05. 美味しいものは人を動かす
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5月1日、少し修正しました。
ジャガイモ試食会に向けて、学園を休ませてもらって休暇前に領地に戻った。
久しぶりに戻った領地の空気は、少し冷たくて懐かしい匂いがした。
さて、準備にとりかからないと。
「マークス。一緒に戻ってきてくれてありがとう。準備、一緒に頑張ろうね。」
「これくらいお安い御用だよ。これで食料事情が解決する可能性があるんなら、出来ることはなんだってやらないと。」
試食会当日。天気がいいので、領地の屋敷にある庭でちょっとしたパーティを開くことにした。
私とマークスと料理長は、できた料理を次々机に並べていく。使用人たちが代わると言ってくれたけど、自分が言い出した事だから、出来る事は自分でやりたい(少し手伝ってもらったけど)。
お父様とお母様の許可をもらって、今日は領地にいる使用人たちにもパーティに参加してもらうことにした。もちろん、王都の使用人には後日同じ料理を振る舞う予定だ。庭師のおじさんも、待っててね。
料理を並べ終える頃には、親戚達も既に集まっていた。
みんな未知の新作料理を食べられると聞いて、心なしかそわそわしている。
「ソフィ、久しぶり。マークスと2人で領地の食糧事業に取り組もうとしてるって聞いて、嬉しいよ。食糧不足になると、もうそこから色々詰んでしまうから…。上手くいくと良いねぇ。今日の試食パーティ楽しみにしてるよ。」
「お久しぶりです。お祖父様。お口に合うと嬉しいです。」
前子爵であるお祖父様がにこにこと挨拶してくれた。お祖父様の代で疫病が猛威を振るったので、食糧不足の恐ろしさは身に染みてわかっているのだろう。言葉の重みが半端ない。お祖父様は引退してから、領地でのんびり過ごされているけど、困ったときは惜しまず助けになってくれるしアドバイスもくださる。頼りになる方なのだ。
「お祖父様、お久しぶりです。」
「おぉ。マークスも久しぶり。元気でやっているか?」
「はい。最近は少しづつ経営を任されているので、大変ですけど楽しいです。」
幼い頃両親を亡くしたマークスを、お祖父様は殊の外気にかけている。ちなみに、お祖父様の長男の娘が私で、次男の息子がマークスなのだ。
「うん。元気ならいいんだ。ソフィとマークスが2人で子爵領の事を考えてくれて嬉しいよ。ところで、2人は婚約者がまだ決まっていないんだろう?いっそのこと、」
「お、お祖父様。そういえばお祖母様はどちらに?」
最近、お祖父様が私とマークスの結婚を仄めかすようになってきたので少し困る…。私とマークスは、幼なじみで、親友で、戦友なのだ。それ以上でも、それ以下でもない。
マークスと目を合わせて、やれやれ困っちゃうぜ。ってお互いに肩を竦める仕草をした。マークスも、女の子に興味がないわけじゃないけど、それ以上に自分の探究心を優先して書庫に篭ったり領地に視察に出かけちゃうタイプなので、浮いた話が全然ない。早く婚約者を決めてくれたら、ちょっと楽になるのになぁ、なんて。
話を遮られたお祖父様は、少ししょんぼりしながら、キャッキャ楽しそうな声が聞こえる方に手を向けた。
「でね、これが新作のハーブティーなんです。うちの商会で試したところ、美肌効果があることが分かったの。でね、お茶を入れ終わったら、出がらしの花弁を砂糖で煮るとジャムにできて、一度で2度美味しいのよ」
「まぁ、可愛らしい花を咲かせてそんな素敵な効果があって、しかもジャムにまで。お母様、これは凄い。絶対に売れるわよ。」
「あら、香りもとても素敵ね。ふふ、ローズヒップティーっていうのね。いくつになっても肌はきれいに保ちたいですもんね」
何故か、子爵領の商会を束ねるお祖父様がお母様、前子爵夫人のお祖母様、商会長夫人のお祖母様にハーブティーをにこにこ入れている。
…えーと、何しているんだろう。なんか、女子会が始まっちゃってるんだけど。いつの間に?
