(2)転校生は許婚
ここからが本編です。
まだ朝も早い高校の昇降口。
学園の寮に住んでいる私は、下駄箱の見える廊下の壁に背を預け、そろそろ登校して来るであろう人物を待っていた。
5分もしないうちに何時も通りの時間に明るいブロンドを靡かせて小走りでやってきたのは、親友の広田夢乃ちゃんだ。
彼女は日系アメリカ人のお父さんとスイス人のお母さんを持つクォーターだけど、日本生まれ日本育ちの女の子で、加えて言えばお人形みたいなかなりの美少女である。
黒髪直毛のわたしからすれば羨ましいぐらいなのに、彼女は私の容姿が羨ましいのだそうだ。
やはり人間というのは無いもの強請りしてしまう生き物らしい。
いつもは教室で待っている私が昇降口にいるのに気付いた夢乃ちゃんは、長い睫の大きな瞳をパチパチと瞬いて驚いている。
「あ、美桜ちゃんおはよう…今朝はどうしたの?こんなところで」
「うん…実はさ?そろそろ飛武じぃの後継者を育てないといけないとか言われちゃってね。今日からボディーガードが同じクラスに転校してくるらしいんだよねぇ。それでなんとなく気分転換に散歩してたってわけ」
私自身は至って普通の高校生なのだけど、たまたま生まれた家が普通じゃなかったせいで私には普段外出する際には、幼い頃から護衛をしてくれている飛武という名の爺やがついていた。
学園内は安全だろうということで、何かあればすぐに駆けつけられる場所で待機しているらしいけど、この広い学園のどこかにいて『すぐに』駆けつけられるというのはあの人ぐらいだろう。
爺やが護衛とか何の冗談かと思うだろうけど、この飛武じぃは規格外に強い。
多分人間の枠を超えていると思う……いや、ホント。
あの人の戦ってるところなんて動画で配信でもした日には、絶対CGだと思われるレベルの有り得なさ。
前回の『神々のゲーム』の生き残りの1人なのだと祖母からは聞いているものの、詳しい話は知らされていない。
「へぇ…そうなんだ?ボディガードさんか…ふふ、やっぱり美桜ちゃんお嬢様なんだよね」
「やっぱりって何よ、やっぱりって!こう見えても正真正銘生まれも育ちもお嬢様ですわよ?私」
「ふふふ、そういうところが気取ってなくて皆にバレない理由かもね?」
日本最大である守神財団の一人娘…それが私だった。
この学園も表向きは違うけど実際は我が家が経営しているので、学園では『守神美桜』ではなく『森上美桜』という名で通っているのだ。
その事実を唯一知っている友人がこの夢乃ちゃんで、だからこそこんな話ができるのも彼女だけだった。
お互い小声で話しながら、一緒に教室までの廊下を歩いていく。
「でもさ、どう思う?飛武じぃの後継者って……人間に務まるの?」
「あー……まぁ、同じことが出来なくても美桜ちゃんを守ることができればいいんじゃないかな?」
「まあそうだけど…どんな人かなぁ。美人さんかなぁ?」
「女の子なの?いい人だといいね!」
「うん。そう願うよ。友達になれるいい子ならいいなぁ」
わざわざ学園に転校してくるってことは、学園内でも常に一緒にいて守るためだろうから、きっと歳の近い女性に違いない。
夢乃ちゃんと話したことで少し落ち着いた私は、可愛い系かな、美人系かなと思いながらホームルームが始まるのを、少しの不安と、沢山のわくわくを抱えながら待っていた。
朝のホームルームが始まると、先生の後ろに1人の男の子がついて来ていた。
え?待って……男の子なの!?
