前編
私の名前は小田原洋行。28歳の若さで地球防衛軍のそこそこ偉いポストを務めている。
ココミック星へやって来てからは驚くことばかりだ。
噂には聞いていたが、この星の人口は本当に100%が女性だ。しかし想像していたのと実際に見るのとでは大違いだった。
さぞかし香りの良い空間があるのだろうと思っていたら、臭いのだ。生臭い。あっちこっちからレバーやら腐った牛乳のような匂いが漂って来て、場所によってはとても立っていられない。様々な生理的なものを垂れ流して放置しているとしか思えない匂いだ。
地球の町と見た目はそう変わらない風景の中で、そこかしこで女性が立ち小便をしている。ワイヤレス文明に電柱などというものはないので、ビルの壁に向かって頭の後ろからチョロチョロと水を噴くように、綺麗な女性にしか見えない姿のココミック星人が、立ち小便をしている。
ココミック星人の身体の作りは地球人と逆だ。頭部に見えるそれは実は臀部で、だから口に見えているものは肛門、尿道は頭の後ろについている。
たまにだが天下の往来で野グソをこいているツワモノもいる。ピンク色の口からゲロを吐くように、しかしもりもりと、固い便を路上に落とし、そのまま立ち去って行く。ココミック犬が散歩中にした糞も飼い主が責任をもって拾わないので、人のウンコも犬のウンコも放置され、ひどい匂いが町に充満しているのだ。
『どうだ? 気に入ったか?』
揺れる馬車の中で、隣に座るココミック軍司令官オスカレ・フランソワ・ド・ココミックが私に聞いた。
『おまえはこれからここで生きて行くのだ。気に入らなくても気に入らなければならんぞ』
仕方がない、と私は覚悟を決めようとする。が、なかなか決まらない。
男性のいない世界で女性はこれほどまでに醜くなれるものなのか。驚愕すらしていた。
しかし地球軍は戦争に負けたのだ。宇宙戦艦チ○コでワープ航法を実現し、ココミック星に攻め込んだはいいが、彼女らの科学力は我らの200年生先を行っていた。それより何よりたった1隻の宇宙戦艦で何かが出来ると思っていた我々がアホだった。あっという間に負けた。私を含め乗員はすべて捕虜となり、彼女らに子種を提供するための奴隷とされた。
やがて母性にもココミック星人が攻め入り、侵略を遂げるだろう。止める術はない。
地球人類の文明は終焉を告げるのだ。男はすべて種馬にされ、女は労働力を搾取される。あるいはココミック星人のキモさに慣れ、受け入れて、互いに新しい理想郷をウフフ、アハハと創って行くのかもしれないが……。
「オスカレ将軍……」
私は隣に座る軍服姿の麗人に、答える代わりに質問をした。
「これから私はあなたに子種を提供するため、どこかへ連れて行かれるのですか」
『子種を受けるのは私ではない』
オスカレは威厳ある態度で胸を張り、ブロンドの長いまつげをバサバサと揺らしながら、言った。
『フフ。喜べ、オダワラよ。おまえが子種を授けるのはこの星で最も美しいお方だ。おまえは200人以上いる宇宙戦艦乗組員の中から、そのお方直々に、写真を見て選ばれたのだぞ』
「その方というのは、もしや……」
『シーナ・ド・ココミック女王様だ!』
オスカレが仰々しく声を張り上げてその名を口にした。
『ココミック星1お美しいあのお方の相手に選ばれるとは、私でも羨むぞ!』
私はゲロを吐きそうだった。
今、目の前にいるオスカレ将軍。彼女でもじゅうぶんに美しい。男のような軍服姿をしており、顔つきも中性的ではあるが、イケメンというよりは明らかに美人だ。
しかし彼女を見ていても、やはり気持ち悪いとしか思えない。ブロンドまつげバサバサなその切れ長の目は、擬似なのだと思うと。磨かれたような薔薇色の唇は、肛門のビラビラなのだと考えると。
私は過度のストレスに身の危険を感じ、オスカレ将軍に申し出た。
「すみません……。少し……チョコレートを口にしても構いませんか?」
『チョコレート?』
オスカレ将軍は不思議そうに、言った。
『チョコレートとは何だ?』
「ココミック星にチョコレートはないのですか?」
『知らんぞ、そんなものは。見たことも聞いたこともない。何だ、それは?』
私が上着のポケットに手を入れると、向かいに座っていた護衛の女が2人、レーザーライフルを突きつけて制止して来た。オスカレ将軍がそれをやめさせる。
『構わん。妙なことをしようとしても私が止める。好きにさせろ』
私はポケットから『溶けにくいチョコレート』の入った小袋を取り出すと、開けた。
『それがチョコレートというものか?』
「ええ。アミノ酪酸入りで、ストレス軽減の効果があるんです。食べてもよろしいですか?」
そう言いながら私は小袋から二粒、サイコロ型の小さなチョコレートをてのひらに転がした。
『ウンコのようではないか!』
オスカレ将軍が面白そうに笑った。
『地球人も我々と同じくウンコを食べるのだな!?』
めっちゃ喜んでいる。
「ココミック星人ってウンコ食べるんですか?」
『もちろんだ。自分の口から少量のウンコをまろび出し、主に紅茶に浮かべて食す。自給自足かつとてもエレガントだとは思わんか?』
そう言えばなんだか聞いたことがあった。ココミック星人は上下が地球人とは逆なだけに、上品と下品の概念も正反対だとか……。
『私もそれを食べてみたい!』
オスカレ将軍が子供のように言い出した。
『地球人のウンコなのか、それは? ウサギのようなウンコをするんだな。興味がある』
「ウンコではありませんよ。地球では世界的にポピュラーなお菓子です。甘くてほろ苦いです」
『甘くてほろ苦い、だと?』
めっちゃ興味をそそられているようだった。
『どんなだ? それは一体どんな味なのだ? 一粒この私にも味わわせてくれ!』
「はい」
興奮して手を差し出して来るオスカレ将軍にチョコレートを一粒あげた。
てのひらにしか見えない足の裏にコロンと乗ったチョコレートを、彼女は燃えるような瞳で見つめると、軍服の腹に巻いているちょうちんブルマーみたいなのをめくり、大きなカエルにしか見えない本当の顔をそこから覗かせると、緊張に震える足でチョコレートをお腹の口に放り込んだ。
『なんだ……。これは……』
涙を流しはじめた。
『この世にこれほど美味なものがあったというのか……』
「気に入りました? なんなら宇宙戦艦チ○コの中に、非常食として大量にストックがありますけど……」
『それを女王に献上せよ』
オスカレ将軍は私のことをまるで気遣うように、肩を掴んで揺さぶり、言い聞かせるように提案して来た。
『ここだけの話だが、女王はとても残忍なお方だ。おまえの子種をもし気に入らなかったとかあれば、おまえは酷い仕打ちを受けることになろうぞ。ご機嫌をとるのだ』
「はあ……」
『部下に宇宙戦艦までそのストックのチョコレートとやらを取りに行かせよう。それを女王に差し出すのだ。いいな?』
「いいですけど……」
正直どうでもよかった。そんなことで何かが変わるとは思えなかった。しかしオスカレ将軍が強くこう言ってくれるのだ。その通りにしたほうがいいのかな、と思った。
やがて馬車は悪趣味な城のような建物に辿り着いた。
シーナ女王が住むという、ココミック城だ。
書ききれなかった……
っていうか長くなってしまったので前後編に分けましたm(__)m