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サイラスの後悔

 それは18年前のこと。ロックフィールド公爵家に大層美しい双子が生まれた。当主サイラスは双子に対面して呟いた。

「2人とも男だったか」

 

 公爵家当主のサイラスの妻ダイアナは嫡男アランを出産した後体調を崩していたが、どうしても娘が欲しいと願いようやく5年後に次の子を持つ事ができた。

 そして難産の結果生まれてきたのは、双子の男児だった。


 ダイアナは母親との間に確執があり、不幸な少女時代を過ごしたので、娘が生まれたら甘やかして可愛がって着飾ってとことん幸せにするのだ、と常々語っていた。

 それもあって公爵家の人々は女の子が生まれる事を待ち望んでいたのだ。

 しかし、双子の出産は思いの外身体に負担をかけてしまい、ダイアナは次の子を望めなくなってしまった。


 それでもダイアナは諦めなかった。

 双子たちが1歳を過ぎる頃から、弟デヴィッドに女の子の格好をさせるようになったのだ。


 双子は愛らしい顔立ちで女の子といっても通じたので、髪を可愛らしくまとめて女の子の衣装を纏わせて、女の子らしい立ち居振る舞いをさせた。


 ロックフィールド家の者たちは、きっと奥様は出産後体調が優れないので、きっと一時の気の迷いだろうに違いないからと、奥様の気晴らしに付き合うことにした。使用人達が夫人を慕う優しさに絆されたサイラスは、そのうち現実に目を向けるだろうと軽く考えて、妻の我儘を容認することにした。


 

 サイラスとダイアナは政略結婚だ。

 輝く美貌を持った若き公爵と、家柄は良いが平凡で地味な自分とでは釣り合わないとダイアナは常々思っていた。

 実際のところダイアナは美しい女性なのだが、何かにつけてダイアナをこき下ろし非難する実母からの心無い言葉で、自分に自信が持てなくなってしまった。

 そんなダイアナにサイラスは情熱的とは言えないが堅実な愛情をもって接し、頑なに固まっていた彼女の心を解したのだった。

 そのままの君でいいのだ、誰かと張り合ったり無理をする必要などないから、少しずつ自分を愛してくれれば良いとサイラスに言われて、ダイアナは涙したものだ。


 そうやって結ばれたふたりだったので、娘を持つ事が出来なくて落ち込んでいるダイアナの気持ちを思いやると、男の子でも良いではないかと迂闊に言えないのだった。

 ゆっくりと心も身体も癒やしていけば良い、どうしても娘が欲しいのなら、親戚から養女を貰えば良いと、サイラスは呑気に構えていた。


 そしてデヴィッドは幼いながらも、母が喜ぶのならと女の子の格好を受け入れた。

「母さまが喜んでくれるから」と言う健気な三男の言葉に、父親として申し訳ない気持ちもあったが、サイラスは息子の優しさを嬉しく思った。

 それでも兄やジェイムスと遊ぶ時には、自然と男の子の姿に戻ってしまう。それを見かけるたびに、母親が悲しそうな顔をするのが、デヴィッドは辛かった。


「母さま、デヴィは男の子なの?女の子なの?」デヴィッドは母に尋ねてみたことがあった。

「デヴィは、母さまの大切な子どもよ」

「どうしてデヴィだけ女の子の服を着るの?」

「それはあなたがデヴィだからよ」


 そんなやり取りを耳にしたサイラスは、このままではいけないと決心して、デヴィッドをきちんと男の子に戻すことに決めた。


 そんな矢先にダイアナに病が見つかって、余生があまり長くはないことがわかった。 


 ダイアナは3人の子どもたちを常に側に置きたがった。

 とりわけ女の子の格好をしたデヴィッドに、叶わなかった自分の夢を語るようになった。


「母さまはね、可愛らしいデヴィと一緒にお買い物をしたり、舞踏会に出るデヴィのドレスを選んだりしてあげたいの。

 ああそうよ、舞踏会で素敵な男性にエスコートされてお姫様みたいな夢の様に素敵な時間を過ごして欲しいの。

 母さまにはその夢が叶わなかったの。だからデヴィは母さまの夢を叶えてくれるお姫様なのよ」


 穏やかな愛情でもって妻を慈しんできたサイラスにとって、その言葉は心に小さな漣を引き起こした。

 妻は自分の愛情を信じていなかったのか?と思った。しかし、サイラスは妻に、その言葉の真意を最後まで尋ねることが出来なかった。


 一方、母の病に心を痛めたデヴィッドは、5歳のある日家族の前で宣言した。

「母さまが喜ぶのなら僕は女の子になる」


 その日からデヴィッドはデヴィになって、普段から女の子として振る舞うようになった。

 兄弟と過ごす時も両親と過ごす時も、使用人たちの前でも、お嬢様として振る舞うようになった。

 家族はそんなデヴィの決意を無駄にしないために、彼を守ることにした。ロックフィールド家の双子の「妹」は身体が弱く、屋敷に引きこもっているという事にして、外に出さないと決めた。


 デヴィには家庭教師がついて、勉強と共に女性としての振る舞いを教えられる事になった。

 デヴィになったデヴィッドは病弱という設定で、8歳の時に母が亡くなるまで、公爵邸からほとんど出ることなく過ごした。


 母親が身罷った時、父サイラスは

「デヴィッド、もう女の子の格好をしたり、女の子の言葉を話さなくてもいいのだよ。

 君が望むならジェイムスと一緒に剣の稽古を始めたら良い。男の子に戻ったからと言って、天上の母上は決して悲しんだりしない。デヴィッドが健やかに育つことがダイアナの望みなのだからね」と言って、デヴィッドに本来の姿に戻るようにと男の子に戻るように伝えた。

 勿論、息子の意思は尊重したいが、このままで良いわけではない。


 しかしデヴィッドは母の死に深く傷つき、自分が本当の女の子じゃないからお母様は逝ってしまった、と落ち込んでしまった。

 

 妻の望みを叶えたいと思ったばかりに、幼い息子に対して、男でありながら女になることを強いてしまった愚かな父親。

 まだ小さな子どもが母の死を自分のせいだと思い込み慟哭する姿に、大切な息子の心を傷つけてしまった後悔にサイラスは打ちのめされたのだった。





読んでいただいてありがとうございます。


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