08. 収穫祭
いよいよジャガイモの収穫時期がやってきました。
5月1日、少し修正しました。
秋も深まり、収穫祭の時期がやってきた。
この時期、貴族は大体領地に戻って、収穫を祝って、大地の恵みに感謝を捧げるのだ。
ちなみに、この時期は学園も宮廷も基本はお休み。グリュックス王国は、他の国に比べて土地が痩せているし寒い気候で、農業がハードモード。なので、収穫の重みは皆よく知っている。命の糧を得られる喜びと、これからも恵みを与えてくれる神様に祈りを捧げる、1年で一番大事な時期である。
収穫祭は、恵みに感謝や祈り捧げるだけでなく、厳しい冬を乗り超えるための保存食をみんなで作る大事な行事でもあり、グリュックス王国では主に豚をいくつか潰して、血の一滴も無駄にしないようソーセージやベーコン、ハムなどを作るのが一般的だ。
この時期は商人や子爵家が樽ビールをふるまったり、篝火を焚いて歌って踊ったり、領民にとって1年で一番大変だけど、一番楽しい時期になる。
「お父様、お母様。ジャガイモの試験栽培が上手くいって、予定していたよりも収穫量が見込めそうです。種芋用と食用に分けて、食用はいくつか収穫祭で色んな村や街で振る舞って、来年の春の収穫に向けて宣伝をしたいんですけど」
夕食の家族団欒の席で、マークスとまとめた報告書をお父様に見てもらう。
「うん、上手くいって良かった。今年も麦が少し鳥と虫にやられたけど、ジャガイモはほとんど無事みたいだったし、食糧備蓄は少し増やせそうだね。マークス、後でお父様と税率と備蓄量について、細かくすり合わせをしようか」」
「はい。お父様とお母様が相談に乗ってくれたおかげです。ソフィもちょくちょく村に行って栽培を手伝ってくれましたし、収穫作業もやる気でいるみたいです。」
「だって、ちょっとでも人手があった方がいいじゃない?」
「種芋については、他領に流れないように、発芽のタイミングを来年の春に合わせられるように前子爵と現子爵が主導で管理するよ。」
「商会長も、来年以降さらに収穫が増えそうなら、街の食堂のメニューに加えようとしているみたいよ。守秘義務はきちんと守ってくださるから、今度お手紙を書いてあげなさい。結構期待して、見守ってくれているのよ。」
「わかりました。お母様。あと、来年も春から叙々にジャガイモを植える畑を増やしたいと思っているので、相談させてください。」
「もちろんだよソフィ。収穫祭が終わったら、また皆で方針を固めようか。あと、お父様たちのハーブティー事業も報告することがあってね。」
「ハーブの生産量が増えてきたから、いくつかは精油にして、美容製品として売り出そうと思っているのよ。流石にこの量全部ハーブティーにしたら、供給が需要を上回ってしまうし。」
生産量増えてきてるのかぁ。せっせとお母様とお祖母様たちで植えまくってたもんね。隙あれば、空きスペースがあればすかさず植えてるもんなぁ。もう我が家の花壇も前子爵家の館の花壇も、各村の村長の館の花壇にもハーブが元気に成長している。もちろん、あちこちでハーブ畑も爆誕中だ。
「精油は美容製品にして、貴族や裕福な商人に売ろうと思っていてね。今、商会長たちと詳細を詰めているんだ。」
「お父様、精油って作るのが大変でしょう?生産コストに見合う需要があるんですか?」
マークスが首を捻りながら、心配そうに聞いてきた。
「うん。ハーブの美容効果とか、リラックス効果が女性に人気でね、口コミで広がってきてるんだ。精油にすればハーブの成分がより濃縮されるから、効果も高まるし、上手く宣伝すれば継続的に売れそうなんだよ。女性の美に対する情熱はすごいからねぇ。」
「うふふ、そうよマークス。もう少し、女心を学ばないとね」
そうだぞマークス。もう少し女心を学ばないと、将来お嫁さんが来てくれないぞ。
「ソフィも美容に興味があるの?」
「…無くはないわよ?」
「えっ??嘘!」
嘘ってなんだ失礼なやつだな。人を何だと思っているんだこいつは。前世では加齢に抗うのに必死だったし、今世でも出来れば美肌や美髪を保ちたいと思っている。恋愛に興味がないからと言って、美容に興味がないわけではないんだぞ。