てっきり女の子が来ると思い込んでいたので、ビックリして叫びそうになった口を慌てて掌で押さえた。
「今日から彼がこのクラスに転入することになった。自己紹介してくれるか、川西君」
「はい。川西護久です。よろしく」
驚くほど簡潔に自己紹介をしたそいつは、身長は175センチぐらいで眼鏡かけてていわゆる真面目そうなヤツだった。
細身の引き締まった体躯に学園の制服が良く似合っていて、モデルかと思うほど整った顔立ちをしているせいで、クラスメイトがざわめいている。
女性でなかったとしたら、ボディガードというからにはもっとゴツイ感じの人をイメージしてたからかなり意外だった。
席は何故か私の真後ろで、夢乃ちゃんの隣。
夢乃ちゃんも意外そうにこちらを見てきたので、授業中に手紙を回してみた。
『こいつホントに強いのかな?飛武じぃの後継って相当強くなきゃダメだよね?それにしても真後ろとか見張られてるみたいでめっちゃ気まずいよぉ… みおう』
夢乃ちゃんがこちらを向いてクスッと笑ってくれたので、教科書で顔を隠してチラリと振り返ってウインクをしたら、それを川西に見られてしまった。
授業中だぞと言わんばかりに、眼鏡をかるく押し上げながら目線だけで前を見るよう促される。
ボディガードっていうより学級委員長って感じだ。
昼休み、川西のこともあって夢乃ちゃんと2人でランチすることにした。
今日はいつも彼女と一緒に昼食を食べている大学生の彼氏は用事があって来れないらしい。
いつもは私は学食で食べているけれど、今日は夢乃ちゃんお手製のお弁当を一緒に食べる約束をしていたちょうど良かったなと思う。
「なーんか最近、守神と広田ってすっごく仲良くね?」
「ふふふ、うらやましいのかね?吉田君、私たちはもう親友といっても良いぐらい互いのヒミツを共有しあっているのだよ」
「なんだよその口調、ホームズか?!ヒミツってなんだよ、教えろよ」
近くの席の吉田君が机の上を片付けながら声をかけてきた。
私や夢乃ちゃんはどうも人目を惹くらしく男性から変に絡まれることも多いのだが、彼はクラスメイトとして適度な距離で接してくれるなかなかいいヤツだった。
入学当時、同級生との距離感をどうするべきか悩んだ私に、最初に話しかけててきたのも吉田君だ。
とにかく人懐っこくて騒がしい、子犬みたいな人だと思っている。
「ふふ、吉田君…ヒミツを言っちゃったらヒミツじゃなくなっちゃうでしょ?」
「うーーん…まぁそっか…あーあ、俺も彼女欲しいなぁ」
誰に言うでもなく、大きな溜息まじりに愚痴る吉田君に、私も内心で同意する。
親友の夢乃ちゃんは彼氏の片倉さんと、超がつくほどラブラブだからやっぱり時々羨ましくなるのだ。
「吉田君なら出来るよ、きっと」
「そうそう、意外と気づいてないだけかも知れないじゃん!出会ってるのにさ?」
「そういうもんかぁ?」
私たちが吉田君に声をかけながらランチボックスを持って立ちあがろうとしていると、吉田君がおもむろに川西に話題を振った。
相変わらず人懐っこいヤツである。
「はぁ…その慰めの言葉が今は痛いぜ!はははは。なぁなぁ、川西君ってどこから来たの?彼女とかいんの?」
それまで本を読んでいた川西が眉をピクリと跳ねあげたのが分かった。
彼が私の素情を話すことはないだろうとは思いつつも、つい聞き耳をたててしまう。
「…それって答えなきゃいけない質問か?」
「え?…いやダメってことはないけど……きっと皆に聞かれるぞ?皆イケメン転校生に色々聞きたそうにしてたじゃん」
「そうか…それはそれで面倒だな」
そういいながら、本当に面倒そうに眉根を寄せると、顎に左手を添えて少しだけ考え込んでいる。
軽い返事に軽く返答されると思っていたらしい吉田君は、少し困惑してるように見える。
そりゃそうだよね……普通あそこで『答えなきゃいけない質問か?』って返されるとは思ってもいなかっただろう。
「どこから来たのかという問いはいろんな解釈ができるが…この場合どの学校、もしくは地域から来たかということでいいな?前いた学校はMITの経営学部だ。日本は飛び級制度がないのでこの学校に入った。そういうわけで、以前住んでいたところはアメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジだ」
「MITって…あのMIT…?!」
「おそらくそのMITだ。彼女がいるかどうかという質問だが、特定の恋人という意味では今はいない。だが、相手は知らないらしいが婚約者はいる…こんな答えでいいだろうか」
おー…立て板に水とはこのことか。
いやあ、よくそれだけスラスラと言葉が出てくるなぁ!
