(4)俺だけの蕾 (護久視点)
2人の出会いの話です。
俺はこういったパーティーが嫌いだった。
いつもはそこまで煩く言われない服装も、こんな日は襟元の苦しい正装を着せられる。
父は自分の兄弟なのに伯父さんの顔色窺ってるのが子供の俺にも分かる。
俺だってもう7歳だし、勉強だって今は中学生レベルの勉強をしてるんだから…。
恋愛結婚した母は祖父の家では肩身が狭いらしく、いつも寂しそうに会場の隅にいる。
父より母が好きな俺にはそれも気にいらないことの一つだ。
『川西の親族』である俺と仲良くしようとする化粧臭いおばさん達も嫌いだ。
酒やたばこのにおいがキツイおじさん達にお行儀よく挨拶するのも好きじゃなかった。
それにパーティーに来てる女の子は妙に高慢ちきで大人みたいにドレスや宝石ばかり気にしてる。
そのくせ話すと大して面白くもないテレビや芸能の話かお家自慢だ。
兄たちはそんな女の子たちと楽しく会話していてそれなりにガールフレンドもいるみたいだけど。
ハッキリ言って俺はそんな女の子とは話をするのもうんざりしてたんだ。
「伯父さん、お父さん、僕ちょっと外の空気が吸いたいからお庭に出てきてもいいですか?」
「ああ、構わないよ行っておいで」
「そうだな…今日の会場は少し煙草臭かったかもしれないなぁ」
許可をしたあとは俺のことなど気にも留めない大人たちを残して、俺は一人庭に続くテラスへ出た。
祖父の家の庭は薔薇がまるで迷宮のように美しく整えられている。
でも、俺のお気に入りはその迷宮を出た先にある。
天使の像の置かれた綺麗な噴水の向こうに広がる季節の花々を組み合わせた花壇だ。
作り込まれた薔薇が嫌いなわけじゃないけれど、どこかパーティー客を思わせる。
この素朴な感じの季節の花壇の方が見ていてホッとする。
大抵の客が迷う迷宮でも、俺は慣れた道順を通り抜けていつもの花壇にやってきた。
やっとこれであいつらから解放された!
そう思った俺の目に、俺の花壇の前に佇む人影がうつった。
「そこにいるのは誰だ?!」
自分だけの空間を邪魔された気がして、思わずキツイ口調で声をかけた。
その人影は俺の声に一瞬ビックリして小さく悲鳴を上げるとその場に座り込んでしまった。
それからその人影はゆっくりと顔だけでこちらを振り返った。
「ご、ごめんね…薔薇で迷子になったんだけど、あんまり綺麗だったから勝手に見てたの…」
美しい眉をさげて謝罪したのは俺と歳が変わらないぐらいの女の子。
まるで日本人形みたいに綺麗な黒髪を眉上できれいに切りそろえている。
肩甲骨が隠れるほどに伸びた髪は一部が編み込まれてピンクのリボンで結んであった。
リボンとお揃いのピンクのワンピースは座り込んだことでまるで花のように広がっている。
涙が少し滲んだ大きな黒い瞳が俺を見上げて揺れていた。
「いや…別にいいんだ……ここの花も見てもらった方が喜ぶだろ」
俺が言葉使いを改めるのも忘れて何気なく言った言葉。
ただそれだけなのに。
「あははっそうだよね!お花も見て綺麗だねって言ってあげた方が喜ぶよね!このお花なんて妖精さんのピンクのフリルみたいでとっても綺麗だもの!」
そういって、雨上がりに虹がかかったみたいな瞳で向日葵みたいにそいつがふうわりと笑った。
その笑顔が眩しくて、俺はいままであったどんな女の子よりも綺麗で可愛いって思ったんだ。
「お前、名前は?」
「美桜っていうの…あなたは?」
「俺は……護久」
何故だかこいつには俺の家の名前を告げたくなかった。
あの『川西の親族』に群がる連中みたいに家柄で俺を見て欲しくないような気がした。
だからあえて名前しか言わなかった。