「お母様、ハーブから精油を作ると蒸留水も出来るでしょう?少し領民に配れないですか?」
とりあえず、呆然としているマークスは放っておこう。
「あら、ソフィは物知りね。精製水って呼んでいるけど、何か案があるの?」
「冬になると毎年、風邪が流行るでしょう?たちの悪い風邪にかかって亡くなってしまう人も少なくないので、殺菌作用のあるハーブの精製水で手を洗ってもらえれば、少しは抑えられるのかなぁって。」
この時代、石鹸はもう使われているので、王侯貴族や裕福な商人には普及している。けど、庶民まで広く使われているわけでもない。産業革命以降、大量生産ができて普及するんだけど、まだ難しいし。水だけで手を洗ったり、なんなら手を洗わない人もまだまだ沢山いるのだ。
風邪予防には手洗いが基本中の基本なのに、この時代では、それすら思うように出来ないのだ。冬場は寒くて水も冷たいから、手洗いという行為自体が大変だし。
「水だけで洗うよりはいいかなって。領民全員に石鹸を配れる余裕は流石にないですけど、精製水なら何とかならないですかね。せめて、小さな子どもがいる家とか、ご老人がいる家とかだけでも。」
「うん。衛生環境は私も気になっていたんだ。ネズミ対策で猫を飼うとか、病院や助産師に石鹸を配るとか、そういうことくらいしか今は出来ていないからね。」
いや、結構やっているじゃないですかお父様。
「そうね、ソフィにマークス。今度の休みに商会長のところに一緒に行って、精油と精製水を作るのを手伝って頂戴。ちょうど収穫祭があるし、そこで領民に配るのはどうかしら。あなた。」
「うん、配るのはいいと思うよ。殺菌効果が確認されていないハーブの精製水に関しては、精油と同じように美容製品にしてみようか。ただ、領民全員に配るのは難しいから、子どもや老人がいる家が優先になるかな。ちょっと村長や町長に通達をださないとね。」
「ありがとうございます。お父様、お母様。」
「ソフィ、収穫に精油作りに忙しくなるね。体を壊さないように、何かあればすぐに私たちを頼りなさい。」
「はい、ありがとうございますお父様。」
◇
子爵領の収穫祭は3日に渡って各地で開催される。子爵家は各地の収穫祭に順番に参加して樽ビールを差し入れたり、領民と共に大地の恵みに感謝したり、時には一緒に歌って踊って楽しんでいる。
「奥様、この水、さっぱりして良い匂いですね。私たちが頂いても良いんですか?」
「えぇ、冬の間は水が冷たくて手洗いが大変でしょうけど、香りにリラックス効果があるし、殺菌効果もあるので試しに使ってみてください。」
今年の収穫祭はそれに加えて、精製水の説明と配布を実施している。お母様の実家の商会が全面に協力してくれて、かなり助かっているけど。
「はい、これを使って、手洗いしてくださいね。サボったらダメですよ?作るの大変だったので、捨てるのもダメですよ?ちゃんと手洗いすれば、風邪引きにくくなるはずなので、頑張ってくださいね?」
「えー、おじょうさま、それほんとう?」
「良いにおーい。ありがとー。」
私は子どもたちに、マークスはご老人への説明担当だ。
商会長たちは、差し入れのビール樽を例年より増やして、ジャガイモ料理と一緒に配っている。
領民たちも嬉しそうに、ジャガイモとソーセージ炒めをビールで流し込んでいる。これは、お母様たちの持論「人を動かすためには、胃袋を掴め」を実行しているんだろうなぁ。新しい手洗い法を試してもらわないといけないし、来年から新しい作物も栽培してもらわないといけないし。せめて、収穫祭の間は、難しいことを考えず、全力で楽しんで欲しい。
それにしてもお祖父様、ほくほく顔でビールを大盤振る舞いしているところを見るに、精油の美容製品の販路が開拓できたとか、今年の売り上げが良かったとか、何か良いことがあったんだろう。
一通り、精製水を配り終わってマークスと休憩していたら、見慣れない人たちに声をかけられた。
「ソフィア嬢にマークス殿。ジャガイモ栽培は上手く行ったみたいだね。この揚げ芋、結構美味しいじゃないか」
「うふふ、ソフィアさん。お久しぶり」
「えっニコラス殿下にマリアンヌ様?どうして子爵領の収穫祭に?」