冷めたように淡々と答える彼は、MITにいたっていうぐらいだからよほど頭がいいんだろう。
もしかして、護衛といっても頭脳面での補佐的な話だったのかもしれないなと思った。
質問した吉田君の方は、ほぼ無表情に言われた内容に目を丸くして呆然としてる……なんかうちの護衛がごめんなさい。
「あ、ああ…悪いな…読書の邪魔しちゃって」
「いや、今から昼食をとりに出るところだったので構わない。ただ、他の者から同じ質問があったらすまないが代わりに答えておいてくれ。何度も同じ質問に答えるのは嫌いなんだ…吉田君よろしく頼む」
「っ!!あ、うん…大丈夫、俺答えとく!」
最後の一言に添えて、一瞬だけ微笑んでみせた川西に、吉田君は弾かれるように返事を返した。
その頬が少し赤い…まぁ、モデルかと思うぐらい綺麗な顔してるから気持ちは良く分かるけど。
答え終わった川西が、読んでいた本を鞄に仕舞うと席を立って私たちのいるドアの方へ歩いてきた。
てっきりそのまま横を通り抜けて行くだろうと思って私たちは横に避けたのだけど、すれ違いざまに私の耳元で小さく囁いたのだ。
突然耳元で囁くなんてことされたこと無くて、しかもあいつの声が妙にイイ声だったせいで慌てて耳を押さえて俯いた。
多分、顔も赤くなってると思う…なんだか悔しい。
「ねぇ、川西君なんて言ったの?」
「食事をするなら俺も一緒に行くから声をかけろって言われた…」
「私、良く分からないけど…もしかして彼ってボディガードにしては結構偉そう?」
「結構じゃなくってすっごくえらそう!」
私の隣にいた夢乃ちゃんが、コッソリ聞いてきたので私も小声で答えた。
ひそひそ話をしながら、いつも夢乃ちゃんたちが利用しているという、校内の泉に抜ける途中にある木陰のカフェテーブルに向かった。
数メートル後ろを川西がついてきている。
「やっぱり一緒に食べるんだね」
「あーもう!どうしてこうなっちゃったんだろ…メンドクサイ!ごめんね夢乃ちゃん」
「ううん、私はいいよ」
大きな溜息をつくと、夢乃ちゃんが背中をポンポンと叩いて慰めでくれるのをありがたく思いながら歩いて行った。
カフェテーブルの付近はめったに人もこないお気に入りの場所の一つだ。
夢乃ちゃんの作ってきたランチボックスが広げられると、思わず感嘆の声をあげてしまった。
「夢乃ちゃーん!なんて美味しそうなお弁当なの?!片倉さんいつもこんなお弁当食べてるんだ!そりゃお嫁にも欲しくなるわよ…いっそ私のお嫁さんにならない?」
「ふふ、そんなに褒めても何にも出ないわよ?出るのは…今日はクッキーぐらい!」
そういって焼いてきたクッキーを出してくれる夢乃ちゃんに、私は思わず抱きついてしまった。
料理上手な親友のお菓子は、何時食べても美味しいのである。
ふっと気がつくと川西がテーブルの近くまで来ていて、それに気付いた夢乃ちゃんが私の隣の椅子をトントンと指し示した。
「川西君も一緒に食べるんでしょ?この椅子使って?」
「ああ、すまない」
「ちょっと!川西君、あなた私のボディーガードだって聞いたのになんで夢乃ちゃんの承認だけ得るの!」
「美桜、お前と2人なら別に承認など得なくとも俺は好きなように好きな所へ座る。だがこの広田は先代総帥の友人扱いだと飛武さんから聞いている。だから彼女の承認を得てここに座ったんだ…なにか不都合があったか?」
確かにある事情で、夢乃ちゃんと彼氏の片倉さんは私のお祖母様とも親しく付き合っている。
だからといって私と2人なら好きなところに座るって何?