「ふーん、護久君っていうんだね…このお花、護久君のお花なの?」
「いや違う…でも気に入ってるんだ……なんとなくだけど落ち着くからな」
「えへへ、私も今日見つけた時、お花の絨毯みたいだと思って大好きになったの!」
「ふーん……お前今日は誰と来たんだ?」
「えっとね…お父様と、お母様と、飛武じぃと、あと運転手の師岡さん!」
「はははっ…運転手まで名前あげる令嬢には初めて会ったよ」
花壇の中の小さなベンチに腰掛けて二人きりで色んな話をした。
学校のこと、今日のパーティーのこと、最近楽しかったことetc…。
初めてあったのに、まるで友達みたいに飾ることなく普段の俺のままで。
俺と話している間、ずっとニコニコとその笑顔が絶えるがなかった。
俺はそんな笑顔をずっと見ていたいと思った。
こいつはパーティーで畏まって挨拶してる、子供なのに香水や宝石つけてる連中とは違う気がした。
なんていうか…そう、この花壇の花みたいだって思ったんだ。
見ていてホッとするんだ。
「私、大人になったらお母様みたいに綺麗な花嫁さんになるんだ!お母様の花嫁さんの写真、お姫様みたいでとーーっても綺麗なんだもの!」
「花嫁さんって…美桜は、もう許嫁でもいるのか?」
なんだかそれを想像して、不思議と胸の中がモヤモヤするような嫌な気持ちになった。
その時の俺はその気持ちが何なのか分からなかった。
「いいなずけ……ってなぁに?」
「許嫁ってのは結婚する約束をしてる相手のことだよ」
「ううん、いない…大きくなったら王子様が迎えにきてくれるってお母様が言ってたもん」
「…は?!王子様?お前の母親そんなこと教えてるのか…」
「だって、お母様はお父様が王子様だったって言ってたよ?女の子は自分の王子様が迎えに来てくれるとお花の蕾が開くみたいに綺麗になるんだって!」
「ふーん…お前の思う王子様ってどんな奴?」
「え?うーん…そうだなぁ…お父様みたいにカッコよくてぇ、飛武じぃみたいに強くてぇ、私よりうんと背が高くてぇ、あとねあとね、学校のお勉強教えてくれるような頭のいい王子様!」
瞳をキラキラさせながら語るこいつなりの王子様像。
なんだよそれぐらい、俺だったらすぐなってやるよ…そう思った自分にビックリした。
その時初めて、気付いたんだ。
俺はこの年齢以上に無邪気なこいつの笑顔を、自分だけのものにしたいと思ってることに。
「だったらさ、俺が迎えに行ってやるよ…美桜のこと。俺は頭は他の連中に比べてもずっといい方だからな?お前のお父様よりカッコ良くなって、その飛武じぃなんかよりも強くなって、背が高くなって。そしたら迎えに行ってやる」
「ホント!?護久くんが?……でも、私と高さあんまり変わらないよ?」
「バーカ、男は高校生ぐらいになったら女より大きくなるんだよ!約束する…だからお前は俺だけの蕾のまま待ってろ」
「そっか…うん!だったら護久君が王子様になって迎えにくるの待ってるね!えへへ…」
そういうとこいつはドレスの裾を両足でパタパタさせながら嬉しそうに笑うんだ。
俺は花壇からひと際綺麗に咲いていたピンク色のスイートピーを一本摘むと髪に挿してやった。
ピンクのフリルみたいな優しい姿と可愛らしい甘い香りが、こいつにはぴったりだと思った。
「あ!妖精さんのピンクのフリル!私にも似合ってる?」
「似合ってる…これの花言葉知ってるか?」
「花言葉?…知らない」
「門出、恋の愉しみ、永遠の喜び、私を忘れないで……そんな意味があるんだよ。俺が迎えにくるまで忘れちゃだめだぞ?」
教えてやると一生懸命に俺の目を見つめてコクコクと頷いた。
子供の約束なんて俺と違って大抵みんな忘れるんだろうが、忘れてたら俺が思い出させてやる。
