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1話

敵が勝鬨をあげている。


九州・日向国(ひゅうがのくに)の辺境に位置する長谷城が敵の手に落ちたことを意味していた。


先の戦で疲弊していた中での連戦、軍勢も劣り、元々敗戦は濃厚だった。


城主・樺島武昌(かばしまたけまさ)様はもう逝ったのだろうか。

恩のある主の最期に立ち会えなかったことは無念でしかない。


驕りではなく、軍内では俺が一番強いだろう。だからこそ、側近の兵として守らせてほしいと武昌様に直訴した。


ただ、その願いは受け入れなかった。


側近は最後の砦。城主が負けることは側近の死に等しい。


武昌様は、将来のある若い武士を側近、そして、城付きの守護兵に充てることをとにかく嫌がった。


自分亡き後も、この地に居座り、民の平穏のために尽くすことを切望していたからだ。


武昌様には戦の才がない。

しかし、治水や政治に方面に優れ、国を豊かにする能力に長けていた。

また、飢饉などの災害時は城の財源を惜しむことなく民の救済に尽力するなど、民を愛し、民に愛された優しい人だった。


そんな主が大好きだった。


側でお守りできないなら自分が大将首を取り戦を終わらせればいい。その覚悟で兵数200の小隊を率いた。


3日にわたる合戦を終えた今も、小隊は自分を含め、ほとんど被害がない。

敵の小隊は5つほど撃破した。

だが、幹部級の首を取るには至らなかった。


完全な不完全燃焼だ。


「滝切りの武摂(たけせつ)」と恐れられた剛剣も、何を成すこともできなかった。


武昌様の意向に反しても、近くにいるべきだったのか。

もっと違う戦いが展開できたのではないか。

後悔だけが募り、この状況に抗う気力は無くなりかけていた。


勝鬨が、敵軍に広がるにつれ、多くの自軍兵士は納刀し、自陣営へと引き返す。


それに従い、俺も剣を納め、自軍のもとへと引き返す。


副隊長の佐藤摂正(さとうせつまさ)はよほど悔しいのだろうか、納刀した鞘から手が離せないでいる。


「生きて、主に償おう」


俺は摂正の震える手を持ち諭した。


引き返す最中、長谷城城下町の美しい光景が目に入る。青い海、黄金に光る稲穂、色づき始めた森林が共存する町を命ある限り守ろうと心に誓った。

この先、誰に仕えようとも武昌様の信念を引き継ごうと。




ガッ




背後で音がして間もなく息が苦しい。

そして、激しい痛みが襲う。


喉に当てた手が赤く染まる。


どうやら鉄砲で喉を撃ち抜かれたらしい。


膝を付き、喉を両手で抑え、自分の体を静止するように苦しみを堪えた。


本当であれば、地面をのたうち回り、痛みを和らげたい。

助けてくれと叫びたい。


ただ、その姿を武昌様に見せたくなかった。学がなく、家柄も高くない俺を支えてくれた配下の者たちに醜態を見せたくなかった。


慕われたまま、逝きたい。

それだけを考えていた。


「滝切り、とったりー!!」


敵兵の名乗りが聞こえる。



「武摂様、武摂様!!」


配下数十名が俺に近づき、必死に俺の名を呼ぶ。


もう声が出せない。

痛みも薄れ、呼吸が満足にできない苦しさのみが残る。


朦朧とする意識の中、俺は配下の者たちに精一杯の笑みを浮かべた。


「畜生がー!!それでも武士(もののふ)かー!」


摂正が、抜刀し怒号を飛ばす。


名乗りをあげた敵兵に向かって走り出す摂正の後を他の配下が追う。


泣くように叫びながら。


俺の元に残った数名も同じように泣いている。


「ははっ。」


とても、幸せな光景だったが、

いい年した男たちが情けない顔で泣いている姿が滑稽で、少し笑ってしまった。


甲斐武摂。

この世での32年の生涯を終える。

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