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中編

 マドレーヌ・ド・ポンデケージョ・ココミックという名前の、これも軍服姿だが、男前なオスカレ将軍とは違って可愛い見た目の女性が、私達を案内してくれた。


『ようこそココミック城へ、地球のご主人様。女王様はただいまおめかし中ですわ。暫くこちらでお待ちくださいまし』


 だだっ広い待合室のようなところで待たされる。まるで中世ヨーロッパのような雰囲気の、ただしどこか未来的な部屋だ。光源がどこにも見当たらないのに適度に明るく、足元を常に新緑の薫りのする心地よい風が流れていた。


 私達3人は快適なソファーに腰を下ろし、メイドさんの持って来た紅茶を飲んだ。


『ちょうどいい。今、部下達がチョコレートを取りに行っているところだ』

 オスカレ将軍が言った。

『あれを献上すれば女王様はさぞかし上機嫌になることだろう』


『チョコ……レート?』

 マドレーヌさんが首を傾げる。

『なんですの? それは?』


『さっきの、まだポケットの中にあるかい?』


 オスカレ将軍に言われ、私はチョコレートのまだ数粒入っている赤い小袋を腰ポケットから取り出す。


 2粒、マドレーヌさんの足の裏にあげると、彼女はドキドキするような表情をしてからお腹のちょうちんブルマーをめくり、そこから出現した大きなカエルのような顔の、その口にチョコレートをおそるおそる入れた。


『おっほうっ!?』

 上の擬似顔が目を丸くした。

『なんですの、これっ!? きゃあっ! すごい! すごいわっ! 甘くて、コクのある苦味があって……っ!』


 大袈裟なぐらいにチョコレートに感動しているマドレーヌさんを、私は危うく『可愛いな』と思いかけて、自分をたしなめた。確かにオレンジ色のシャギーショートの可愛らしい女性に見えるが、その髪は実は陰毛だ。これは化け物なのだぞ? たった今、見たばかりだろう? お腹から出現した、大きなカエルみたいな本当の顔を。地球人とは上下が逆の、化け物なのだぞ?


『女王様のご支度が出来たらしい』

 自分もチョコレートのおかわりをねだろうとしたところでメイドさんに報告を受け、オスカレ将軍が残念そうに言った。

『チョコレートは謁見中にでも届くだろう。さ、行こう』


 私達は立ち上がり、並んで先を歩くメイドさんとマドレーヌさんについて、奥の間へと歩いて行った。




 分厚い赤のカーテンを潜ると、先程の待合室など比べ物にならないほどに広い謁見の間があった。


 私は目を疑った。


 玉座に腰掛け、優雅なポーズを決め、ラスボスのような豪華なピンク色のドレスに身を包んだシーナ・ド・ココミック女王が、まるでこの世のものではないような輝きを放って、入って来た私を上から目線で捕らえて来たからだ。


 恐ろしいほどに、美しい。


 これほどまでに美しい女性が、この世に、あっても、いいものか。


 私は必死で正気に戻ろうとした。どれだけ上の顔が美しかろうとも、腰についている本当の顔はどうせカエルの化け物なのだ。あの美しさはまやかしだ。わかっているだろう。そう自分に言い聞かせるのだが、それでも吸い込まれるような魅力が女王にはある。吸い寄せられるように、私は女王の足下に出て、跪いた。


『よう、来た。オトコ』

 声までこの世のものとは思えぬほどに、美しかった。

『そなたの子種、わたくしに注いでくださいますわね?』


 私は抵抗できなかった。自発的に深くうなずいていた。顔は歓喜の色を浮かべていることだろう。


『フフッ……。おかわいいこと』

 女王は平静を装っているように見えた。

『では……。さ、ささっ、早速、し、寝室へ、ご一緒に参りましょう』


『失礼いたしますっ!』

 威勢のいい声とともに、ストックのチョコレートの入ったコンソールボックスを3人で抱え、そこにオスカレの部下達が入って来た。

『オスカレ様ぁ〜、持って来やしたぜっ!』


『何ですの? 行儀の悪い』

 シーナ女王が怖い目で彼女らを睨む。


『女王様。オダワラからの献上物にございます』

 オスカレが恭しく言った。

『地球の菓子で、チョコレートというものだそうです。私が先に毒味をいたしましたが、是非女王様にも召し上がって頂きたいほどのものでございました』


 部下達がコンソールボックスを開けると、目にも鮮やかに真っ赤な小袋が1,284袋、ドカーンと音を立てるように現れた。私にとってはどこにでも売っているブリコのアミノ酪酸入りチョコレート『キャバ』だが、その場にいたココミック星人達は初めて見るその華やかな小袋の群れに声を上げた。


