(3)昨日のしつけ方
お風呂上がりに課題やっててどうしても解けない問題があった。
多分、なにか見落としてるんだろうけど自分じゃそれが分からなかった。
「しょうがない…聞きに行くか…」
溜息をついてパーカーを羽織るとノートとテキストを抱えて部屋を出た。
廊下を少し歩いて行った先にあいつの部屋がある。
実はこの学校もうちの経営している学校法人の一つ。
一般の先生や生徒は知らないけど、理事長は私の事情を知っている。
万一の時に他の生徒に危害が及ばないように…。
そして一般生徒のふりをして私に不審者が近付かないように…。
色んな意味で、私の部屋は寮の中でも離れの棟に位置している。
そして……普通は男女別の棟になるはずの寮だけど、私のボディーガードも兼ねているあいつの部屋は私と同じ特別棟の最上階にあった。
コンコンッ
ノックをしたけど返事がない。
いつもならそんなことないのになぁ…。
なんとなく飛武じぃがいた時の気安さで扉をそっと開いて中を覗いてみた。
部屋に電気は点いている。
「おじゃましまーす…」
そっと部屋に入ると机に向かうあいつの後ろ姿が見えた。
チェストの上にノートとテキストを置いてさらに部屋の奥へ入った。
なんだいるじゃない…集中して勉強でもしてるのかな?
そう思いながら近づいていっても振り向く気配もない。
もしかして…そう思って横からそっと顔を覗き込んだ。
「…やっぱり…寝てる……」
パソコンに向かって頬づえをつき、その手の甲に自分の頭を預けたままうたた寝していた。
目が疲れたのか眼鏡も外してキーボードの横に置いてある。
パソコンの画面をみると、英文やグラフなどが映しだされていた。
レポートでも書いているようだけど、私にはさっぱり分からない。
もちろん、英語は得意な方だし話すのに困らない程度の知識もある…けど…書いてある内容がさっぱり分からないんだもん。
いつも意地悪ばかり言う自称私の許嫁、川西護久。
言い合いすることが多くてこの一週間、マジマジと顔をみることもなかった。
でも、こうしてみると…男のくせに本当に綺麗な顔をしている。
睫毛も意外と長いし、すっと通った眉目はそこらへんのモデルよりよっぽど整っていると思う。
前髪が少ししっとりしてシトラスの香りがほんのり漂っていた。
「なんだ…いつも偉そうだけど、こうしてみたらやっぱり同い年の男の子って感じ…」
そう呟いてふと視線を机の横に向けて、一瞬時がとまった気がした。
そこに隠すように置いてあった写真立て。
シンプルな二つ折りのフレームの中で笑っているのは…私。
そしてその写真と向かい合わせにフレームに入っていたのは押し花のようだった。
「これ…3年前の誕生パーティーの写真…?」
もっと良く見ようと手を伸ばそうとした、その時。
伸ばした手首をいきなり掴まれ、そのまま身体のバランスを崩してしまった。
「きゃぁっ!!」
倒れる衝撃を覚悟してギュッと目を閉じる。
けれどその衝撃はいつまでも私を襲うことがなかった。
そのかわりに身体に温かい感触…。
おそるおそる目をあけると口元に笑みを浮かべたあいつが見降ろしていた。
「…な、なにしてるの!?」
「何してるのはこっちだろ?…人の膝の上で目をつぶってるとか…ああ、美桜は襲って欲しかったのか」
「…え?きゃぁ!!きゃぁああ」
言われてはじめて、自分の状況に気がついて一気に頬が火照って悲鳴をあげてしまう。
椅子に座ったあいつの膝の上に横抱きにされるように倒れ込んでいたなんて!
