(7)押し花の想い
ようやく思い出す美桜の回です。
「お前、俺のこと好きだろ?」
唐突にそんな質問を投げかけられたのは寮の部屋でいつものように夕食後、護久から勉強を教わっていた時のこと。
護久が物理の問題を解説している顔を見ながら、男のくせに睫毛長いなぁなんて思ってた時のだった。
「…え?!な、なによ突然」
予想をしてなかった突然の問いに、頬に熱が集まるのが分かる。
確かに、あの事件以来、なんとなくこいつを意識してしまってるのは自分でも気づいていた。
最初のキスの時、二人きりにならないでおこうと思ったもののボディーガードでクラスメイト。
おまけに寮まで同じ階の家庭教師となればそうも言っていられない。
放課後はこうして二人で過ごす時間も増えてきている。
たまに不意打ちでドSだか下心だかを発揮してキスされることもあるけど、不思議とそれ以上なにかしてくることはなかった。
「最近、二人でいると挙動がおかしいぞ……ククッ」
「そんなことないよ!護久の気のせいじゃないの?!」
動揺を隠そうとしてかえって大きな声を出してしまって、ますます護久は可笑しそうに笑った。
その表情が、なんだか嬉しそうに見えて本当に調子が狂ってしまう。
実際こいつは頭もいいし、なんだか私のこと全部見透かされてるような気がして落ち着かない。
だけど……そう、だったらこいつ以外と恋に落ちるのかって聞かれると、それは無いような気がするのだから性質が悪い。
ようするにこいつの言うように、私はいつの間にかクモの巣にとらわれるようにこいつから逃れられなくなってるのだ。
本当に、悔しい。
「気のせいねぇ……?だったら俺に見とれてないでさっさとこの問題解いてしまうんだな」
「……はーい」
護久の教え方は丁寧だけどスパルタで、しかも多岐にわたっている。
学校の勉強に留まらず、今後私が財団の後継として必要となる語学や経済界の情勢までみっちり教え込まれていた。
飛武じぃでもここまで私に勉強させたりはしなかった。
最初は私のこと好きとか言ってるのって、単にからかってるんだろうって思ってたんだよね。
でなきゃやっぱり守神の名前が目当てだろうと。
だけどこの前、私を助けに来てくれた時の護久の表情みて、もしかしたら本当に?って思うようになった。
だからかな、二人でいると妙にドキドキするんだよね。
「ねぇ護久、私アイスティーが飲みたいよ……」
「なんだ?俺にメイドのまねごとしろって?」
「問題解いとくから……ね?」
「チッ……仕方ないな、持ってくるからそれまでに解き終わって無かったらお仕置きしてやる」
護久はニヤリと笑って立ち上がると、私が自室の冷蔵庫で作っているアイスティーを取りにいった。
ふぅ、と一つ息を吐くと左手の指で胸元の服の下にあるものを弄りながら問題を解いた。
服の下にあるもの……。
あの時護久が買ってくれた花モチーフのペンダント。
すごく可愛くて、あれ以来なんとなく毎日つけて過ごしている。
こんなこと、あいつにバレたらきっとまたさっきみたいに意地悪く笑われちゃうんだろうけど。
問題を解き終わって視線をあげると、護久の机の横にある写真立てが目に入った。
そこには色あせた淡いピンクの押し花が一輪…。
「そういえば……あの押し花、何なんだろ…」
まだ中学生だったころの私の写真と同じ写真立てに、大切そうに保管されていた押し花。
私の写真が単なる女避けだっていうのなら、あの押し花にはどんな意味があるんだろう。
ガチャリ
扉が開いて、アイスティーと何かお皿の乗ったトレイを持った護久が戻ってきた。
そう言えばアイスティーを持ってくるだけにしては随分時間がかかった気がする。
まぁ、そのおかげでお仕置きはされずにすみそうだけど。
「廊下に出たら中庭から2年の佐伯さんが声をかけてきたんだ」
そういいながら器用にドアを閉めると、机の上を目線だけで私に片付けさせてトレイを机に置いた。
お皿の正体は美味しそうなレアチーズケーキで、水だしのアイスティーと相性が良さそうだった。
「これ、佐伯さんが作ったんだと……お前と分けて下さいって言ってたぞ」
そういって私の前にアイスティーとケーキを置く護久。
さっきまで美味しそうに写っていたレアチーズが、見る見るうちに色あせて見えた。
佐伯さんって……確か護久ファンだって噂の先輩だ。
護久は気にした様子もなく、ケーキとアイスティーを口に運んでいる。
「まぁまぁ美味いぞ。ほら、アイスティーも飲みたかったんだろ?さっさと飲んで食って続きするぞ!」
「……ごめん、ケーキはいらないや」
なんだか良く分からないけど胸のなかがモヤモヤして、ケーキなんて食べる気分じゃなくなった。
俯いてアイスティーだけ口元に運んでいると小さな笑い声が聞こえてきた。
弾かれるように顔をあげると、顔を掌で半分覆って笑う護久の姿。
「ちょっと!何笑ってるのよ……」
「ククッ……お前、俺がケーキ貰ったぐらいでなんて面してる」
「べ、別にそんなこと私には関係ないし…」
「毒見なら貰ってすぐ俺がしといたぞ?」
「……そういうんじゃない」
顔をそむけようとしたけど、顎を指先で掴まれてそれもできずに正面から見つめられた。
ドキドキと心臓が口から飛び出しそうに高鳴ってしまっている。
ゆっくりと顔が近づいてきて、思わず目をぎゅっと瞑ってしまった。
ああ、これじゃキス待ってるみたいじゃないの!
