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初恋の行方

 母の死から10年、ジェイムスとデヴィッドの兄弟は18歳になった。


 母の死に傷つき自分自身を責めていた8歳のデヴィッドは、成長するにつれ自分が母親の我儘に振り回されていたのだという事に気がついた。女装を続けていても母は病気になったし、女装をやめても母は自分を愛してくれていたはず……。

 そうやって気持ちを切り替えることが出来たのは、家族や周りの愛情があったからこそである。

 

 それでも今もまだデヴィッドは、月の半分くらいはデヴィとして女装で過ごしている。その方が都合が良いことがあるからだった。

 宰相である父や兄アランの仕事の手助けとして街に出かけ情報収集をするときは女装が役に立つ。

 美しい容姿をしていると、大概の人は外見に騙されて口が軽くなる。

 街の人々は色々な情報をデヴィに語ってくれる。それらの情報を活かすのが父であり兄であった。家族の役に立つ事がデヴィッドには嬉しかった。


 公爵家は長兄アランが継ぐ。双子の兄ジェイムスは婚約者エルリーヌの実家ソーンダイク侯爵家に婿入りし、次期侯爵になることが決まっている。

 自分は今、父たちの役に立っているという実感はある。しかし。


「しかし、私の未来はどこにあるんだろうな」

 

 周りの人たちはデヴィッドの意志を尊重して女装を続けることに何も言わないが、デヴィッドにはやりたい事も、為すべき事も未だ見つかってはいなかった。



 デヴィッドは男として街中に繰り出す時は変装をしていた。そのままだと双子のジェイムスと間違われてしまうことがあるからだ。

 出先でうっかり鉢合わせをしないように綿密に打ち合わせをして、髪の色を変え、ジェイムスなら着ないような地味な衣装で出かけた。


 ある時デヴィッドは図書館にいた。

 時折訪れるその場所はデヴィッドの癒しの場所だった。

 たまにワゴンを押した職員がやってくるくらいで、誰にも出会わない。独特の本の匂いがする静かな空間が好きなのだ。


 その日は、数百年前に書かれた近隣国の歴史書を求めて書架の前に立っていた。どこからかカラカラと小さな音が聞こえ、カタンと止まった。

 こっそりと書架の隙間から覗いてみると、よいしょと小さな掛け声で梯子を登る職員の姿が見えた。ワゴンの娘だな、とデヴィッドは思った。


 ワゴンを押して進むその娘をデヴィッドは何度か見かけた事があった。

 若い娘だというのにひっつめ髪にメガネをかけて、一心不乱に本を運びそして収納していく。その手際の良さに感心した。

 しかし、わざと目立たぬような姿にしているのか?あの黒髪は手入れをすれば艶やかになるし、あの娘のスタイルはなかなかのものだ。女装歴の長いデヴィッドは、図書館の娘が磨けば光ることに気がついていた。そして娘に似合いそうなドレスを頭の中で空想してしまう。


(あの娘ならふわふわした甘いドレスより、すっきりと身体の線を活かす方が似合うだろう。髪には真珠が良いな)


 デヴィッドが女装をやめない理由のひとつは、美しい布や装飾品が好きなことでもある。

 亡き母の薫陶で、幼い頃から美しい物に対する審美眼を磨かれたことは嬉しい誤算だった。


(ためらいもなく梯子に上るなんて、危なくはないのか。それとも平民だから平気なのか?)


 何気なく観察している自分に気がついて苦笑いしていたその時、娘が梯子の上でバランスを崩したのが見えたので慌てて走り寄って、落ちかけた娘を抱き止めた。


「あ、ありがとうございます」

 娘は震えていたが怪我はないようでホッとする。

「怪我がなくて良かった。では……」

 そう言ってすぐに離れたが、近くで見た娘はメガネがずれていたので、彼女のその藍色の瞳をしっかり見てしまった。


(美しい娘だったな)


 それ以来、図書館で目が合うと娘は会釈してくるようになった。デヴィッドもまた無意識に娘の姿を探すようになった。その娘が、ロックフィールド公爵家を知っていて、助けてくれたのは何かの理由があって変装していたジェイムスだと思っていることを、デヴィッドは知らなかった。   



 デヴィッドは誰かに振り向いて貰いたいと思ったことは無かったが、図書館のワゴンの娘だけには自分に気がついて欲しい、自分を見てほしいと思うようになった。

 それが恋だと自覚したデヴィッドは、護衛騎士のクリフに、ワゴンの娘のことを密かに調べさせた。


「マリアンナ・オディール嬢というのか」


 その名をつぶやくと胸が苦しくなった。そうか、平民ではなく貴族なのか。


「はい。実家の領地が不作で借金を重ねているため、仕送りを捻出するために働いているようです」


 何の手助けもしてやれない、力の無い自分が恨めしい。

「貴族学院に奨学生として通っており、現在は寮で生活し、放課後のみ図書館で仕事をしています。学院から苦学生への斡旋で仕事を紹介してもらったようです」


「そうか。領地の不作が続くとはなんと不運な。オディール家は国の支援を受けてはいないのだろうか」

「それはわかりかねますが、先日そのオディール子爵が、閣下に面会を求めたそうですよ」

「なんだって!」


 デヴィッドがマリアンナの窮状を知った頃には事態は動き始めていたのである。

 父を問い詰め、オディール子爵を支援すると聞いたデヴィッドのデヴィッドの行動は素早かった。

 こんな幸運を逃してはならないのである。あの娘を堂々と助けてやれるじゃないか。


 デヴィッドは父に初めて願い事をした。借金を一旦肩代わりしてやって、マリアンナを我が家で保護して欲しいと頼んだのだ。



 その後、無事にマリアンナがロックフィールド家で生活をすることになり、デヴィッドは有頂天だった。

 本当はデヴィッド・ロックフィールドとして向き合いたいのに、より親密になりたいと策を弄して、女性であるデヴィとして接する事にしたのだ。


 それには兄やジェイムスの入れ知恵があって、

「デヴィの友達としてなら、同性だと思って手に触れたりしてもマリアンナ嬢は油断するんじゃないか?」などという冗談を鵜呑みにしてしまったのと、女性である方がマリアンナに警戒されないと思ったからだ。


 ロックフィールド家では、学院に通わず女装もやめないデヴィッドの、初めての我儘、初めての恋を応援する作戦が立てられた。

 父にとっても淡い初恋を抱いた女性の娘であり、その父親とは元同級生でもある。

 ましてや事情を聞くと、高利貸しに無理な返済を迫られて、本当に困っている様子。オディール子爵の有能さはサイラスは良く知っていたので、引き上げてやることに異存はない。


 そして父も兄もデヴィッドの幸せの為になんとかしてやりたいと考えた。

 幼い頃は母親の願いを聞いて女装して過ごし、母を失った後は人形のようになって心を閉ざしていたデヴィッドを、見守りゆっくりとその心を解してきた一家なのだ。

 みんながデヴィッドが幸せになる事を願っていたので、彼の初恋の行方を温かく見守ることにした。






説明回でした。


2025/2 改稿



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