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07. お花畑娘

「ねぇ、ソフィ。フラワートン家のアン嬢って知ってる?最近入ってきた転入生みたいなんだけど。」

ある朝、学園に向かう馬車でマークスが訪ねてきた。

「えっと、一応知ってるけど。どうしたの?」

どうしたんだろう。なんか、いやーな予感がする。


「うん。彼女、外国語コースを取ってるみたいなんだけど、休憩時間に学年関係なく貴族令息が固まって話しているところを狙って話に入りこんで来るんだよねぇ。」

「外国語コースの学生って、休憩時間も外国語話しているんじゃないの?」

「一応、隣国語はそれなりに話せるみたいで、僕たちの語学練習の邪魔はしないんだけど、ちょっとグイグイ来すぎっていうか。絶対に貴族令息と話をするんだっていう圧がすごいんだよ。」

「そ、そうなの。でも、この学園で人脈を広げて結婚相手を見つける人も少なくないんだし、そういう学生って一定数いるんじゃないの?」

「それはそうなんだけどねぇ。こう、何でもかんでもポジティブすぐに褒めてくるんだけど、微妙に感情が篭っていないような気がするんだよねぇ。まぁ、一部の令息達は明るくて元気な令嬢が来て舞い上がっているみたいだけどね。僕はちょっと、彼女が苦手だなぁ。」

…流石マークス。そう簡単に女の子が来たからって舞い上がらないんだよなぁ。興味がないわけじゃないと思うんだけど。

ていうか、アンさんは一体何を考えているんだろう?マークス達の会話に入れるってことは、頭が悪いわけじゃないと思うんだけどなぁ。






「ソフィアさん。お隣座って良いですかぁ?」

お昼休み、食堂で友人とランチを楽しんでいたらアンさんが話しかけてきた。


「えっと、皆さんよろしいですか?」

「構わないですけど…。」

みんなゴメンね…。この場面じゃ断れないよね…。

私たちの和やかなランチタイムが終了した瞬間だった。


「ソフィアさん。マークスさんってソフィアさんの従兄なんですよね。どういう関係なんですか?」

「どういう関係って、父の弟の息子がマークスで、フレデリクソン子爵家の跡取りですよ。昔、叔父夫婦が事故で亡くなったのでうちの養子に入ったんです。私の従兄で義兄になるんですけど、心情的には幼なじみっていうか悪友みたいな感じですね。」

「そういうことじゃなくって、将来結婚する仲なんですか?」

「まさか。私はマークスと一緒に子爵家経営を支えたいと思っていますが、お互いに恋愛感情はありませんよ。私はあまり恋愛に興味は無いですし、政略結婚を申し込みたいような家格でもないので、できれば自分の力で自立して生きていける女性になりたいなって思ってます。」

恋愛は、前世でもう懲りた。恋する気持ちほど楽しくて、幸せで、破れた時に絶望させるものなどない。


「えー、恋って素敵なものだと思うんですけど、ソフィアさんは何で興味ないんですか?私は王子様みたいな人とロマンチックな恋愛をして、結婚して、うちの家族みたいに幸せな家庭を築くのが夢なんですよ。」

まさに、恋に恋する女の子な顔で語るアンさん。別に、悪いことじゃないんだけどね。興味がある人もいれば、ない人もいる。ただ、それだけの話なのだ。


「ソフィアさんみたいに成績優秀で、家の事業のお手伝いもできる人なら、男性から引く手数多だと思います!諦めずに、幸せな恋愛して欲しいなっ。応援してますっ」

いや、応援されても困ります。私が恋愛に興味がないのは私の事情で、別に恋愛や結婚自体を否定したいわけじゃない。単純に、人それぞれ選ぶ選択肢が違うだけなのだ。それが良いとか悪いとかを議論するつもりもないし、する権利も持ち合わせていない。