私のボディーガードってことは、我が家に雇われてるんじゃないの?!
しかも許可もなく勝手に呼び捨てにされる覚えはないんだけど、どういうつもり?
「ある!あります!大体、なんで私のこと呼び捨てにしてるの?!」
「俺はボディーガードを頼まれただけじゃなく、お前の家庭教師も頼まれている。更にいうならお前は俺の許嫁だ、将来妻になる女を呼び捨てにして何が悪い?」
私のクレームなど歯牙にもかけていないとばかりに鼻先で笑われたのも腹が立つけど、それ以上に聞き捨てならないことを言われてしまった私は、一瞬脳がフリーズしてしまった。
いいなずけ……良い菜漬け?良い名付け?んんん?!
「――――は!?あなた今なんて言ったの?」
「お前は耳が悪いのか、頭が悪いのかどっちなんだ…お前は、俺の、許嫁だと言ったんだ」
眼鏡を指でクイっと押し上げながら落ち着いた口調で話す川西。
それに対して金魚みたいに口をパクパクさせて目はまんまるに見開いている私は、きっと間抜けに見えたことだろう。
「ええー!?美桜ちゃん許嫁いたんだ!さすがお嬢様だねぇ」
「しししし、知らないっ!私聞いてないっ!え…ど、どういうこと?!」
「え?知らないって……美桜ちゃん…ホントに?」
本当にボディーガードが来るとしか聞いていなかったし、今まで婚約者の『こ』の字すら知らなかった。
こんな酷い嘘をつくような人間を我が家が、しかも飛武じぃが私の近くに近づけさせるはずもないけど、どういうことなのか全く理解が追いついて来ない。
夢乃ちゃんも私と川西を交互に見ているので、戸惑っているのだろう。
そんな緊張感のある沈黙を破ったのは意外にも川西だった。
「まぁ、美桜が知らないことは予想してたから気にするな。どうせそう言って育てられた人間は俺以外にも何人もいるだろう。何と言ってもお前は守神家の一人娘だからな?ただ、事実としてこうやってお前の傍に送り込まれたのが俺だけだということ…。ようするに当確になったのが俺だってことなんだろう」
「じゃあボディーガードっていうのは嘘なの?」
「いや、俺は元々自分の護身用にサバットとコマンドサンボをやっている。そこいらの警備の人間なんかよりよほどマシだと思うがな」
つまりなんだ。
ボディーガードで家庭教師で婚約者……つまりって纏めようと思ったけどますますわけが分からなくなってきた。
婚約者になるぐらいだから、川西自身もある程度良い家の御曹司であるはずなのに、警備専門の人間より戦えるっておかしくないかな。
サバットって確か着衣着靴で戦う格闘技だったっけ?本来ステッキも使うって聞いたことはあるけど、見たことはない。
コマンドサンボも良く分からないけど、刃物持った相手の護身術とかだった?
正直御曹司とかがやるような武道ではないと思うのだけど、彼の家ではそれぐらいできるのが当たり前なの?
