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32.リリー・アンダーソンの縁談話

少し時間が遡って、波乱の卒業パーティ前でリリーさん視点のお話です。


「リリー、フラワートン男爵家嫡男、ヨハン殿との縁談の話があるんだ。我が家としては、良い話だと思っているが、一応お前の意見を聞いてみたくてな。」


「フラワートン男爵家、ですの?お父様。」


そろそろ学年末試験の準備をしようかしらと思っていたある日、父に大事な話があるからとサロンに呼ばれ、身支度を整えて向かいました。

お母様とお兄様も一緒にいらっしゃいますし、神妙な顔をしているということは、ついに私の縁談話が来たんですのね。


でもまさか、お相手がフラワートン男爵家とは流石に予想外ですの。


「男爵家だがな、歴史も古い。土地柄、牧羊を営んでいて規模は王国の中でも最大級だ。以前、新式の機織り機や糸紡ぎ機を我が領地に輸入しただろう?羊毛産業を推したいという国の意向もあるから、新しい機械と技術を持って男爵領の羊毛産業を盛り立てていこうという狙いだ。」


「少し爵位は低いかもしれませんが、羊毛産業は王族からも期待が寄せられていますのよ、リリーちゃん。」


「お父様、お母様、お相手が男爵家だということは特に問題ありませんの、ただ…」


フラワートン男爵家って、アンさんのご実家ですよね?



一口に「伯爵家」と言ってもその中で家格は色々あるのです。ちょうど高位貴族と低位貴族の中間の爵位なので、家格や事業によっては侯爵家や公爵家など高位貴族とご縁を繋ぐことも、子爵家・男爵家、騎士爵の方とご縁を繋ぐこともあります。つまり、貴族の中でもかなり幅広いお付き合いをすることがある爵位ですので、お相手が男爵家の方というのは特に問題ありません。

アンダーソン伯爵家は貿易が盛んで、ライ麦と酪農が盛んな領地で家格も『伯爵家』の中でも中の中。

お相手の爵位に特にこだわりはありませんが、アンさんのお兄様とは…。少し不安に思ってしまいます。


「リリー。面食らってしまう理由は分かるよ。ただ、ご子息のヨハン殿は何度か話をしたことがあるけど真面目な好青年だ。義妹殿とは違う。知っての通り、グリュックス王国は布製品が中々作れないから絹を輸入せざるを得ない。イラクサで編んだ布か、羊毛くらいしか、この土地には根付かないからね。イング帝国の羊毛技術を我が国に取り込んで、品質と生産数をあげて諸外国との交易品にしたいんだ。」


「お兄様、ヨハン様と交流があるんですの?初耳でしたわ。」


「あぁ、王立学園でも1年被っていたから、外国語コースで話す機会が何度か。その頃に家族のことはあまり話さなかったから、アン嬢と会った時は驚いたよ。」


「まぁ。」


ということは、ヨハン様はお兄様の一つ歳上なのね。


「ご令嬢の話は私たちの耳にも入っていますわ。ちょっと、いえ、かなり変わったお方だそうですけど領地の経営には関わらないみたいでそういった教育はされていらっしゃらないそうよ。学園を卒業されたらまたそのお方も身の振り方を考えるのではないかしら。」


お母様、アンさんが身の振り方を考えるって、それはそれで少し不穏ですのよ。


「リリー。ご当主は爵位をヨハン殿に譲ったら領地で穏やかに過ごしたいとおっしゃっていてな。もちろん経営補佐はしてくださるが。もし必要があれば、ご令嬢も領地に連れて行くことを考えているそうだよ。」


まぁ、そうなんですの。ヨハン様ご本人にお会いしたことはないので、懸念点といえばアンさんぐらいですので、それなら、まぁ。

今は国民総出で国力を回復させなければいけない時期ですもの。せっかく感染病の脅威が去って、以前のように経済が盛り返してきているので、貴族は自分の家だけが栄えればいいというわけにはいきません。国の方針とも一致するのであれば、フラワートン男爵家の羊毛産業を盛り立てていくのもやぶさかではございませんわ。