「アンさんは、好きな殿方がいらっしゃるんですか?」

私が黙り込んでしまったのを見かねて、友人のリリー=アンダーソンが助け舟を出してくれた。

「今は未だ居ないんですけどね、良いなって思っている人は居るんですよ。リリーさんは居るんですか?」

「私も居ないんですよ。うちは貿易業が盛んなので、そのうち有益な相手と政略結婚をすることになると思います。」

リリーさんの実家のアンダーソン伯爵家は海岸線沿いに位置しているため、貿易業が盛んなのだ。防衛にも力を入れないといけないだろうし、上手く政略結婚で縁を結ぶと有利になるんだろう。


「えー。政略結婚なんて可哀想です!恋愛してみたいとは思わないんですか?」

「恋愛結婚する方も、政略結婚する方も、どちらが可哀想でどちらがより幸せかなんて無いと思いますよ。大切なのは、どちらにしても相手を思いやる気持ちです。私は、将来旦那様とゆっくり愛を育んで幸せになれたらなぁって思っています。」

「えー、そうなんだ。じゃあ私が可笑しいってことですか?恋愛に興味津々で、政略結婚が嫌って思っちゃうなんて、貴族失格ってことですか?」

えー、何でいきなり突っかかってくるんだこの娘。


「いえ、考え方は人それぞれですし、自分と違う選択をする方のことを可笑しいと言う権利は、誰にもございませんし、私も思いませんよ。皆それぞれ、自分で考えて選択したことを押し付けないで、尊重し合って行動すればいいと思いますよ。」

笑顔でやんわり嗜めるリリーさん、流石です。皆んなの心の声を代弁してくれてありがとう。

アンさんに気づかれないように、みんなで目礼をしておいた。分かってますわってにっこり微笑むリリーさん、マジ天使。


「そう、ですよね。考え方は人それぞれですよね。アドバイスありがとうございます!勉強になりましたっ。私も何か頑張りたくなってきちゃった。じゃぁ、ちょっと用事を思い出したので、ここで失礼しますね。」

また何かの用事を思い出したらしいアンさんは、子息集団が別の席で談笑している方に向かって行った。


「…用事って、貴族子息達と話をすることなんですかね。彼女、かなり噂になっていますよ。グイグイと恐れずに殿方の輪に入っていくし、貴族令嬢としては有り得ない立ち居振る舞いなので」

「そっか、リリーさんは外国語コース一緒なんでしたっけ。」

「えぇ、隣国語の会話の練習をしたいんですって言って、令嬢の輪(私たち)には目もくれず、必ず殿方達の会話に入って行っています。見ている分には楽しいですよ。恋をしたいんだって言っていらしたので、その積極性は素直にすごいなぁって思いますけどね。でも貴族と結婚したいなら、もう少し立ち居振る舞いを改善するべきだと思いますけどね。ソフィアさんはちょっと、絡まれて大変そうですわね」

コロコロ笑いながら話すリリーさん。状況を楽しんでいるなぁ。

「やっぱり、あれって絡んできてるんですかね…。私も理由を聞きたいけど、あまり関わりたくないタイプなので踏み込みたくもないんですよね…」

その後は皆んなで、やっと訪れた平和なランチタイムを満喫できた。近くで黄色いアンさんの声らしきものが聞こえてきたけど、スルー。あまり気にしすぎても、精神衛生上よろしくないですからね。



「あっソフィアさん見つけた。あのですね、私もソフィアさんみたいに家の経営を補佐したいんですけど、何から始めればいいと思いますか?」

ある日の放課後、学校の図書館で文献を読み漁っていたら、唐突にアンさんに声をかけられた。ここは図書館。もう少し音量を絞って欲しい。


ていうか、知らんがな!フラワートン男爵家の産業も経営状態も知らない他人が、簡単にアドバイスできるはずがないだろう。何をいきなり言い出すんだこの娘は。

「えっと、男爵家の経営について詳しくないので、私からは何とも言えないのですが…。」

「えー、教えてください!ソフィアさんなら分かるはずです。特待生なんですから、自信持ってください」

「そんな事を言われましても、よその家の経営に軽はずみに口を出して、責任が取れるわけでもないですし。私も子爵家の状況を追うので手一杯なんですよね」

「もう、ソフィアさんはずるいですよねぇ。自分だけ前に進んでいってしまって。」

落ち着け私。苛々してもいい事なんかない。ゆっくり(バレずに)深呼吸して、冷静になるのよ。


「私以外にも、家の経営を補佐しているご令嬢はたくさん居ますし、平民の方も実家の商売を補佐している方はたくさん居ますよ。『何をすべきか』『何が問題なのか』を知るのが1番大切なんですけど、1番大変なんです。一朝一夕で出来るわけではないので、まずはご家族の方と相談したり、経営資料などを読まれてみると良いと思いますよ」