それに、彼が婚約者だというのが本当だとして、MITに行ってた彼をわざわざ呼び寄せたということは、単に飛武じぃの後継者とかそういう理由だけであるはずがない。
「…じゃ、じゃあどうして今、あなたがここに送り込まれたの?」
「どうやら君の家になにか仕掛けようとしてるのがいるみたいでね、用心のためだろう。飛武さんはどうしたって学校の中まで一緒ってわけにはいかないからな」
「…そういうことか……はぁ…」
ああ、私を襲撃する計画があるということかと納得する。
立場上これまでも何度も誘拐されかかったことはあったけど、それらは全て我が家と飛武じぃによって阻止されてきた。
けれど今はこの学園に身元を隠して通っている。
もしも学園内で襲撃されれば、飛武じぃが間に合わないかもしれないし、他の学生に被害が出るかもしれない。
だから普段からすぐ近くで目を光らせておくということなのだろう……この婚約者が。
「美桜ちゃん、大丈夫?」
「夢乃ちゃーん…私も恋愛したかったぁ…ショック!愛の無い結婚が私を待ってたわ…」
夢乃ちゃんにヒシと抱きついて泣きマネをした。
我が財団の後継だということを考えれば、普通の子のように恋愛結婚ができるとは思っていなかった。
おそらく次期総帥として私が立って補佐できる人物か、あるいは私の配偶者として総帥を任せられるほどの人物と政略結婚するのだろうと理解していた。
でもまさか、本人も知らないうちに婚約者まで決まっているなんて思っていなかった。
しかも私、まだ16歳なんですけど!!
せめて高校卒業までは夢を見たかったなぁという愚痴のような、おふざけ半分、本音半分の軽口だった。
ところが、そんな私の肩をいきなり川西が掴んで強引に振り向かせたのだ。
「おいっ!いま聞き捨てならないことを聞いた気がするが?」
「もう!痛いよ!…聞き捨てならないって何が?」
「誰も愛がない結婚をするなんてことは一言も言ってないだろうっ!」
「…だって、周りが勝手に決めた相手と結婚するんでしょ?断る権利がないなんて、お見合いより酷くない?川西だって、本当はそう思ってるんでしょ?」
「俺は美桜の小さい頃から何度も見てるし、お前と一緒になるつもりでこれまで学んで来たんだ。お前の相手に選ばれるよう、こうして経営学も学び、格闘術も身に付けてきた。それなのに、なんで俺がお前を愛してないと言い切れるんだ」
「だ、だって…政略結婚…なんだよね?川西でうちと釣り合うって言ったら川西財閥の人でしょ?家の利益になるから……私が『守神』で貴方が『川西』だから私の相手に選ばれたかったんじゃないの…?」
「ああ、確かに俺の家はその川西だが、俺は現総帥の甥の3男でほとんど関係ない。8年前、お前をパーティー会場の花壇で見た時からお前は俺の大事な蕾のような存在だと思っている」
私を真っ直ぐに見つめながら、怒りと愛しさが混ざり合ったようなこれまで誰からも向けられたことのない程の熱量の篭った視線と言葉をぶつけられた。
私は自分が傷つくまえに放った自虐の言葉で、彼を傷つけてしまったのだということが、恋愛経験の足りない私でも分かってしまった。
あんなに冷めたような話し方をする川西が、こんな風になるなんて……意外すぎて心臓がバクバクと鳴っている。
「驚いたよ、他の財閥令嬢は皆、宝石が好きな高飛車で可愛げのない女ばかりなのにな。守神家の娘が花壇の花に優しい表情で話しかけてる場面に遭遇したんだからな…。今は蕾でも向日葵のように咲き誇り常に明るく上を向いて歩いていける女だと思った。俺はずっとお前を俺のものにしたいと思って来た…他の男のものになるなど考えられん」
あまりにもストレートな言葉に、私は頬を真っ赤に染めて何も言えなくなってしまった。
夢乃ちゃんは何も言わず、そっと視線を外してくれているのが正直ありがたかった。
もうキャパ一杯な私に手加減する気などないらしい川西は、私の手をスッと握ると手の甲にキスを落として薄く笑った。
「俺はお前に惚れている…もう8年も前からだ。だからお前も俺に惚れさせてみせる…覚悟しておけ」
「―――――し、知らないっ!」
慌てて手を引いて俯いたけれど、ますます頬が熱くなってきっと耳まで赤くなっているだろう。
自分の言うことを言い切ったからなのか、川西は楽しそうに喉の奥で笑っている。
この男、Sっ気あるにちがいない。
手の甲にキスとか何処の欧米人ですか!?