起きあがろうとするけれど、手首は掴まれたまま。
さらに腰にまわした手で私を拘束して身体をぐいと引き寄せられた
「…お前、夜に男の部屋に忍んできてなにやってんの?夜這い?」
「よ、よば?!違うよっ!」
「そんな顔して否定されても説得力ないんだけど?」
手首を離すとその手で私の顎をクイと掴んで無理やり視線を合わせてくる。
薄く笑ったその顔が妙に色気があって、心臓がバクバク煩いぐらいに鳴っていた。
「も、問題解けないのがあったから教えてもらいにきたの!ちゃんとノックもしたんだよ!」
「ふーん…それで、返事がないのに勝手に入ってなにしようとしてた?」
ますます意地悪く微笑むあいつの顔が息がかかるくらい近くなる。
もうどうしていいか分からなくて頭がだんだんパニックになってきた。
「…あの写真…私の…だよね?」
「ああ、俺がアメリカに渡る前のお前の誕生パーティーの時の写真だが?そうやって婚約者だといって写真を飾っておけば変な虫も寄り付かなくていいからな」
「となりの押し花は?」
それまで余裕の表情で私をからかっていたあいつの目が一瞬動揺したのがわかった。
ほんのり耳が赤い気がするのは気のせいだろうか…。
私の質問に答えずに黙り込んでしまってしばらく沈黙が続いた。
というかこの姿勢のまま沈黙って…ものすごく恥ずかしいんですけど!?
いいかげん解放して欲しい…このままだと心臓が壊れちゃうかもしれない。
「…川西?いいかげん下ろして欲しいんだけど…」
声をかけると、我に返ったあいつがニヤリと笑った。
「許嫁と再会して一週間もたつのにまだ名前も呼べないのか?お前は。苗字じゃなくて名前で呼べよ」
「だ、だって!そんなこと言われても…許嫁なんて私は知らないんだからね!大体……男の子を名前でなんて恥ずかしくて呼べないよ……」
顔をそらせないので視線だけをなんとか逸らして苦情を言ってみる。
父からも母からも特になにも聞かされていないのだ。
許嫁なんていわれても実感が沸くはずもない。
そんな風に思っていると、いきなり口の横をぺろりと舐められた。
「ひゃぅっ!!」
「ふっ…なんだその色気のない声は…名前で呼ぶぐらいが恥ずかしい…?名前が呼べないならそれぐらい平気になるようにもっと恥ずかしいことしてやろうか?」
「いきなりなにすんの!は、恥ずかしいことって何する気よ!?」
「俺の名を呼びたくなるまで一晩中何度でもキスしてやるよ」
そういって近かった顔がより近付いてくるのが分かった。
「―――っ!呼ぶ!呼びますっ!呼ばせてください!!」
「…チッ」
舌打ち?!今舌打ちしたよね?
キスを免れてホッとしながらも心臓はドッドッドッとすごく早いリズムを刻んでいた。
「だったら呼べよ」
掠れたような甘い声で耳元で囁かれてますます心臓は壊れそうだ。
「…………も、もりひさ?」
「聞こえねーよ…それになんで疑問形だ」
「…護久」
小さく名前を呼ぶと、急にあいつが満足げなやわらかい笑みを零す。
その笑顔があまりに不意打ちで私は心をキュッて掴まれたような気がした。
一瞬見惚れてしまった私。
チュッ
突然唇に柔らかい感触がして、それがあいつの唇だと気付いた時にはもう離れていた。
触れるだけの優しいキス。
「な、なんで?!ちゃんと呼んだのに!」
あいつの腕の中で身を捩るようにして両手で口元を押さえる。
頬は燃えるように熱くて目を見開いてあいつから目が逸らせずにいた。
「ちゃんと呼べたご褒美だ」
「――――――なっ!!!」
「さて、どこが分からないんだ?」
何事もなかったかのように私を膝から下ろして私のノートを広げるあいつ。
私はその場にそのまま床に座り込んで茫然としてしまう。
「……た…のに…」
「…何かいったか?勉強するんだろ?」
「…ファーストキスだったのに!護久の馬鹿ぁ!!」
叫ぶなり勢いよく立ちあがった私は、ノートをあいつからひったくるとテキストを掴んでそのまま部屋から飛び出した。
開いたままのドアのすきまから妙に嬉しそうな笑みを浮かべるあいつがちらりと見えた。
廊下を勢いよく駆け抜け、自分の部屋に駆けこむとそのままベッドに飛び込んだ。
分からない問題は月曜日に夢乃ちゃんに教えてもらおう。
もう知らない!なんなのあいつ!悔しーーー!
恥ずかしさや怒りやいろんな感情がグルグルと頭を回る。
考えたくなくて寝ようとするけど目を閉じるとあいつの顔や唇の感触が思い出されてなかなか寝付けなかった。
もう絶対あいつの部屋に入るのはやめようと、私は心に決めたのだった。
エロガキ護久ですが、溺愛野郎なのでご容赦ください(笑)
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