「えー、大変なんですねぇ。そっか、沢山いるんだ、経営補佐している方って。勉強になります!ソフィアさんもご家族の方と相談されているんですか?」

「えぇ、普段は家の書庫に篭ってマークスと議論したり、お父様やお母様に相談したりしていますよ」

「すごいすごいすっごい。やっぱりソフィアさんって優秀なんだなぁ。尊敬する!」

何だろう、また感情の篭らない目で、でも笑顔で褒められた…。


「でも、アンさんは隣国語が堪能なんですよね?マークスやリリーさんから聞きましたよ。他国の情報を入手しやすいって事で、強みだと思います。」

「えへへーそうなんですよ。お母様が隣国出身なんですよね。私、すっごく頑張って、言葉を覚えたんですよ」

「そうなんですか。スゴイですね。」

隣国出身の元平民の母親…?それってどういう…。


「あ、いたソフィ。やっぱり図書館(ここ)だと思った。」

「あ、マークス。ごめん、もう帰る時間だっけ?」

「いや、まだだけど。もうちょっとで馬車の迎えがくるから、そろそろ準備した方がいいかも。あれ?アン嬢も一緒なんだ。珍しいね」


『マークスさん、私たち、領地経営のお話をしていたんですよ』

え、何でいきなり隣国語で話始めたの?そして何そのドヤっていう表情。


マークスが事態を把握できずに、私たちの顔を交互に見てから、

『そうなんですか。それは良かったですね。でも、図書館ではもう少し、小さい声で話した方がいいと思いますよ。』

と、隣国語で返していた。

何これどういう状況って目で聞いてくるけど、私にも分からない。そして私は隣国語がそこまで得意なわけじゃ無いので、聞き取るのに必死だ。


『アドバイスありがとうございます。今度、マークスさんのお友達とランチをご一緒させていただけないですか?もちろんソフィアさんも。』

ニコッと小首を傾げて可愛らしく言うアンさん。でも、残念ながらマークスにはその手の小技は通用しないと思うけど。

『だってさ、ソフィ。どうする?』

え、私に話振るの?

『私は、いつものお友達とランチを食べたいノデ、遠慮しておきマス。』

『だ、そうです。アン嬢。アン嬢1人をお誘いして下手な噂が立ってしまうと、お互いに都合が悪いと思いますので、またの機会に。』

『え?ソフィさん、私たちの会話理解できるんですか?』

『少しナラ、話すことができマス。聞くだけナラ、話すヨリ得意デス。』

なんか微妙に失礼だな。確かに発音は苦手だし得意ではないけど…。


「いいなぁソフィさんとマークスさんは、仲が良くて。私も頑張らないと!ソフィアさん、また領地経営の相談に乗ってくださいね。じゃぁ、私は用事を思い出したので失礼します。」

あ、よかった、母国語に戻った。しかもまた、何かしらの用事を思い出したらしい。まぁ、アンさんが去ってくれたのでいっか。


「ソフィ、経営の相談に乗ってたの?」

「いや、簡単に相談に乗れないって話をしたつもりだったんだけど。ご家族と相談しくださいって言ったんだけど、通じてなかったみたい。」

「あぁ、彼女は自分の聞きたい事だけを聞きたいんじゃないかな。今日の外国語のクラスでも、全然話が噛み合わなかったし。」

「そうなんだ。まぁ、視野が狭いのかもね。今から帰る準備するから、少し待ってて。」



「ソフィアさんソフィアさん。今日、ニコラス殿下とお会いして、学校生活の事とか男爵家の事とか、色々聞かれてお話ししたんですよ」

ある日テンションの高いアンさんに絡まれた。

いや、ニコラス殿下はストロベリーブロンドの令嬢を監視しているからね、私を含めて。ちょっと探りを入れてるんだろうな。この娘、黒に近いグレーな災い娘(ティピカルヒロイン)だからなぁ。