いつの時代もどこの国でも、いくつになっても女性の美に対する情熱は変わらないんだなぁ。メイド達も興味津々に眺めているし。私もまだ15歳だからって油断せずに、試してみようかしら。
「ソフィ、マークス。準備ができたなら、早くはじめないか?」
お母様に構ってもらえず寂しそうなお父様が急かしてきた。そうだ、今日のメインイベントは美肌効果のあるハーブティーのお披露目会じゃなくて、ジャガイモ試食パーティなのだ。危うく主役を食われるところだったぜ。
「みなさま、準備ができました。こちらにいらしてくださーい。」
「まずは、庶民がパンの代わりに食べらられるよう、シンプルに作れるものをと思って、ジャガイモを蒸したものと、竃に入れて焼いたものを用意してみました。塩をかけたり、ちょっと贅沢にバターをかけたら美味しいです。竃に入れて焼く場合、他の料理を作ってる間にできちゃうから、お手軽かも」
「続いて、適当な大きさに切ったジャガイモと玉ねぎと、ベーコンを一緒に塩胡椒で炒めたもの。いくつかハーブを用意してるので、好みに応じて足してみてください。うちの王国は養豚が盛んだし、アレンジ次第で庶民から貴族まで食べられると思います。」
「こっちは贅沢に豚脂で揚げてみました。皮付き、皮なし、切り方も色々変えてみたので、試してみてください。塩はお好みで」
「これは、よく庶民が食べるスープにジャガイモを足してみただけです。ジャガイモがあると腹持ちもいいし、最悪パンがなくても満足できると思います。」
「最後に、貴族向け料理として玉ねぎ、ジャガイモ、ソーセージを蒸して豪快にチーズを掛けたものです。胡椒を好みに応じてかけてください」
緊張しながら1つづつ、料理の説明をしていく。
「うん、美味しい。素朴な味わいだが、悪くない。」
「焼いた方はちょっと香ばしいね。結構お腹に溜まりそうで、良いねぇ、これ。」
お父様と前子爵のお祖父様が焼いたジャガイモにと蒸したじゃがいもに、それぞれ塩をかけて食べながら感想を言い合っている。
真っ先に庶民向け料理に手をつけるとは、さすが領民ファーストな2人。
「ソフィ、この玉ねぎとベーコンと炒めたやつ、ハーブを加えるとかなり良いわよ。新しいハーブの使い道を考えるなんて、流石私の子ね」
「ハーブの生産量も増えてきたから、この料理とジャガイモごと町の食堂にハーブを売り込みましょうか」
お母様と商会夫人のお祖母様も相変わらず商魂たくましい。こっちの2人もブレないなぁ。
「お嬢様。このスープのジャガイモホクホクしてて美味しいですよ。一品で食事として成立するなんて、忙しい時期にもってこいですね」
使用人のみんなも喜んでくれてる。
「うん、このチーズがけとっても美味しいよ。チーズが冷めないうちにソフィも食べなよ。」
「マークス。ソーセージもお食べなさい。ほら、玉ねぎも。」
マークスと前子爵夫人のお祖母様は2人で仲良くチーズがけジャガイモを食べている。見ていてほのぼのするなぁ。
「ソフィ、どれも美味しいよ。よく頑張ったね」
商会長のお祖父様が、満遍なく食べたあと、1番気に入ったらしい揚げ芋を食べながら褒めてくれた。
「これ、ビールに合うんじゃないかなぁ。庶民はワインなんてなかなか飲めないし、どれもビールに合う味付けだよねぇ」
「なるほど。グリュックルスではワインの生産ができませんものね。その視点は考えてもみませんでした。」
確かに、フライドポテトとビールって、相性いいよねぇ。ソーセージとか、ベーコンとかつけると最高の組み合わせになる。
「上手くいったら、うちの商会でも宣伝と販路開拓の協力をさせてもらうよ。」
「ありがとうございますお祖父様。また次のステップに進むときに相談させていただくと思いますけど、よろしくお願いしますね」
褒められたのが嬉しくてくすぐったくって、ふわっと心からの感謝の気持ちと嬉しさを滲ませて、笑顔で答えた。
「うん。ソフィは賢いだけじゃなく、淑女としても申し分ないね。気づかなかったけど、とてもきれいに笑うようになった。また何時でも相談しなさい」
ジャガイモ試食パーティは成功。特に領民ファーストなお父様もお祖父様が領地での栽培について、かなり前向きになってくれた。
「ソフィ。具体的な栽培方法や収穫時期について、分かる範囲で書類にまとめて欲しい」
試食パーティ後、お父様が満足げに
「わかりました。文献をまた詳しく調べて、学校の先生とも相談してまとめてみます。」
◇
