(5)キスも恋も突然に
あいつと同じ屋根の下に暮らし始めてもうじき半年になる。
最初の印象がかなり強引だったから、もし襲われでもしたらどうしようかと思った。
でも、この前油断して唇を許しちゃった以外、実際に手を出してくることはなかった。
「惚れてるとか言ってたけど……あれもいつもの意地悪と同じで私の反応みて楽しんでる?」
最近思ってた事を口に出してみるとなんだかそれが真実のような気がしてくるから不思議だ。
無意識にあの時一瞬触れた唇を指でなぞっていて、頬が火照るのを感じた。
「あ、あいつはアメリカに留学してたんだし!あっちじゃあれぐらい挨拶なのよ!」
強がって口に出せば出すほど、なんだか自分がそれを否定したがっているような気がしてしまう。
頭に浮かんだシーンを振り払うように頭を激しく左右にふってみた。
あんなことで振り回されてる自分が悔しくて仕方ない。
「私は別にあんな奴、どうも思ってないんだから!」
学校の準備をして部屋を出ると階段近くに佇む護久の姿。
悔しいけど黙って立ってれば……それなりにカッコイイ…。
「ようやく準備できたのか?お前はいつも用意が遅いな…前の日に準備しておけばいいだろう」
呆れたように言いながら私の鞄を取り上げてさっさと階段を下りて行く。
ほらね?口を開けばあの口の悪さ!
下手に見た目がいい分ますます嫌味に聞こえるんだよ。
階段を下りて行く背中に向かって悔しいからべーって舌を出してやった。
途端に振り返って薄く笑いながら近づいてくるあいつ。
「ふん…俺に向かって舌を出すとはいい度胸してるな…後で泣いても知らないぞ?」
私を階段の壁に追い込んで私の顔の横に片手をついて耳元で囁くように脅してくる。
どうしていつもこんなに近づいて話すの?
「護久がいっつも意地悪言うからでしょ!」
そういってもう一度思いっきり舌を出したら、その舌をぺろりと舐められた。
「ーーーーっ!!」
口を押さえてその場にへたり込んだ私を面白そうに護久が上から眺めている。
私はなにか言いたいのになかなか言葉が出てこない。
「どうした?早く行かないと遅刻するだろ?」
「……な、な、何するのよっ!」
「お前が俺に向かって舌なんて出した罰だ」
ようやく言った苦情にも悪びれた風もなく言い返される。
そうだった…護久に言いあいで勝てるはずがなかったんだった。
きっと真っ赤になっているだろうけどそんなことよりこの場から早く逃げ出したかった。
「本当に失礼すぎる!私怒ってるんだからねっ!」
そう言い捨てるとそのまま階段を駆け下りて校舎に向かって走った。
あんな風に雰囲気の欠片もなくって階段の途中で罰であんなことするなんて。
ほんっと…信じらんない!
どうしても夢乃ちゃんに愚痴を聞いて欲しくて、放課後に女子更衣室に夢乃ちゃんを誘った。
だって護久がついてこないところなんてそこかトイレぐらいなんだもん。
私が今朝の話をしたら、夢乃ちゃんは真っ赤な顔して驚いてた。
「か、川西君ってそんな風なんだ?」
「もうね、あれってどうなの?酷くない?!」
「あはは、そうだねぇ……美桜ちゃんは川西君のこと嫌いなの?」
「嫌い……じゃないのかもしれないけど…好きになんてなったら絶対負けって気がするの!」
「勝ち負けなのかなぁ…ふふふ」
「とにかく、夢乃ちゃん達と違って私は別にあいつと恋人同士じゃないんですぅ!」
「お似合いだと思うんだけどなぁ…」
「見た目は……悪くはないし頭も確かにいいよ?スポーツだってできるしさ……。でもでも、性格ひどすぎでしょ!」
「でも美桜ちゃんのことすごく好きなんでしょ?川西君」
「あれもホントかどうか怪しいもんだよ……」
「そうかなぁ……私は本当だと思うけどなぁ」
そんな感じで沢山愚痴を聞いてもらったらちょっぴりスッキリした。
片倉さんと一緒に帰る夢乃ちゃんと別れて教室に向かって歩き始めた。
多分護久は私を待ってるはずだし、待ちぼうけさせるのはあんまり酷いかなって思ったから。
だけど…。
教室へ戻る渡り廊下の影に護久がいるのに気付いた。
こんな所にいるなんて…まさかさっきの話聞いてないでしょうね!?
そう思って近づこうとして私の足はそこに縫いつけられたように固まってしまった。
護久の胸に縋りつくように女の子が立っていたから…。
私はその光景から目をそらせずにそのままそこに座り込んでしまった。
ほ、ほらね?やっぱり女の子に手の早い奴なのよ!
私が守神家の娘だからあんなこと言ってただけなんだから……。
そんなこと……知ってたもん。
「私、守神君のこと好きなの!編入してきた時から気になってたの!付き合ってくださいっ!」
女の子が必死にあいつに告白してる。
この声、知ってる。
2年の先輩で演劇部の主役やってるすごく可愛い子だ。
「俺には許嫁がいるから…申し訳ないけど君の気持には答えられない」
「知ってるわ…守神さんでしょ?でも彼女はなんとも思ってないって言ってるんでしょ?彼女確かに美人だけど子供っぽい子じゃない……私だったら貴方になんでもしてあげられる。それに高校生で許嫁なんてそんなのおかしいわよ…普通に恋愛したいと思わない?ねぇ」
彼女の声が急に甘えたような色を帯びた。
きっと彼女は護久の胸にしな垂れかかってるんだ。
そう思ったら胸の中がモヤモヤしてきて涙がジワリと浮かんできた。
これ以上なぜか聞きたくなくて、耳を塞ごうとしたその時。
「そんなことされても何とも思わないし…あんたに興味も沸かないんだけど?美桜が俺をどう言おうが関係ないし、俺があいつを好きなことに変わりない。俺の女の悪口言うような女に優しくしてやる理由もないな……あんた、目障り」
私が聞いたこともないぐらい冷たい護久の声が聞こえてきた。
女の子が息をのむのが聞こえた。
「バ、バカにして!!あんたなんかこっちから願い下げよ!」
叫んだ女の子の走り去る足音が遠ざかっていく。
私は息を吸うのも忘れるぐらいに動揺して、そのまま俯いて座り込んでいた。
気がつくと目の前に大きな靴が見えた。
「で?お前はなんでこんな所で座り込んでるんだ?」
「……な、なんとなく?」
「ふーん…なんとなくね……まぁいいけど?用事は終わったんだな?女がそんなところに座り込んで腰を冷やしたらだめだろう…ったくホントお前は馬鹿だな」
馬鹿にしたように笑いながら護久が手を差し出した。
悔しいけどその手を取って立ち上がると、スカートの埃をパンパンと叩いた。
「ば、馬鹿で悪かったですね!だいたい、護久に比べれば大抵の人が馬鹿なんじゃないの?!」
「フッ…それ、褒めてるのか?俺が賢いって……自分の賢さぐらい知ってる」
「褒めてない!!嫌味です!イ・ヤ・ミ!」
「はいはい分かった…それじゃ寮に戻りましょうか?美桜お嬢様?」
「もぉーーー!!本当に嫌味なんだから!」
二人で言い合いしながら夕暮れのキャンパスを寮に向かって歩いて行く。
さっきのモヤモヤの正体になんて今はまだ気付きたくない。
だって負けたような気がするんだもん。
意識しているのに認めたくない美桜です。
いわゆるスパダリ系男子なのでモテる護久ですが、とんだ執着野郎なので余所見はしません。
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