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その扉の向こうでは

 マリアンナが通う王立学院は、15歳から18歳の若者に貴族平民に関わりなく広く門戸を開いていた。

 有力な高位貴族たちは学生時代に見聞を広めたり、あるいは婚約者を見つけるためであったり、どちらかというと学業より交流をもとめて入学する生徒が多い。

 一方、平民やマリアンナのような下位貴族の一部は、良い就職先を見つけるという目的を持って入学する者も多かった。


 マリアンナは領地の不作で困窮生活に陥った時に、すでに合格していた学院への入学を諦めていたが、試験の結果がトップクラスだったので、奨学生として受け入れてもらえることになった。

 卒業までの4年間を常に学年5位以内を維持していれば、学費も寮費も免除されるという嬉しい仕組みだ。

 ただしプライベートに使えるお金は自分で何とかせねばならないから、マリアンナは放課後に王立図書館で簡単な仕事を請け負って生活費を捻出していた。困窮する学生のために、学院は仕事も斡旋してくれるのである。

 退学したあとも図書館で仕事が出来ないかしら、とマリアンナは考えていた。学院長に相談するのはその事だ。


 まだ学生なので、仕事内容は返却された本を書架に戻すという単純作業だったが、本の匂いや図書館の静けさに癒されていた。


(それにたまにいらっしゃるあの方をもうお見かけすることもなくなるのよね)

と、少しだけ寂しい気持ちにもなった。


 そのあの方が今、マリアンナの目の前にいる。



 時は少し遡る。

 学院長室には学院長の他に図書館で見かけるあの方、すなわちジェイムス・ロックフィールド公爵子息がいた。


 彼はマリアンナよりひとつ歳上の18歳。学院では知らぬ人のいない超有名人である。頭脳明晰なうえ剣術にも優れており、まさに文武両道。なおかつ見惚れるほどの美貌の持ち主である。銀の雨のような髪に、紫色の瞳をした、誰もが憧れる学院の王子様である。実際王家とは親戚関係にあって、この国の王子達と従兄弟になる。つまり王位継承権も持ち合わせているのである。

 

 そんな学院の王子様がこの場にいて、マリアンナが状況を説明している間、何故か学院長とともに話を聞いていたのだった。


 初めは一家の恥を晒すことに戸惑いがあったマリアンナだったが、爵位を返上して平民になったら一生関わることのない人なのだからと開き直って、実家の借金の現状と、爵位を返上することや、ついでに望まぬ婚約を押し付けられそうになっていることを、思わず話してしまったのだった。


 黙って聞いていた学院長だったが、

「それなら、ロックフィールド公爵家がオディール嬢の力になれるかもしれない。ジェイムス君から話をして差し上げなさい」と言った。


「ではわたしの話を聞いていただけますか、オディール子爵令嬢?」


 ジェイムスは美しい顔に少しだけ笑みを浮かべて、マリアンナと向き合った。


 

 それはマリアンナにとっては大変ありがたく夢のような話だった。実家が困窮状態でなければ、何か裏があって騙されていると疑ってかかってもおかしくない話であった。


 それは、オディール子爵家の借金をロックフィールド公爵家が肩代わりする代わりに、ジェイムスの双子の妹の話し相手として、公爵家に滞在して欲しいという提案である。


 現在この国の宰相はサイラス・ロックフィールド公爵で、その人こそマリアンナの父と義弟が面会した相手であり、ジェイムスの父親であった。



 ジェイムスは、父サイラスから一学年下に在籍中のオディール子爵令嬢の実家の窮状と救済計画を聞かされていた。

 実はジェイムスの父とマリアンナの父は学院で同級生だったので、宰相はオディール子爵の真面目で堅実な人柄を熟知していた。


 子爵父子が相談にやってきた時にサイラス・ロックフィールド公爵は閃いた。オディール子爵一家は役に立つ、と。

 駒として利用するというより、その才能を国のために使えないかと考えたのだ。

 オディール子爵は性格が穏やかで野心など持ち合わせていなかったので、決して目立つ存在ではなかったが、その頭脳の優秀さは広く知られていた。マリアンナが奨学生でいられるのは、父親譲りだと言っても過言ではない。

 しかもマリアンナは領地の窮状のために、学院を退学する決心をしている。我が身を犠牲にする気高さに感心したし、彼女の学院の成績は優秀であると聞く。


 何よりもマリアンナの亡き母アンジェラは、ロックフィールド公爵の初恋の人だったという裏事情もあって、普段は個人的な感情に振り回されることのない切れ者の宰相は、初恋の人の忘れがたみとその家族を救ってやらねばと考えたのであった。


 父から話を聞いたジェイムスは、自分の方からマリアンナへ接触しようとして、学院長に面会の場を儲けて欲しいと相談に来たところ、実にタイミング良く当の本人がやってきた。


「つまり、ロックフィールド公爵家のご息女のデヴィ様の、お話相手としてのお仕事をいただけるという事でしょうか」


「そうなりますね。ご実家の借金に関してはゴードン男爵に一括で返済します。オディール子爵からはロックフィールド家に対して返済していただくことになりますが、もちろん領地からの収益が安定するまで猶予を設けますし、利息もいただきません。マリアンナ嬢は卒業まで学院に通ってください。

 ただ寮からは出ていただき、我が家に住んでもらうことになります。

 デヴィは病弱なため学院へは通えなかったので友人がおりません。そこでマリアンナ嬢にはデヴィの友人になっていただきたいのです」


「公爵家のご令嬢のご友人に子爵の娘であるわたしが務まるとは思えませんが」

「妹は引き篭もりで世間知らずなのです。爵位で友人を選んでも、ご令嬢方とは話が合わないのではないかと。

 オディール嬢が見聞きしている普通の生活というものに憧れているので、貴女は適任なのですよ」

 マリアンナは恐れ多くて恐縮していたが、どうやら学院を辞めなくて済みそそうだと素直に喜んだ。


「そうそう、ゴードン男爵家子息との婚約話も握りつぶしました。貴女のような才能のある方に彼は釣り合いませんから。おっとこれは口が滑ったかな」


 そう言って笑うジェイムスの美しさに目が眩む。それは何より嬉しい。


「至らぬ点も多いと思いますが、誠心誠意お嬢様にお仕えいたします」と頭を下げたマリアンナだった。


「世話係ではなくて話し相手だから、そんなに畏まる必要はありませんよ」

 少し困ったようにジェイムスが言った


「何はともあれオディール嬢が卒業まで学院で過ごせることを心から歓迎しますよ」と学院長が締めくくった。



お読みいただきありがとうございます。


2025/1 語尾など微修正入れました。

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