心の中で自分を叱咤したところで経験値0の私。
身体が固まって思うように動くこともままならないみたい。
どうしよう!とパニック状態になりかけた私の耳元で甘く響いた護久の声。
「心配しなくても取って食うのはお前だけだから、しっかり食って肉付き良くなっとけよ」
「……ふぇ?!」
あんなこと耳元で囁かれて、更にはチュッって耳元にキスまでされるに至っては、頬が燃えるように熱くなるのは仕方がないだろうと思う。
「わ、私は食べ物じゃありませんっ!!」
さっき以上に声がひっくり返っていたけど仕方ないよね?
そしたら、両肩にずしりと重みが掛って目を開けると、私の肩に両手を置いたまま護久が肩を震わせて笑っていた。
なんなの?この余裕たっぷりな態度!
絶対私のこと好きとか言ってからかってるんに違いないないんだ。
ホント、好きになんかなったら絶対負けだと思うんだよね。
週末、この前買ったお父さんへの誕生日プレゼントを持って久しぶりの屋敷に向かった。
いつもは煩いぐらいについてくる護久も、家族内の祝い事だからって屋敷まで送ったらどこかに行っちゃった。
ここには飛武じぃはじめ、たくさんの護衛の人がいるから大丈夫なんだけど、あいつがいないなんて変な感じ。
「お父さん、お誕生日おめでとう!これ私からのプレゼント」
渡したプレゼントはあの時あいつに見立ててもらったものだ。
そして今日も胸元には、護久からもらったペンダントが揺れていた。
「おお、美桜からのプレゼントか……いい品だね、ありがとう」
「それね、デザイナーズの一点ものなんだよ!先週買って来たの」
「先週…というとお前が拉致された時だな?そうか、私のプレゼントを買いに行っていて攫われたんだね」
お父さんの大きな手で頭を撫でてもらってくすぐったい気持になった。
私のお父さん、子供の欲目抜きでもそこらへんの同年代のお父さんよりずっとカッコいい。
小さい頃はお父さんみたいにカッコイイ王子様が迎えに来てくれるって信じてたこともあったぐらいだ。
「うん、護久に付き合ってもらって買いに行ってたの……護久を怒らないでね?ちゃんと助けてくれたんだから」
「ハハハ、分かってるよ……しかし彼も良い青年になったなぁ」
今夜は家族水入らずのパーティーってことで、ママの手作り料理を食べながらしみじみと呟くお父さん。
つい、気になってフォークを口に運びながら聞いてしまった。
「お父さんは護久のこと、昔から知ってるの?」
「ん?ああ、彼が7歳の頃から知ってるよ?初めてあったのは確か……そう、彼のお祖父さんの家でのパーティだったな」
「護久のお祖父さんって川西財閥の先代総帥?」
「そうだね、彼の家で今の総帥の就任披露があって、その席で彼のお父さんから紹介されたんだ」
「ふーん……じゃあ私もそのとき紹介されたの?覚えてないなぁ」
懸命に思いだそうとするけれど、そんな小さい時のことはあまり覚えていなかった。
それにああいうパーティーに最初から最後までホールの中にいたことは数えるほどしかない。
もしかしたら会ってなかったんじゃないかしら…なんて思ってた。
「いや、お前は紹介された時はもう庭かどこかに遊びに行ってしまっていていなかったんだ」
「ふふ……やっぱり?」
「でもお前、覚えていないのか?私たちが帰る時にお前を探していたらつれて来てくれたんだよ」
「……連れて来た?誰が?」
「ふふふ、美桜…護久君ですよ?あそこの薔薇の迷宮で迷子になっていた貴女を連れてきてくれたの」
「おお、そうそう二人で手を繋いで薔薇の中から走ってきて…可愛かったんだよなぁ」
お父さんとお母さんは顔を見合わせてほほ笑み合っている。
飛武じぃも微笑みながら頷いている。
皆には昨日のことのように思い出せているみたい。
こんな時、記憶力の乏しい自分が嫌になる。
そういえば……初めて会った時に護久が言ってた気がする。
8年前から惚れてるって……それって初めて会った時ってこと?7歳の時から?
