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4話

目の前に武摂がいる。

武摂は私が神であることを知らない。


許されるならば、今すぐに私が武昌であると名乗りたい。

抱きしめて、感謝と謝罪を伝えたい。


しかし、それは先程会った神から固く禁じてられている。


武摂と再開してから、異世界転生の承諾を得るまでに何度も感情が溢れそうになった。

今でも、少し気を緩めたら涙がこぼれそうだ。


「狭間」では時の流れが存在しない。時間という概念も存在しない。


武摂に「時間がない」と伝えたのは口から出たでまかせだ。


早くことを済ませなければ、自分の正体がバレて、神との約束が破談になってしまうとの判断だ。


涙と鼻水を流し続ける武摂に最後の確認を行う。


「何か望みはないか」


「最後に武昌様に会わせてください」


「そうじゃない。異世界に転生する上での望みだ。こういう世界に行きたい。こんな道具がほしい。そういう望みだ。加護として特別な能力をその身に宿すことも可能だ」


異世界の候補こそ絞られているが、ある程度の融通をすることは可能だ。


「要りません。武昌様に会わせてください。伝えなくてはいけないことがあるのです」


武摂はくしゃくしゃになった顔で懇願する。


本当に困ったやつだ。

でも、武摂がこう言うことは聞く前からわかっていた。体の芯が熱くなる。


「その頼みを聞き入れれば、武昌の神化も破談となる」


武摂はハッとした表情を一瞬浮かべた後、うつむいた。


「申し訳ございませんでした」


武摂は謝罪の言葉とともに、深く土下座をした。


「伝言なら聞き入れよう。責任を持って武昌に伝えよう」


武昌は頭を上げて、深呼吸した後、私への言葉を述べた。


「貴方への感謝、忠義は一生涯薄れることはございません。放火により、家族と家を失ったとき、私は元服前の8歳。親族もおらず、甲斐家は途絶えるところでありました。武昌様が後見人となり、甲斐家を城主預かりとして頂いたからこそ、御家を継ぎこれまでの人生を生きることができました」


武摂はひと息をついて、言葉をつなぐ。


「貴方を守れず申し訳ございません。民を守れず申し訳ございません。恩を返せず申し訳ございません」


止まりかけた武摂の涙と鼻水が再び顔を伝う。


「貴方は生前の行いを悔やむでしょう。だが、それは大きな間違いです。あなたの優しさを、武力に頼らない信念を、日本国の民のために奮うことを心からお願い申し上げます」


大馬鹿だな。こいつは。

主君の気持ちを何も知らない。


私も部下の気持ちを知らなかったが。。


「しかと聞いた。もう良いか?」


「はい。他に望みはありません」


「こちらとしても、何も恩恵を授けずに旅立たすわけにはいかんのでな。異なる言語を聞き分け、話す能力を与えよう。良いか?」


「多大な心遣い感謝します。」


武摂が自分に対し、望まないのはわかっていた。だから、恩恵については事前に神に交渉済みだった。


一つは、伝えた通りの会話能力。

長さなどの単位の概念も無意識に順応する優れ物だ。これに武摂の武が加われば生きていくに困ることはないだろう。




そして、良い女子(おなご)との出会い。

剣一筋で生きた武摂に嫁にいない。

今思えば、剣で忠義を尽くすことがこの男にとって最優先事項で御家の継承は二の次だったのかもしれない。


女を知らないのは私のせいだ。

異世界ではどうか、恋をして妻子を持ってほしい。


武摂は悪い女に騙されそうだから念入りに神にお願いしておいた。

それが、どう武摂に今後に影響するかはわからないが神はしっかりと頷いた。約束を破ることはないだろう。


頭の中で、武摂の転生を念じる。


空と草原は白く光り、遠くの方からゆっくりと消えていく。


この時間を終わりを悟ったのか、武摂が素早く立ち上がる。


そして、脇差しを抜き、自らの丁髷(ちょんまげ)を切り落とした。


頭部があらわになり、みっともない散切り頭となった武摂は髷を差し出す。


「武士としての人生は終わりました。武昌様にお渡しください」


晴れ晴れとした顔だった。


「預かろう。それと武昌から伝言だ」


「『腹を冷やすな』とのことだ」


「はははっ」


武摂は楽しそうに声を上げた。


空と草原は完全に消え、武摂の体も光となって消えた。



8歳で親を無くしてから、武摂が元服を迎えるまでは、城で預かり寝食をともにし、我が子のように接した。


大人になった武摂がよく腹を壊すのは、腹を出して寝るクセのある私のせいだと、よく老兵にからかわれたものだ。

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