「ほら、さっさと昼飯食わないとランチタイムが終わるぞ?」
「分かってますっ!!」
川西の声にはっとして、私と夢乃ちゃんは広げていたお弁当を慌てて食べ始めた。
せっかくの美味しい夢乃ちゃんのお弁当だったのに、心ここにあらずでぼんやり口だけ動かしているうちに食べ終わってしまったのが悔やまれる。
なんとか食べ終わって教室に戻ろうと立ちあがろうとすると、先に食事を素早く済ませていた川西は何故か私の手をさっと取って立ちあがらせた。
こんな仕草が様になるあたり、やはりこいつも私と同じような育ちなのだと良く分かる。
「美桜、俺も呼び捨てにするから俺のことも名前で呼べ」
「い、いきなり?!今日初めてあったのに?」
「だーかーらー…初めてじゃなくて8年前から何度も会ってると言ってるだろう?お前はやっぱり頭が悪いのか?」
エスコートにしてはガッチリと手を掴まれたまま離してもらえない。
私を馬鹿にするくせに、その表情はなんだか嬉しそうに見えるから振り払うことも出来ず、掌の大きさにドキリとする。
8年前とか、そのころ私はまだ7歳か8歳。
頭は悪くないはずだけど、何故か思い出せない。
「うー…覚えてないもん…」
「俺は覚えている、美桜と違って頭がいいからな?何回何処で会ったかも記憶している。第一、お前はいつも食い物と庭の花ばっかり気にしてたから人の顔を覚えてないだけだろう」
「余計なお世話です!もうっ…川西偉そうよ!」
「川西じゃなくて護久と呼べよ!」
「ふふ、あははは…もう2人とも夫婦漫才みたい!」
ギャイギャイと言い合っていたら、それが可笑しかったらしく夢乃ちゃんがクスクスと笑いだした。
私も川西と顔を見合わせて、無性に可笑しくなって声を上げて笑った。
考えてみたら、夢乃ちゃん以外にこんな風に自分のことを隠さずにいいあえる人なんていなかった。
素性を知られたら万一の時に巻き込んでしまうから。
俺様でムカつくけど、少なくともまあイケメンだし頭もいいし、あんなに真っ直ぐに想ってくれている川西を嫌いにはなれない。
……そう油断していた私が馬鹿だった。
教室に戻った川西は早速私が自分の許嫁だとクラスで公言してしまったのだった。
「ええ!森上の許婚?!マジで!いや、冗談?」
「ふわぁああ?!ちょっと待って!!!川西なんで言っちゃうの!」
「ほらな?まあ、そういうわけだから美桜共々よろしく頼む」
「ぎゃー!川西のバカーーっ!」
「は?誰が馬鹿だと?」
「……スミマセン」
私は焦って止めようとして結局墓穴を掘ってしまった。
冗談だと流せば良かったのに、あれじゃ肯定してるのと同じだった。
悔しくて罵ったらジロリと睨まれて……うん、その目は怖いから勘弁してください。
少なくとも好きな子に見せる目じゃないと思うんですけど。
慌てて口を噤んで、それでも悔しいから怒って腕を叩いてやったけど、ちょっぴり頬が熱いのも見透かされているみたいで悔しい。
これから、毎日が騒がしくなる……そんな予感がした。
友人の設定が細かいのは、別の話のヒロインとして書いている為です。
機会があればアップしますが、あまり気にせず読んで頂けると助かります。
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