どうしよう、なんだか自分だけが思い出せないのが無性にじれったく感じてしまう。
「ちょうどその後ぐらいか?川西の方からお前の婚約者候補に護久君を考えてくれないかと打診があったのは」
「美桜も護久君が大きくなったら王子様になって迎えに来てくれるんだって!なんて言ってたから承諾したのよ」
「ーーーーえぇっ!?私、そんなこと言ってたの?!」
「あらあら、あんなに嬉しそうに約束したって言ってたのに忘れちゃったの?」
「ハハハ、まあ小さい頃のことだからなぁ……仕方ないんじゃないか?」
楽しそうに両親が笑っているテーブルの向こうでは、飛武じぃも苦笑している。
どういうこと?皆はそのこと知ってるの?
だったら護久が私のこと好きって言ってるのも……本当に本気ってこと?
「美桜、覚えていないかしら?護久君にもらったって言って大事に仕舞ってた押し花あったでしょ」
「押し花……?」
そう言えば、あいつの机の上の写真立てにも押し花が入れてあった。
あれって私も同じもの持ってたってこと?
「妖精さんのピンクのフリルをつけてもらったって言って大はしゃぎしてたんだよなぁ」
「ふふふ、そうでしたね……ピンク色のスイートピーを大事そうにね」
そう言われた瞬間、私の目の前に色とりどりの綺麗な花々が咲き乱れる秘密の花園が蘇った気がした。
噴水の水の音、むせかえるような薔薇の香り。
花壇の中の小さなベンチでした理想の王子様のお話。
そうだ……なんで今まで忘れてたんだろ…。
薔薇の迷宮の奥、噴水の先の綺麗なお花畑!
妖精さんのピンクのフリルをくれた優しい男の子との思い出!
「お……思いだした…そう言えば私、約束した!あれって護久だったの?!」
「ハハハ、今頃かい?護久君もこんな娘が相手では苦労するな」
「彼は頑張り屋さんですから……きっと大丈夫でしょう」
じゃあ何?護久はあんな小さい頃の約束の為に私の所に来たってことなの?
だって……あれって本当に小さい時の話だよね?
王子様が迎えに来てくれる…なんて小さな女の子なら誰でも一度は見る夢だよ。
それを実現してくれようとしてる?
意識し出すととまらなくなってしまう。
頭の中には子供の頃の思い出と、再会してからの護久とのやりとりがグルグルと渦巻いていた。
その後、両親との楽しい会食もなんだか上の空になってしまってお父さんには申し訳なかったけど…。
久しぶりの自分の部屋に戻って、子供の頃の宝箱を開いてみた。
そこには、押し花を栞にした妖精さんのピンクのフリル…すっかり色あせてしまったピンク色のスイートピーが入っていた。
「本当にあった……私、思いだしちゃったよ」
色あせた押し花は遠い昔の約束のシルシ。
栞を手に顔をあげると、ドレッサーに映し出された頬を染めた私が見えた。
「なんて顔してるのよ、私……これじゃホントに恋する乙女じゃない」
頬を軽く叩くと胸元で揺れるペンダントがキラリと光った。
そっと指先で触れるとトクンと胸が鳴った。
これ……そういえばスイートピーがモチーフになってる。
「なによ……やっぱり負けた気がするわ」
あの日の約束を思い出した途端、胸にストンと落ちるように自分の気持ちを認めていた。
私、護久のこと……好き。
なんだかすっごく負けたような気分はあるけれど。
明日の朝、護久とどんな顔をして会えばいいのか悩んだけど、最初に言うことは決めていた。
「飛武じぃより強くなるって約束、まだ果たしてもらってないよ?」
あいつがどんな顔するのか今から楽しみで仕方ないの。
大ボケっぷりがすごい美桜なので、こんなことで財団トップが務まるのかと言われそうです(笑)
そこは溺愛エロガキがなんとかしてくれるだろうと思います。
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