き込む。


出来上がった肉きのこ餡は、小皿にとってちゃんとテーブルで食べさせようか?


(めんどくさいな)


スプーンを手に取り、キッチン天板の上にあった焼き芋を勝手に食べ始めた子供たちの口元に運ぶ。


芋に目がないのが息子。

出汁が好きなのが娘だ。


娘は案の定、焼き芋よりも餡かけのほうがお気に召したようだった。

口を開けて次のひと匙を待っている。


焼き芋の皮をむくのに夢中な息子も、視線は芋のまま、あーんと言えば口を開けて食べてくれる。


(良かった。成功)


あとは一昨日冷凍しておいた卵焼き(すりおろしたにんじんと大和芋、みじん切りした白ネギとたまねぎ入り)と、ご飯と味噌汁で夕食終了。


デザートにきっちりリンゴまで食べて、満足した子供たちは「テレビ見ていい?」とYouTubeを見始めた。


これでようやく、今日も1日が終わるとほっと息をついた。


使った食材を頭の中で数えていく。


<先付け>

ひじきの煮物 …ひじき、にんじん、さやえんどう、大豆

かぼちゃの煮物 …かぼちゃ

プチトマト

きんぴらごぼう …ごぼう、ごま

<作ったもの>

肉きのこ餡 …豚肉、しめじ、えのき、ズッキーニ、たまねぎ

味噌汁 …たまねぎ、にんじん、キャベツ

卵焼き …卵、にんじん、大和芋、白ネギ、たまねぎ

ごはん …金芽米、雑穀米(黒米、赤米、緑米、押麦、丸麦)

<デザート>

焼き芋 …なると金時

りんご


海藻系もきのこ系もとれてるし、緑のもの、赤いものなどの色も問題ないはず。


(タンパク質、食物繊維…大丈夫だよね?)


離乳食の時期に読み込んで読み込んだ本「最強の野菜スープ」と「はやね はやおき 四回食」を思い出しながら使い切れなかった食材を冷蔵庫に戻していく。


この本は離乳食の時期に一から栄養を勉強するために使い、何度も何度も読み返し、どこへ行くにも持って行っていた二冊だ。


読んで理解するだけでは足りない。

理解した内容を生活の中に落とし込むためには、そうしなければならなかった。


この二冊の本を読み返すたびに、当時の追い込まれた心理状態がよみがえってくる。


もともと料理が好きではなかった亜梨沙は、実家のキッチンが狭かったこともあり、母親と一緒にキッチンに立つことはほとんどなかった。


亜梨沙の母にしても、仕事をしていたため平日はクックドゥやレトルトのコーンスープ、冷凍餃子、惣菜の揚げ物は当たり前で…亜梨沙もそれが“普通”の家庭の食卓だと思っていた。


しかし夫の育った家庭はそうではなかった。

梅干しも味噌も手作りで、添加物を極力避けている。


もともと結婚前から「母は健康オタクで」と雄二から聞いてはいたが、離乳食が始まる際に「離乳食の最初はおかゆだよね。はい、土鍋」と渡されたときは衝撃だった。


え、おかゆ、土鍋でつくるの?

作れるの?

いちいち?

食べるか食べないか分からないような時期なのに?


生協で売っている冷凍おかゆや、薬局で売っているベビーフードを使う気だった亜梨沙は機先を制されて固まってしまった。


しかも子供たちは離乳食の食べが悪く、ただでさえ

「アレルギーの危険のある食材を避けて」

「月齢ごとに食べれる食材を調べて勉強して」

「胃腸が未熟だから熱湯で脂を抜いて」

「抵抗力の弱い赤ちゃんでも大丈夫なように買ってきてすぐの新鮮な食材で」

「雑菌が少ないよう作り立ての食べ物を」

「のどに詰まらないようどろどろに煮込む」

という数々の、胃がキリキリ痛むような注意を払う必要があるのに、せっかく作ったものが一口も食べられずに無駄になるという徒労感。


加えて、口から吐き出して服や床を汚し、手で握りつぶしてその手で髪や顔を触り、水をひっくり返すという手間だけがかさんでいく。


しかし亜梨沙の家庭はワンオペで、夫は妊婦検診も予防接種も一度も付き添ったことがないという徹底ぶり。

付き添ってほしいと伝えたこともなかった。

夫に聞く前に、最初から遠方の実の両親の予定を確認し、付き添いを頼んだ。


子供が病気になったところで、夫は仕事を休む気はなさそうだった。


つまり、決して、子供になにかあってはならない。

子供が病気になれば亜梨沙もつぶれて家庭が崩壊する。

そうなってしまえば、子供の命を守ることもできない。


(健康的な食事で、危険な食材を避けて…)


なにかあっても対処できないため、少しでも危険があればそれを避けた。

挑戦はしない。


仕事風にいうなら、亜梨沙は子育てにおいて担当者であり責任者、プレイヤーでありマネージャーでもあった。

最後の砦どころか、最初の砦でもある。砦は一つしかない。


危険は数え切れない。


転倒、転落、誤飲、食中毒、伝染病、アレルギー、交通事故、誘拐、迷子…。


それらの危険から、やわやわな子供を守る城壁は、亜梨沙というペラペラなベニア板しかなかった。


離乳食も、そうして本にすがらなければ乗り切ることはできなかった。


3歳になり、なんでも食べるようになったいまでも変わらない。

子供たちはほとんど風邪を引くこともなく、病気になったこともない。


食事に対する意欲や興味も強く、食洗器の食器を食器棚に戻してくれたり、冷蔵庫の作り置きおかずを出してくれたり、「ごはんだよ」と言えば我先にテーブルについたりしてくれて、とても助かってる。


そろそろ、多少は食事に対する緊張感も緩めていいのかもしれないけれど……。


そう思いながら、今日も昨日も、亜梨沙は目いっぱいの料理を作るのだった。



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