2、NはSを怒らせた?
二話目です。
「映画、楽しみだね」
また、たまたま杉村君と一緒に帰ることになった金曜日。自惚れかもしれないが、そう言う杉村君が嬉しそうに見える。私の願望が私の視界に表れている可能性もあるので、ただの幻覚かもしれないが。
ともかく私と杉村君は、明後日の日曜日には、映画館前で待ち合わせて一緒に映画を観る。
今日の杉村君の手には、雑誌が広げられている。見開きのページには、今月公開される映画の特集記事が並んでいた。
「今回のゲストもすごい豪華だね」
言いながら、杉村君は私の方に記事を傾けて見せてくれる。その特集の中には、もちろん『ファンタスティック』についても掲載されていて、人気シリーズ最新作だけに、記事は特にでかでかと掲載されていた。
メインキャストの松本ショウヘイと森ミサキが大きく真ん中に並び立ち、その脇にレギュラーのサブキャスト他、ゲスト出演する俳優やアイドルの写真が飾るように配置されている。
杉村君が言うように、今回の映画のゲストは非常に豪華だ。売り出し中の若手俳優に、人気アイドルグループのセンター、昨年漫才コンテストで優勝した芸人。
中でも売り出し中の若手俳優・青樹コウタは、高身長でワイルドな雰囲気の美形で、爽やかな好青年から極悪非道の外道な役までこなす実力派だ。ドラマやCMなど、最近はテレビでは見ない日が無いほどの人気ぶりだ。
「この人、よく見る」
青樹コウタの写真を指さして、思い切ってそう切り出してみた。
そこまでおしゃべりが得意ではない私は、杉村君との会話を、基本的に杉村君の豊かな話題と会話力に甘えてしまうことが多い。
だが、この映画についてはお互い好きなシリーズなので、共通の話題として自信を持って自分から話しかけることができる。
しかもこの青樹コウタについては、尚更自信をもって杉村君に話題をふることができる。少々ズルいことなのかもしれないが、そこまで会話力の無い私は、会話に利用できるべきものはなんでも利用するしかない。
「戦隊ヒーローでデビューしたんだよね。アクションもできるから、映画でもどんな役なのか楽しみだね」
自分は勇気を出して、青樹コウタに関する情報と私見を述べた。罪悪感で若干早口になってしまったのが悲しいが、これでも頑張ったのでどうか見逃してほしい。
しかし、杉村君はあまり興味が無さそうに「そうだっけ」と返しただけで、口を噤んでしまった。
あ、あれ……?
「す、すごいよね!」
笑顔で頑張ってもう一声出してみるも、杉村君は「だねー」と返しただけで、視線はこちらに向けてくれない。
あれ? あれ? おかしいぞ。こんなはずでは。
私が不安に追い立てられ、しょぼしょぼと話が終わると、数秒、気まずい沈黙が落ちた。
私が冷や汗を感じながら俯きそうになっていると
「中田は、青樹コウタみたいな人が好きなの?」
口を尖らせた杉村君が、ぽつりと聞いてきた。
「スキナノ……?」
思わずオウム返ししてしまったが、私はその意味をうまく飲み込めなかった。杉村君の口調が、いつもの雑談の中の質問の調子ではなかったからだ。
私がきょとんとしているうちに、杉村君は「まあ、かっこいいよね」と苦笑しながら呟いて、ペラペラと映画の紹介ページを捲ってしまった。
突然不機嫌(?)になってしまったらしい様子の杉村君に、私は非常に狼狽えた。
違う。おかしい。こんなはずでは。
こんなにも私が取り乱しているのには、理由がある。
先月のテスト期間の時の話だ。
朝、駅を出ると、少し前を友達数人と歩く杉村君がいた。他にも学校に向かう生徒は大勢いて、急ぐ理由がある生徒以外は、なんとなく同じ歩速で流れていく。私と杉村くんのグループもそうだった。
「あ~あ、テスト早く終わんないかなぁ」
グループの一人の女子、同じクラスの村田ミキさんが呟いた。
「終わったら何やる? パーッとカラオケとか行く?」
その隣を歩いている男子が提案すると、杉村君を含む他の子たちが「いいね」「行きたい!」と同意を示した。
しかし、村田さんは「私はパス」と答えた。
「え、なんで? なんか予定あんの?」
「青樹コウタのドラマ見る。今テスト勉強で全然見れないから、ひたすら録り貯めてんの」
「ミキは本っ当好きだよね~~青樹コウタ。好き過ぎて初主演の戦隊ものも全部見たんでしょ?」
「見てみると戦隊ものも案外面白いんだって! なにより戦う青樹コウタがカッコいい。とにかくカッコいい。ねえ、リトもそう思うでしょ?」
村田さんは、杉村君の腕を柔らかく触って、そう問いかけた。綺麗に磨かれた形の良い美しい爪が印象的で、思わず見惚れた。
杉村君は笑って頷いて「そうだね」と返した。
「俺も戦隊ヒーローの頃から見てたけど、アクションがキレッキレで本当にカッコいいよね。なんか小さい頃から空手とかやってて、全国大会にも行ったことあるらしいよ」
「え、そうなの? ヤバい、私それチェックしてない」
そのまま杉村君と村田さんは、青樹コウタについて楽しそうに語り合っていた。
村田さんと杉村君は、青樹コウタが好きなんだなぁ。
私は少し後ろを歩きながら、ぼんやりと私の頭の中にそんな情報を蓄えた。
今こそその貯蓄を使うべき時だと思ったのに……!