『な……、なんだ、これはっ!?』

『赤いっ! ……めっちゃ赤いなっ!』

『た、食べ物なのか? これがっ!?』

『なんてファンシーで、なんて可愛らしい食べ物の外装だっ!』


 シーナ女王はひとり、あまり気を引かれてはいないようだった。


『んもう。そんなことより早く種付けを行いたいですのに。そんなもの後回しではよいのでなくって?』


『まぁ、試しに女王様も召し上がってみてください』

 オスカレが一袋開け、畏まって差し出す。

『きっとキモを抜かれますよ』


『何よ、こんなもの。ただのウンコみたいなものでしょう?』


 仕方なさそうにそう言いながら、女王はドレスの中へチョコレートを隠すような動作で、どうやら本物の口の中へ放り込んだようだった。もぐもぐ、むぐむぐ、と咀嚼音をお腹のあたりから立てながら、初めは面倒臭そうだった女王の顔が、みるみるキラキラと輝きはじめる。


『な、なんですの、これっ!?』

 女王は手が止まらなくなったようだった。

『こんな美味なものが地球にはありますのっ!? わ、わたくし……、既にトリコですのよっ!』


 その場にいたココミック星人達が皆、女王の様子を見て、お腹を濡らしはじめた。おそらくよだれを垂らしているのだろう。


『皆様もこれを味わってみてくださいましっ』

 女王のお許しが出た。

『ビビリますわよ! 感動でおしっこ漏らしちゃうかも!』


 厳粛な雰囲気だったのが途端に賑やかになった。


 若い女性も年老いた家臣も、こぞってコンソールボックスに群がり、中のチョコレートを奪い合うように取った。


 美味しいものを独り占めにしようとしないなんて、なかなか臣民思いの女王じゃないかと私が感心しているうちに女王は一袋をあっという間に食べきり、おかわりをメイドに持って来させている。


『やっぱり美味しいものは皆で分け合って、喜びを分かち合って頂くのが最高♡』


 女王はそう言いながらチョコレートをばくばくと食べ続けた。


 不思議だった。


 マドレーヌさんの時には『可愛い』と思いそうになって思いとどまったものを、女王に対しては止めることが出来なかった。


 チョコレートを少女のように貪り食うシーナ女王を見ながら、私はひたすらに、その様子を可愛いと思うことしか出来なかった。


 どう見ても異様な光景であったのに。


 ココミック星人はあまりに美味しいものを食べている時、魂が抜けたようになる。


 上の擬似頭部についた顔が本当は顔ではなくお尻であることを、無防備なまでにあらわにする。


 まるで腹に描かれた顔のように、その顔からは表情が完全に抜け落ち、ただぷよぷよと波打ち、苗床に生えたエノキダケのようにゆらゆらと揺れはじめる。


 その場にいるココミック星人が全員そんな風に、無表情で揺れながらお腹でチョコを貪っているのを悉く気持ち悪いと思う中で、私はどうしても、シーナ女王だけは、それでも可愛いと思えて仕方がないのだった。


 可愛い。


 なんて可愛い女王様だ。


 可愛い女王様が私のチョコレートを気に入ってくれた。


 ニコニコしながら彼女を見つめていた。


 すると突然、それは起こったのだった。


『ブーーーッ!!??』


 女王の腹部から衣服を突き破って、勢いよく、鼻血が前へ、噴き出した。


『じょ、女王様っ!』

 マドレーヌさんがお腹から本当の顔を出して、心配して駆け寄る。その潰れたような鼻の穴からも大量の真っ赤な鼻血が流れ出ていた。

『ひゃっ……! ひゃいじょーぶ、れすかっ!?』


『オダワラ……貴様……』

 オスカレ将軍も私を睨みつけるいかめしい顔つきの下で、腹からダラダラと赤い染みを作っている。

『毒でも盛ったのかっ!?』


 見渡すとそこにいたすべてのココミック星人達が『ブバッ』だの『ブシュッ』だの激しい音を立てて、鼻血を出して苦しんでいる。謁見の間はまたたく間に鼻血の海と化していた。


『なっ、なんですの……これ?』


 呆然として自分の腹と血に濡れた床を交互に見る女王。その怒りの色に染まりはじめた目が、私のほうを見た。


『オダワラ様……。これはどういうことですのっ!!??』


 オスカレが女王のことを『残忍なお方』と言っていたその意味が、見えはじめた気がしていた。




前中後編になっちゃった……m(_ _)m

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[良い点] >ただぷよぷよと波打ち、苗床に生えたエノキダケのように 好き! しいな様のこの、誰にも真似できない、誰かの真似じゃない、しいな様だけの表現、大好きです! [気になる点] チョコレート食い…
[一言] 実に圧巻です。 天才の所業!! 凄い!!!!
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