プロローグ Nは映画に誘われた
初めて投稿します。
よろしくお願いします。
放課後、図書室の受付業務を終えて校舎を出ると、昇降口の方から「中田」と名前を呼ばれた。
振り向くと、同じクラスの杉村ノリト君が、手早く靴を履き替えて校舎を出てきた。部活終わりらしくジャージ姿で、肩には大きなスポーツバックがかかっていた。
「中田、今帰るとこ? 駅まで一緒に行こうよ」
私が頷くと、杉村君は「よかった」と微笑い、駅の方へ並んで歩きだした。
私と杉村君は、時々こうして一緒に帰る。
約束をしているわけではない。たまたま帰宅時間が重なると、利用する駅が同じ私に杉村君は声をかけてくれ、一緒に駅に向かう。
杉村君は、そういう人だ。
色味の明るいくせ毛に、少し垂れがちな大きな目が愛らしい、笑顔が爽やかな人気者。明るく社交的で、学年も男女も問わず友人が多く、クラスでも彼の周りはいつも賑やかで、楽しそうな笑い声が聞こえてくることが多い。当たり前のように色んな学年の女子からモテるが、現在彼女はいないらしい。
対する私は、二つに結んだだけの黒い髪にぼんやりした顔、自他共に認める地味で内向的な女子で、クラスにいてもいなくても全く困らない存在。いじめられない程度の社交性はあるものの、賑やかに過ごすグループに混じるだけのスキルは無く、クラスでの友達は気の合う女子二人のみ。当たり前のように、彼氏なんていない。
そんな私にすら、社交的な杉村君はよく声をかけてくれる。偶然が重なった時とはいえ、こうして一緒に帰ることも結構多いような気がする。
ただ、「じゃあ、杉村君とは友達なの?」と聞かれると、よくわからない。
私のような内向的な人間からすれば、杉村君とは十分「友達です」と思えるほど時間を共有し、異性としてはダントツで心置きなく接することが出来る相手だ。
でも、杉村君のような社交的な人間からすると、私程度の関りはクラスメイトとしての普通の対応で、「友達」と呼べるようなレベルには達してないのかもしれない。
私は社交的じゃないので杉村君が本当はどう思っているのかわからないが、そう思われていても仕方ない程度の関係性ではある。
杉村君も友達だと思ってくれていたら嬉しいんだけどな。
楽しそうに今日の部活動での話をしてくれる杉村君を見つめながら、そんなことを思った。
「あのさ」
駅で別々のホームへ別れる寸前、杉村君が突然立ち止まった。不思議に思いながら彼を見ると、肩にかけていたバックの中をごそごそと漁った。
「中田、これなんだけど」
そう言ってさし出されたのは、2枚のチケットだった。もうすぐ公開される人気映画『ファンタスティック』シリーズ最新作の前売り券。
『ファンタスティック』は原作の小説が面白くて好きで、私は映画も最初から前シリーズまでしっかり鑑賞済み。もちろんこのチケットの最新作も、映画館に見に行くつもりでいた。
「あ、それ」
つい反応してしまうと、杉村君は笑って言葉を続けた。
「前に、このシリーズ好きだって言ってたでしょ? チケットあるから、一緒に観に行こうよ。今週日曜日とかどう?」
急なお誘いに驚いてただ目を瞬かせていると、杉村君は不安そうに少し眉を寄せた。
「もしかして、予定あった……?」
「あ、ううん。予定はないけど」
私が首を横に振って否定すると、杉村君はパッと顔を明るくした。
「よかった! じゃあこれ、あげる。細かいことは、あとでLINEするから」
そう言って私に映画のチケットを1枚渡すと、杉村君は爽やかな笑顔で、自分の利用するホームへと走っていってしまった。
私はチケットを手に乗せたまま、ぽかんと立ち尽くした。
杉村君に、映画に誘われてしまった……。
ええと、これは……所謂「デート」のお誘いになる……のだろうか……?