何を間違ってしまったんだろう……と落ち込んでいると、なんとなくつまらなそうに雑誌をめくっていた杉村君が「それで」と切り出し
「本当に、青樹コウタみたいなのがタイプなの?」
と、また青樹コウタの話題を振ってきた。視線は雑誌に落としたまま、やっぱり機嫌はあまり良くないようだ。
だが、少々投げやりな口調ではあったが、そんな杉村君に私は感動していた。
著しく機嫌を害してしまったらしい私に、杉村君はこうしてまだ話題を振ってくれた。内向的な私には、不愉快にさせられた相手にそんな気を使えるような度量もスキルも勇気も無い。情けないけども無い。話しかけられたなら無視こそしないが、自分から話しかけようなんてことはできない。社交的な人はさすがだ。本当にすごい。
そんな杉村君に応えるべく、私は青樹コウタがタイプかどうかについて考えてみた。
「確かに、アクション出来る俳優さんとか女優さんの方が好きかも」
「俳優さん? 女優さん?」
杉村君が眉を捩じってこちらを見た。私は頷いた。
「私運動って苦手だし、強い女の人ってなんかすごい憧れちゃって……それこそ『ファンタスティック』の森ミサキとか、アクションすごいカッコいいから、好き」
なんとかそう答えると、杉村君はパッと顔を明るくした。
「そっか! 中田は『アクションが出来る俳優さん』とか『女優さん』が好きなんだね」
急に機嫌がコロリと変わった様子の杉村君に少し驚く。驚いたが、機嫌が治ったなら何よりだ。
せっかく気遣って私と帰ってくれているのに、嫌な思いをさせたままなのは申し訳ない。何より明後日も気まずい。苛立たせてしまった相手とふたりきりで映画を観るなんて、そんな地獄みたいなこと、社交的じゃない私にはとても耐えられない。
「他に好きな俳優さんとか女優さんっているの?」
杉村君はその後も何事もなかったように、笑顔で話しかけてくれた。それからは楽しい会話が続き、駅で別れる時には
「日曜日、楽しみにしてるから」
と杉村君は笑顔で手を振って去っていった。心から機嫌が直ったようで、本当によかった。
それにしても、どうして杉村君は急に不機嫌になったんだろうか。
電車を待ちながら、考える。日曜日はこういう失敗をしないように、反省点があるなら心得ておきたい。
私が青樹コウタの話を頑張った結果、杉村君は機嫌が悪くなってしまった。それはなぜか。
可能性その一。実は杉村君は青樹コウタが嫌いで、話題になるのも嫌。
否、それにしては、村田さんとかなりマニアックな情報でも盛り上がっていたし、嫌いということは無いだろう。
可能性その二。逆に、青樹コウタの大ファン。同担拒否なタイプ。
否、それなら村田さんにも同じような対応だったろうし、熱心に話しこんだりしないだろう。
村田さんはOKで、私がダメだった理由……。
そこまで考えて、私はようやくピンときた。
杉村君は、やっぱり青樹コウタのファンなんだろう。ただし、同担拒否のタイプではない。だから、好き度が同じくらいの村田さんはOKだったが、めちゃくちゃニワカ臭かった私は許せなかったのだ。
その気持ちはわからなくはない。自分の大好きなものを中途半端に知ったかぶりされると、カチンと来たりするものだ。
なるほど、と納得した私は、すっきりした気持ちでやってきた電車に乗り込んだ。
自分が詳しくない話題を無理矢理振るのは止めた方がいい、という結論を頭の中にきちんと書き留め、日曜日に挑むことにした。
読んで頂きありがとうございます!
続きます。