何か、明かにお忍び用の格好だけど、どういうこと?ていうか、裕福な商人のお嬢さんっぽい格好をしていてもマリアンヌ様は相変わらず美人だな。むしろコスプレマリアンヌ様がレアで尊い。画家を呼んで、このマリアンヌ様の絵姿を描いて保存してほしいレベル。
ニコラス殿下は髪色で王族だとバレないように、カツラも被っている。まぁ、紫の瞳は隠し用がないし、知り合いが見たらわかるんだけど。
「どうだ、マリアンヌはどんな格好をしてもキレイだろう」と言わんばかりの視線を投げかけられた気がしたので、頷いておいた。いつかニコラス殿下と「マリアンヌ様を讃える会」を開きたいな。
って違う違う。思わず見惚れてしまったけど、何でこの2人が来ているんだ。
マークスの方を見てみると、マークスもどういうこと?って顔でこちらを見ているし、知らなかったようだ。
「護衛も来ているし、父上達の許可も貰っているから大丈夫だ。ちょっとジャガイモの試食をしてみたくてね。」
もぐもぐしながら笑顔で答えるニコラス殿下。
「殿下っ。毒味はしなくて大丈夫なんですか?いきなり屋台料理食べるなんてっ。ソフィちょっとぼーっと見てないで止めてっ」
「えっ。どうやって止めれば。あぁ、マリアンヌ様まだ食べないでください。せめて私が毒味させていただきますっ」
「大丈夫です。我々が先に食べて、安全なことを確認しましたので。」
町人の様な格好をしている、やけにガタイが良い男が疑問に答えてくれた。
よく見れば、あちこちにガタイの良い男達が闊歩して目を光らせている。
そっか、ニコラス殿下達がお忍びに来るんだから、護衛達も変装しなきゃいけないんだ。ちょっとガタイ良すぎるし、視線が鋭すぎて浮いてるけど。
「ソフィア嬢。この後篝火を焚いて、楽団の演奏が始まるんだろう。我々も踊ってきて良いだろうか。」
私たちに許可を求められても。護衛の方達を見ると、しぶーい顔をしながら頷いているので、大丈夫そうだけど。
「えっと、護衛の方達が良ければ大丈夫ですけど。」
「ありがとう。アン、こういった場で踊るのは初めてだけど、僕と一緒に踊ってもらえませんか?」
「えぇ、殿下。喜んで。」
本当に踊り始めちゃったよ…。なんか、あの2人の周りだけ空気が違うぞ。そして相変わらず、仲がいいな。
領民達も、良いとこのお坊ちゃんとお嬢様が踊っている事は何となく察しているみたいで、距離を保ちながら各々楽しんでいる。
懸命な判断よね。もし何かあれば護衛のに斬られかねないし、マリアンヌ様にぶつかりでもしたら護衛とかじゃなくて殿下が大変なことになるだろうし。
「ソフィ、ニコラス殿下たちが来るって聞いてた?」
「聞いてない。全然聞いてない。聞き漏らしたとかでもないはず。」
「だよね。心臓に悪いよ全く。ただでさえ、収穫祭の準備で忙しかったんだから。」
「そうよね。あ、マークス。精製水作りも配布も、協力してくれてありがとう。とっても助かったわ。」
「うん、全然大丈夫だよ。これで少しでも、風邪で亡くなる人が減れば良いね。」
「あ、ソフィ、マークス。こんなところに居たのね。あなた達も踊ってこればいいのに。」
「お母様。でも、精製水の配布がまだ終わっていませんし。」
「あとは商会と私たちにに任せて大丈夫よ。あなた達も今回頑張ったんだから、羽を伸ばしてきなさいな。」
え、でも何かそれは悪い…。私が言い出したことだし。
お祖父様の方に視線を投げると、商会の仲間達と笑顔でひらひら手を振られた。
「そうだよソフィ。1年で1番楽しい時期なんだ。今年の収穫祭はここで最後だし、遠慮せずに踊っておいで。村長や町長にも説明してあるから、あとはお父様達に任せなさい。」
うーん。お父様も背中を押してくれたし、これは、お言葉に甘えちゃおうかな。
後でお祖父様にお礼の手紙と、何か贈り物をしよう。
「マークス、じゃぁ一緒に踊ってくれる?」
そう、何を隠そう私も毎年、この収穫祭を楽しみにしているのだ。笑顔で手を差し伸べると、マークスはちょっと固まっていた。
「マークス、どうしたの?どこか、具合が悪い?」
「いや、大丈夫だよ。そうだね、最後の収穫祭だし、楽しんでこよう。」
「うんっ。」
こうして、フレデリクソン子爵領の収穫祭は無事に終えた。