「そうなんですか。良かったですね。」

とりあえず、無難に返しておこう。早く解放してくれないかな。

「この前のお茶会の時も思ったんですけどね、ニコラス殿下ってすっごく格好良くて優しくて、頭も良くて理想の人なんですよねぇ。しかも王子様だし、本当に素敵。ちょっと良いなって思ってるんですよっ。」

「えーと、ニコラス殿下は婚約者のマリアンヌ様が居ますよ?結構ラブラブで有名ですけど。」

ていうか、割と所構わずイチャらぶしてますけどあの2人。


「でもでもでも、好きになっちゃったら仕方がなくないですか?恋する気持ちって止められないんです。」

好きになっちゃってるんかいっ。さっきは『ちょっと良いなって思ってる』って言ってたのに。ていうかあんなに超絶美人で清楚なマリアンヌ様(しかも隠れ巨乳)がいるのに、怯まないってある意味凄いな。そのポジティブさは若干羨ましい。


「アンさん。恋する気持ちを否定するつもりも、止めるつもりもございませんけど、ニコラス殿下は王族の方です。マリアンヌ様の公爵家との婚約は、国の契約です。マリアンヌ様も王妃教育を受けていて、とても優秀だと聞いていますし。家格も、容姿も優秀さも格が違うので、他者がつけいる隙は無いと思いますよ。お二人共、とても仲がいいですしね。下手をすれば不敬罪や、国家反逆罪になってしまう可能性があるので、その恋心は慎重に、上手に扱わないと大変なことになりかねないですよ」

まぁ、言わなくても分かると思うけど。

で、またアンさんは聞いていない。

あのさ、他人に話しかけておいて、話を聞かない(しかもめっちゃ態度に出ている)って失礼すぎないか流石に?皆、色々思うところはあれど、アンさんと誠実に向き合って話をしているのに、その行為を踏みにじっているってことに気づいていないのか、この娘。


「アンさん?聞いていますよね?」

つい、口調が荒くなってしまう。

「えっ?聞いてますよ。恋する気持ちは止められないですもんねっ。好きになっちゃったんですもん。政略結婚とか、そういう難しい事はわかんないですけど、私にも可能性がないわけじゃ無いですもんね。毎日お話ししたら、ニコラス殿下も私のこと、好きになってくれるかなぁ。この恋、応援してくださいねっ」

「応援は致しかねます。」

「えっ!?」

思わず強い口調で即答してしまった。多分、人生最速だったと思う。


「応援は致しかねます。王族相手の横恋慕に加担したと思われると、私にも火の粉が降りかかる可能性があります。そもそも、私は相手が誰でも、恋の応援も邪魔もするつもりはありません。」

ていうか、何なんだ『恋を応援する』って。『がーんばれがーんばれ。ファイト、オー』とか何とか言って欲しいのか。

「えー、何で何で。お友達なんだし、応援して欲しかったなぁ。まぁ、私は私の好きに、アプローチしてみよっと。じゃぁ、また後で。」


本当に、人の言うこと何も聞いていない。見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞いて、自分の信じたいものを信じたい、か。脳内お花畑の蝶々を追いかけるのはいいけれど、お花畑の外の情報をシャットダウンするのは勝手だけど、せめて他人の迷惑にならないところでやってもらえないかな…。



「おはようございます、ソフィさん。すいません、会話が聞こえてしまって。」

「リリーさん、おはようございます。全然大丈夫ですよ。むしろ、何か起きた時に『私は応援するつもりがない』『不敬罪や国家反逆罪になる可能性がある』って注意したっていう証人になってください。」

「えぇ、構いませんわよ。私の従者も聞いていましたし。もしもの時は、ご協力いたします。」

「ありがとうございますリリーさん。」

ホントにありがとうリリーさん。この会話聞いててくれて、むしろありがとうございます。

やっぱり持つべきものは友達だなぁ。

お花畑ヒロイン、炸裂★

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