「お話はわかりました。一度、ヨハン様とお話してみたいですわ。」


--------


「お初にお目にかかります。アンダーソン伯爵家のリリーと申します。」


「初めまして。フラワートン男爵家のヨハンと申します。本日はお招きありがとうございます。」


2日後、我が家のサロンでヨハン様とお茶会を開くことになりました。

メイドたちがブリオッシュと紅茶を運んで、隅に待機してくれています。



「変わったお菓子ですがとても美味しいですね。バターの風味がまた格別です。」


「フラン王国から輸入したお菓子を、我が家のシェフが再現してくださいましたの。領地では酪農を営んでおりますので、バターの味には自信がありますのよ。」


「そうなんですね。うちは乳製品は羊がメインなので、少し癖があるんですよ。慣れたらそれがまた美味しいんですけど。」


「まぁ、羊の?羊のお肉は好きなので、乳製品もぜひ味わってみたいですわ。」


思ったよりも和やかに会話ができました。実は、お兄様以外の殿方と2人で話す機会はほとんどないので、緊張していたんですけど。

確かに好青年ですね。失礼な物言いになるかもしれませんが、アンさんのお兄様とは思えないくらいです。


「今日は楽しい時間を過ごせました。またの機会があると思ってよろしいでしょうか。」


「私も楽しくお話しできましたわ。ぜひ、またお会いしましょう。」


時間が忘れるまで殿方とお話をしてしまうなんて、私ったら。





「リリー、ヨハン殿と話てみてどうだった。」


「お話ししやすい方だと思いましたわ、お兄様。ただ、今日は初回ということでアンさんのことは中々聞けなくて。ご家庭の事情もあるでしょうから。」


「ふむ。アン嬢のことを除けば、特に不安は無くお気に召したということかな。」


「嫌ですわお兄様。からかわないでくださいまし。」


--------


「学年末試験、お疲れ様です。」


「ありがとうございますヨハン様。あとは結果を待って、卒業パーティを迎えればひと段落つきますわ。」


学年末試験が終わった翌日、また我が家のサロンにヨハン様がいらして下さいました。

お土産に羊のお乳で作ったチーズと、それに合う紅茶を持ってきてくださったので、ご相伴に預かっております。


「美味しいですわ、このチーズ。この茶葉とも良く合いますね。」


「癖が強すぎないものを選んで良かったです。卒業パーティ、今年はニコラス殿下とご婚約者様が参加されるんですよね。華やかになりそうです。」


「えぇ、殿下方が卒業されるのは少し寂しいです。そのぅ、アンさんも張り切っておりましたし。」


ニコラス殿下のお話が出たので、思い切って義妹のアンさんの話を振ってみました。男爵家ではどのように思っておられるのでしょう。


「アンは張り切って母君とドレスを新調していますよ。父上の意向で、なるべく自由に過ごさせているので天真爛漫すぎる令嬢になっていますが、私にとっては可愛い義妹です。」


「まぁ、そうなんですね。」


「お恥ずかしながら、最近はフラワートン男爵家の領地経営にかかりきりで、アンとあまり話せていないんです。兄として不甲斐ないですが、感染病の脅威が去ったとはいえ、我が領地が受けた傷はまだ完全に癒えていない。収支が取れるようにするので精一杯でして。色々噂になっているようですね、アンは。」


「えぇ、まぁそのようです。その、答えたくないのであれば流してくださいまし。アンさんはヨハン様の異母妹、ですのよね。」


「はい。私の亡き母の専属侍女、カレンさんと父の間に生まれたのがアンです。父は母と上手く話ができず、追い詰めてしまっていたそうでして、カレンさんに相談することが多かったそうです。カレンさんは私の母が嫁いで来るときに実家からついてくるほど信頼されて仲が良かったそうで、父と愛人関係にあってもそれは崩れなかったそうです。」


「すみません。ご家庭の込み入った事情をお話しさせてしまって。」


「いえ、婚約者候補として、気になって当然だと思います。今でも父とカレンさんは亡き母との思い出話をしています。2人にとって母が、大きな存在だったみたいですが私はほとんど覚えていなくて。父上の意向でアンの教育は基本的にカレンさんに任せているので、貴族令嬢として少しずれてしまっているのが心配でしたが、学園に入ってマナーが少しずつ身についてきたようです。」


淑女のマナーは、確かに向上しましたわね、アンさん。でも言動というかなんというか、その他が色々とそのぅ、あれなんですけど。



「私は父の後悔をよく聞いてきましたので、妻となる方とはしっかり対話を重ねて信頼関係を築きたいと思っています。愛妾を持つつもりもありませんし。アンのことは噂で色々聞いてはいるので、近々父と相談することになっています。」


本当に、アンさんのお兄様とは思えないほど好青年でいらっしゃいますわ、ヨハン様は。教育体系が違うんですのね、男爵家で。

それにしても、目を見てこんなにはっきりと言われると少しドキマギしてしまいますわ。


「結婚せずに自立する女性が多いとはいえ、私は家のために、国の発展のために政略結婚という形でお役に立つことに依存はございませんわ。ヨハン様とお話しするのは楽しいですし、羊毛産業を発展させるのもやりがいがありそうです。ゆっくり、前向きにお話を進めていきたいですね。」


「そ、うですね。光栄です。私としても、リリー嬢とお話しするのは楽しく思っています。卒業パーティも、本当はエスコートしたいところですが正式な婚約者ではないので残念です。」


「そうですね。お兄様と参加してきますわ。」


「えぇ、楽しんできてください。また、お会いしましょう。」


頬を紅潮させながら話す私たちを、使用人たちが微笑ましげに見ております。多分、すぐにお父様やお母様に報告するんですのね。

でも、そんなことが気にならないくらい、ヨハン様とお話しするのが楽しいんですの。

不安は少しありますが、この縁談がまとまればいいなぁなんて、思ってしまいました。

本編で縁談話を差し込もうとしましたが、長くなりそうなので単独で1話にしてみました。

ソフィアよりもお嬢様口調のリリーさん視点で書くのが斬新で楽しかったです。

まさかのお相手がフラワートン男爵家!


15、6世紀のヨーロッパではまだ木綿が普及しておらず、北欧地域では綿花栽培も適さないのでウールや植物の繊維で作った布が主流でした。絹を生産する蚕も、桑が育ちにくいので北欧には定着しませんでしたし。本当に農業ハードモード地域!

西洋では綿花の栽培が難しくイラクサで布を作っていたそうです。日本でもアイヌ民族がイラクサ作った「テンペ」と呼ばれる服を着ていたそうです。越後でも、中世にイラクサの一種、青苧の栽培が盛んだったようで、この青苧で作った布を京都に収めていたそう。色んな植物から繊維をとって布にしていたんですねぇ。

羊毛はイングランドで盛んだったので、北欧地域にその技術を輸入して発展させちゃうぞ★な設定にしております。まだまだ手工業で、産業革命の足跡は遠そうですが。


ブクマや評価、励みになります。設定を見直して練り直していたので更新遅れましたが、次回はもっと早いスパンで更新するのでまた読みにきてください!

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