領民達も、お父様もお母様も、お祖父様達も、私たちが踊っているところを微笑ましく眺めていることには、気づかなかったけど。
私とマークスは一仕事終えた解放感から、日が暮れるまで歌って踊って、収穫祭を満喫できて、大満足だった。
◇
「ソフィアさん、フレデリクソン子爵領の収穫祭にニコラス殿下が訪問したって、本当ですか?今日の朝、殿下から聞いたんですけど、何で私も誘ってくれなかったんですか」
なんか朝からやっかいなのに絡まれたぞ…。
「えっと、収穫祭って各領地で開催されるでしょう?基本的に皆、それぞれの領地で楽しむものなので、わざわざ他領の収穫祭に誘うってなかなかしないかと。今回、新しい作物の試食をするためにニコラス殿下がお忍びでいらしたんですよ。もちろん、マリアンヌ様も。」
「えー、私もいきたかったなぁ。せめて事前に教えてくれたら、私もこっそり行ったのに。」
「ごめんなさい、アンさん。私たちも来ることを知らされていなかったので。」
ていうか、来ることが事前に知らされていたら、警備の手配だなんだと忙しかっただろうな。ただでさえジャガイモ屋台、精製水作り、普及方法の相談で子爵家は忙殺されていたのに、警備まで加わっていたら、とんでもない事になっていたな…。
お忍びで来られたのは驚いたけど、あれは一種の気遣いだったのかもしれない。
「えー、ズルイです。私もニコラス殿下と踊りたかったですー。」
「いや、ニコラス殿下はマリアンヌ様としか踊らないですし。」
「そういう事じゃなくって。もう、男爵家の収穫祭にお誘いしても、放課後のお茶会にお誘いしても、全然来てくれないんですよねぇ。ランチもマリアンヌ様がいる時しか、ご一緒させてもらえないですし。」
世間では、それを「脈なし」って言うんじゃないんだろうか…。心の強い娘なんだなぁ。
ニコラス殿下も完全に警戒しているし、会話に付き合うのは探りを入れているんだと思うけど。
「でもでも、学園に来たら好きな人に会えて、他にも浮かれた貴族令息たちが親切にしてくれて、私とっても幸せなんです!でも、私よりソフィアさんの方がニコラス殿下とお話する機会多くないですか?ちょっとズルいな。特待生だからって、そんな待遇だなんて。私だって、もし受かってたら…。」
いやいやいやいや、「誰がニコラス殿下と1番話せるか選手権」に参加した覚えはないので、訳の分からない対抗心燃やさないでください。
私はニコラス殿下に恐れ多くも隠さない恋心を向けてる、あなたが少し怖いです。
あと、いちいち特待生特待生って言ってくるの、やめてくれない?
「でも、私は何時でも前向きに、ポジティブ思考で頑張るんです。ふふ、新しい事業も始めようと思っているんですよ」
「あ、そうなんですね。頑張ってください。」
うん、素直にすごい。家族と相談して、出来ることを見つけたんだろう。頑張ったんだなぁ。
「ふふふふふ。絶対に儲かる自信もあるんですよぅ。負けませんからねっ。では、また後で。」
絶対に儲かる事業って大丈夫か?まぁ、よその家の経営の心配する余裕はないし、何かあればフラワートン男爵が何とかするだろう。
あと、私は「誰が1番事業を手伝っているか選手権」に参加した覚えも無いので、本当に、ほんっとうに対抗心を持つのはやめて欲しい。
そこを競っても仕方がないし、意味がないでしょう。
私たちは、自分にできることを探して、それを実現するために知識をつけて、行動をするんだ。他人と競うということは、モチベーションを保つ1つの手であるのは事実だけど、そういう方法を選ばない人もいるんだ。
私は、他人と競うためにするんじゃなく、子爵領の領民の生活を守りたいだけなんだ。アンさんのモチベーション維持に私を巻き込まないで欲しい。
まぁ、こんなこと、お花畑思考は知りたくもないし、聞かないんだろうけどさ…。
もう朝から疲れたから、後でリリーさんの天使の笑顔に癒してもらおう…。
子爵家は領民との距離が結構近いみたいです。高位貴族ほど、領民が多いわけでも領地が広いわけでもないですし。
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