「収穫時期は年に2回。春に作付けして初夏に、その後夏の盛り前に作付けして、秋に収穫できます。寒冷地に強い作物なので、暑さに弱く夏の作付けは難しいとのことですが、グリュックス王国、特に子爵領では暑さは特に問題ないと思います。作付け方法がちょっと変わっているので、こちらの書類にまとめておきました。」
ジャガイモ、種から育てると根が育つのに時間がかかるけど、種芋から育てると3、4ヶ月で収穫ができるのだ。
…この辺は、文献で調べたわけでも先生と相談したわけでもなく、前世知識なんでチートなんですけどね。エビデンスが出せないのが心苦しい。前世で旅行中、あまりにも料理にジャガイモが出てきたんで、こんなにジャガイモ無双する食生活って何ぞ?って気になって調べてみたのよね。気を失う前に、調べきってて良かった…。
ちなみに農業コースの先生からは「連作障害が発生する作物があるから、念のため、麦と芋の畑を年ごとに入れ替えてみては?」などなど、有益なアドバイスをたくさんもらったので、報告書にまとめておいた。。
「うん。よくまとめられている。まずは試験的にはじめようと思うんだが、マークス。ソフィと協力して試験栽培を進めてみなさい。」
「え、僕がソフィと?任せて貰えるのは嬉しいですけど、いいんですか?」
「お前ももう16歳だろう。ちょっとずつ、実戦経験を積んで行った方が、後々の為になる。困ったらいつでも相談してきたら良い。報告はしっかりしてくれ。でないと何かあったときに対処できない」
「わかりました。ソフィ、頑張ろう」
「うん。お父様。信頼して任せてくれてありがとうございます」
お母様が微笑ましく私たちを見つめている。胸がじーんとする。
お父様は、いつもマークスと私が子爵領の未来について議論しているのも、文献を読み漁っているのも知っているんだ。だから、今回私たちを信頼して、任せてくれたんだ。
「まぁ、いきなり最初から全部考えろっていうのは大変だし時間がかかる。この場である程度方針を決めてしまおう」
お父様って実はかなり、理想の上司よね。
「そうですね。とりあえず、試験用の畑を準備しないといけないんですが、来年の春に向けて少しづつ開墾しているスペースがあるので、そこを使えるか調べてみたいと思います。」
そっか、マークスの言う通り、ジャガイモ用の畑を開墾して、新しい農法を伝授して作付けしてもらわないといけないんだよなぁ。大変な作業をお願いすることになるけど、果たして領民は乗り気になってくれるのだろうか。
「ねぇ、ソフィ。ジャガイモ料理、結構美味しかったし、一度試験栽培をお願いする領民に試食してもらったら良いんじゃない?人の心を掴むのに、胃袋を掴むのは効果的よ」
「でもお母様。うちの庭のジャガイモの花は種芋用に3割しか残していないので、また試食用のジャガイモの調達先を調べないと。流石に、もうマリアンヌ様たちにお願いするのは気が引けますし。」
「ふふふ、ソフィ。前子爵のお祖父様の館の庭にもね、ジャガイモが植えられているんですって。数年前のブームで子爵家の領地にも結構花を植えたのよ。ハーブには使えなさそうだったけど、根が使えるなんて、あの時手を出して良かったわ」
お母様、ジャガイモの花もハーブティーにできないか試していたのか。この人にとって、基本的に花はハーブかそうじゃないかっていう基準しかないもんなぁ。さすがですお母様。
「じゃぁ、お祖父様にお願いして、根を分けて貰いましょう。僕とソフィでお願いしに行ってきます」
「よし、じゃぁお願いすることと新しく調べることが分かったし、また進捗があったら報告しなさい」
「わかりました。お父様、ありがとうございます」
「ありがとうございます。お母様も、アドバイス、助かりました」
「いいのよマークス。秋の収穫祭に間に合わせられるといいわね」
お母様…さりげなく納期(?)を設定してくるなんて、流石です。ともかく、せっかく任せてもらえたんだから、頑張ろう。
「マークス、早速その開墾準備中のエリアの広さとか教えて」
「うん。ソフィも、もう少し作付けのこと教えて欲しいな」
やいやい言いながらマークスと書庫に向かった後、お父様とお母様がしみじみ話していた内容を、私たちは知らない。
「あの2人が結婚して、子爵家を引っ張っていってくれたら嬉しいんだけどなぁ」
「マークスもソフィも、まだ恋愛感情を抱いていないようですから。2人とも、まだ色恋には興味がないのかしら」
食用の芋を種芋にするのは、病気予防の観点から良く無いみたいです(可能ですが)。
そして、大分引っ張ってしまいましたが、次回より第2のヒロイン現れます。お待たせしました。
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