「じゃあ、護久君にもおんなじお花をあげる!だから美桜とのお約束、忘れないでちゃんと迎えにきてね?」
そう言うと、花壇から同じようにピンクのスイートピーを摘んできて俺の胸ポケットに挿してくれた。
子供同士の小さな約束。
だけど俺にとってはとっても神聖な約束をしたような、そんな気がしていた。
その時、遠くから誰かの呼ぶ声が聞こえた。
「美桜お嬢様ー?どちらにおいでですかー?」
「美桜ー!帰るわよー?」
どうやら美桜を探しているらしい。
それに気付いた美桜はベンチから勢いよく飛び降りると、そのまま声の聞こえる方へ駆けだそうとする。
「おい!お前また迷子になるぞ!俺が連れて行ってやるよ」
そういって手を差し出すと、手を繋ぐのが恥ずかしいのか、また迷子になりかねない行動をとろうとしたことが恥ずかしいのか、美桜はちょっぴり頬をそめて手を握り返してきた。
夕陽が空を茜色に染めあげる中、薔薇の迷宮を二人手を繋いで駆け抜けていく。
こいつにまた会えるんならパーティーも悪くない、そう思えた。
「お父様!お母様!飛武じぃ!」
迷宮の外にいた大人に向かって美桜は俺と手をつないだまま駆け寄る。
その大人の顔を見て、俺はとんでもないことに気付いた。
美桜の父親は、さっき父親と一緒に挨拶周りをしたうちの一人だった。
しかも川西財閥よりもはるかに力がある守神財団の総帥、守神光希その人だ。
守神財団といえば、単なる財団の枠を超えてあらゆる分野に影響力を持つ経済界のモンスターである。
そういえば、今日は娘も連れてきていると言っていたことを思い出す。
「お父様!今日はお友達が出来たのよ!この妖精さんのフリルもつけてくれたの!」
「おお、良かったな美桜…君は確か…川西弘実君の息子さんだね」
「改めましてこんにちは、弘実の3男護久です…守神家のお嬢様とは存じませんで失礼致しました」
「うちの美桜と変わらないぐらいなのにしっかりしたご挨拶ありがとう。美桜と遊んでくれていたんだね…この子はすこしばかりお転婆でね、失礼はなかっただろうか」
「とんでもありません…花を愛でる優しい心をお持ちの素敵なお嬢さんだと思います」
「ははは、君みたいにしっかりした子にそういってもらえると嬉しいね。それでは今日はお招きありがとう…私たちはそろそろ失礼するよ…お父様によろしくな」
「はい、父や伯父、祖父にもそのように伝えさせていただきます」
大人向けのきちんとした挨拶で見送りながら、ちらりと美桜に視線をやった。
母親と手を繋いで俺に向かって手を振っているのが見えた。
顔をあげる瞬間、緩んでいた顔を慌てて引き締めた。
「護久くーん!約束ねー!」
何度も振り返りながら俺に手を振り叫ぶ美桜に俺は手を振り、言葉にせず頷きだけを返した。
さあ、これからが俺の闘いだ。
立ち止まってたら俺だけの蕾はどこかの王子様に攫われてしまう。
なんといっても相手は守神家の一人娘だ。
美桜の言ってた王子様になるだけじゃ足りない。
俺は沢山のライバルの上に立たなければ美桜を迎えに行けないのだから。
まずは父と祖父にそのための働きかけをしてもらわければいけないだろう。
きっと協力はしてくれるだろう、なんといっても守神家との繋がりを持てるのだ。
それは、まだ幼かった俺の胸に、甘い思い出と強い闘争心が宿った日だった。
護久は守神家が力があるのは知っているけど、本当の意味での守神家の役目はこの時点で知りません。
知るのはこの話の途中ですが、そのあたりは2人のストーリーにあまり関係ないので省略しています。
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