もしそうだとしたら、私にとって人生初めてのことだ。
小学校の修学旅行の時に男の子も混ぜたグループででかけたことがあるが、プライベートで男の子と、しかもふたりきりで出かけたことなんかない。
だから恐らく、私にとっての初デートは、日曜日の杉村君との映画鑑賞になるだろう。
だが、杉村君にとっては、これは「デート」になるのだろうか。
もしかしたら杉村君のように社交的な人からすれば、男女が二人きりででかけるのも、案外普通のことかもしれない。
私は社交的ではないのでよくわからないが、美人も可愛いもデートできる女子など引く手数多な杉村君が、よりにもよって私をわざわざ選んで「デート」に誘うわけがない。たまたま手に入れたチケットが、たまたま私が雑談の中で好きだと話していたシリーズの最新作だったから声をかけてくれただけで、これは杉村君にとっては「デート」ではなく、ただの「映画鑑賞」のつもりだと思うのが正しい認識なのだろう。
ただ、いくら杉村君のような社交的な人でも、嫌な気持ちを抱いている相手や、ちょっとした知り合い程度の人間を、わざわざ映画には誘わないのではないだろうか。人気シリーズだし、少し探せば杉村君の広い交友関係の中で「見たい」と思う人は何人かいるはずだ。
だから少なくとも杉村君は私を嫌ってはいないし、もしかしたら「友達」だと思ってくれているのかもしれない。そんな希望は持っていいような気がする。
今までは「クラスメイト」という一種の義務感から色々声をかけてくれているかもと思っていたから、杉村君が私を「友達」と思ってくれているなら一安心だ。とても嬉しい。
ウキウキした心地で、私も自分の利用するホームへ向かいながら、杉村君にもらったチケットに視線を落とす。
前売り券なんて久しぶりに見た。少し感動すら覚える。
私がいつも映画を観る時には、公開後に映画館の受付で購入している。そこで手にするチケットには絵や写真などは無く、必要な情報だけが文字のみで記されている。だが、前売り券は映画のポスターをそのまま切り取ったように鮮やかだ。これは映画を観終わっても大事にとっておきたい。
何にせよ、前売り券なんて非常に貴重なものを頂いてしまった。呆気に取られてお金を支払い損なってしまったから、約束の相談をする時に忘れないようにしなければ。
……………ん?
私の中で、「約束」という部分でふと何か違和感を覚えた。
ホームに下りながら違和感の正体を探ると、先週の休み時間に聞こえてきた、教室での杉村君と他のクラスメイトたちの会話を思い出した。
私はその時、自分の席で読書をしていた。数少ない友人二名は、一人はトイレ、もう一人は他のクラスの友人への用事で不在だった。
その時杉村君は、自分の席で友達数人に囲まれ、いつものように楽しそうに話をしていた。
「あ、『ファンタスティック』、来週公開なんだ」
杉村君の隣で雑誌を広げていた阿部リナさんが呟いた。
「私、この主演の人好きなんだよね。リト(杉村君のあだ名だ)はこのシリーズ見てるんじゃないっけ?」
「うん。面白いから全部見てるよ」
「そうなんだ! じゃあじゃあ、一緒に観に行こうよ。来週の日曜とか」
阿部さんが上目遣いで杉村君を覗き込む。長くてふさふさのまつげからのぞく、小鹿のような丸い瞳がきらきら光っていた。
カワイイ。
女子の私が女子に対して言うのもなんだが、超カワイイ。
私があんな瞳で見つめられたら間髪入れずに「喜んで!」と叫んでいるだろう。
しかし。
「ごめん。それ、もう観に行く約束しちゃったんだ」
杉村君は申し訳なさそうに笑った。
「ええ~~なんだぁ」と、阿部さんは心底残念そうに肩を落とした。
杉村君ほどの人気者になると、小鹿の愛らしさで見つめられることも日常茶飯事で、いちいち反応するような事でもないのかもしれない。さすがだ。
そんな一部始終を、ぼんやり目撃していたわけだけれども。
杉村君、この映画誰かと見に行く約束したって言ってたよね……?
違和感の原因を知って少し首を傾げたが、すぐに察した。
たぶん、その約束をしていた人物が急用で行けなくなってしまったんだろう。それで用意していたチケットが余って、たまたま帰りに出くわした私を誘ってくれたわけだ。
なるほど。納得した。
……でも、それなら一緒に行こうと誘われていた阿部さんに連絡して一緒に行けばいいのでは……?
もう一度首を傾げたところで電車がやってきたので、私は考えるのを止めた。
考えたって、わかるわけがない。人の心の中を、しかも社交的な杉村君の価値観を、内向的な私が理解することは、おそらく不可能なのだから。
私は電車に乗り込むと、もらった前売り券を大切にカバンに仕舞った。
お読み頂きありがとございます。
続きます。