02. 王立学園
「ソフィー。あまりメイドを困らせたらダメだよ。」
翌朝、現子爵である父がやんわり嗜めてきた。
仕方ないじゃない。いきなり転生して混乱してたんだってば。言えないけど。
「まぁ、ソフィがちょっと変なことするくらい、今に始まったことじゃないんだし。そのうち淑女らしくなっていくでしょ」
さりげなく失礼なことを言いながら母がフォローする。そんなこと言うお母様だって、淑女の皮を被るのが上手いだけなのに。
「ねぇ、ソフィ。お茶のおかわり飲む?」
そしていつも通り、ゴーイングマイウェイないとこのマークス。子爵家の養子で跡取り。私の幼なじみ。
いつもと変わらない、フレデリクソン子爵家の朝食風景だ。
フレデリクソン子爵家は、大陸の北方に位置するグリュックス王国の、さらに北方にある広すぎず狭すぎない、そこそこの領地を持っている。。
が、痩せた土地が多いグリュックス王国の中で、特に寒さが厳しい地方なので領地面積に対する農作物の収穫量はかつかつだ。領民を飢えさせずに経営できてはいるが、十分な食糧貯蓄があるわけでもない。
そんなこんなで、領地を併合しようと狙ってくる貴族も、政略的なつながりを結びたがる貴族もなかなかいないため、権力争いに無縁しがない弱小貴族。
お父様も権力にさしたる興味がない、家族と領民思いのゆるっと穏やか系貴族。とはいっても無能なわけでもなく、商売センスのあるお母様と、柔軟な思考を持ち土壇場の判断力に優れたお父様は、毎日二人三脚で領地経営に勤しんでいる(そして成果もそこそこ出ている)。
いつも通りの、家族団欒な朝食を終えてから私は、学園入学式の準備を急ぐのだった。
◇
「あらためて、入学おめでとうソフィ。しかも特待生枠だなんて。すごいね」
学園に向かう馬車の中で、マークスがお祝いの言葉をかけてくれた。
「ありがとう。マークス。奨学金が貰えて助かったわ。これからバリバリ勉強して、子爵家の領地経営に役に立てるように頑張るね。」
領地のためになる知識を身につけて、自立した淑女を目指すんだ。幸い、我が家は政略結婚に重きを置いていないので(というか、わざわざ政治的に結びつきたいと思うような貴族もいない)、結婚しなくても自分の力で生きていけるだけの力を身につけたい。
絶対に、お花畑ヒロインにはならないんだからっ。お花畑思考、ダメ絶対。
「ねぇ、ソフィ。その意気込みはありがたいんだけどね。最近はハーブティー事業が上向いているんだし、学費は心配しなくていいんだよ?」
そう、弱小貴族で目立った事業がなかったフレデリクソン子爵家だが、約20年前に当時商人の娘だったお母様とお父様で始めたハーブティー事業が軌道に乗り、ここ10年ほど、領地収入がかなり上向いている(それでも高位貴族から見たら微々たる金額だろうけど)。この事業を企画提案したお母様のセンスと能力、人柄諸々が子爵家に受け入れられて、お父様とお母様は結婚できたわけなんだけど。
「そうなんだけど、何かあったときに領民たちのために使えるお金は多い方がいいでしょう?満足に食糧備蓄があるわけでもないから、いざというときには他の領地か近隣諸国から食料を買い込まなきゃいけないんだし」
「まぁ、そうなんだけどね。気負いすぎて疲れすぎないようにね」
「大丈夫よ。1人だけで頑張るつもりはないもの。何か困ったことがあれば家族を頼るし、分からないことがあったら、マークスに聞くわ」
そうこう言っているうちに、馬車は王立学園の門についた。
王立学園。15歳前後の貴族の子女が入学し、3年間に渡って淑女教育や農業、領地経営や外国語、剣術、馬術など幅広い分野を選択し、履修することができる国内最高峰の教育機関。
一定の水準を満たせば平民も入学することができ、学内は最低限の線引きはあるものの、身分にかかわらず平等であれという方針がある。
領地収入が一定以下の(弱小)貴族や平民の子女は特別試験を受け、一定以上の点数を取れれば特待生として奨学金給付を受けることができる。
数十年前、大陸全土を襲った疫病により各国は壊滅的な被害をうけ、人口が激減したことにより女性も男性も、平民も貴族も能力のあるものは教育を受けて国の発展に貢献できるように整えられた制度だ。おかげで女性が就ける職業の幅も広がって(だって人手不足だし)、結婚せずに仕事に打ち込んで生涯を過ごす人も(高位貴族のご令嬢だと政略が絡むので難しいが)少なくはない。
「じゃぁ、僕は教室に行くから。ソフィも迷子にならないように気をつけてね」
「大丈夫よマークス。もう子どもじゃないんだから。」
マークスはたまに私のことを子ども扱いするのよね。「入学式会場はこちら」って看板がそこかしこにあるんだから、迷子になんてなるわけないのに。
入学式会場へ向かって歩いていると、セレブオーラを纏った2人組がこちらを見ていることに気づいた。
プラチナブロンドの髪を上品に結い上げ、学園の制服では包みきれない美人オーラを醸し出している女子生徒。
儚げな青い目の周りにはバッサバサの睫毛が覆っており、ぷっくりとした薔薇色の唇がちょっと艶かしい。
世の清楚系美人が裸足で逃げ出す、本物の清楚美人さんだ。しかもあれ、多分着痩せしているけど、脱いだらすごいんだろうなぁ。
格が違う清楚美人でその体型って、なにそのギャップ萌え。世の女子の憧れを自然に享受してるなんて、どんだけ前世で徳を積んだんだろう。
一方隣を歩くのは、シルバーブロンドの髪にアメジスト色の瞳、ちょっと色気のある甘いマスクを持つ美青年。
制服の袖から見える手首から想像するに、程よい細マッチョなんだろう。神秘的な色合いの外見&色気のある甘いマスク&細マッチョって、属性盛りすぎじゃない?。
この2人の周りの空気に、キラキラしたものが見えてきた気がする(だけ)。
ていうかそこの美青年、さっきからずっと美人さんの横顔を蕩ける表情で見つめてるけど、どうした?
美人さんの横顔を不自然にならない程度に眺めながら、危なげなく歩いてるって、ある意味特殊スキルだぞ?さてはお前その美人さん大好きマンだろう。
あまりにも非現実的な美男美女が、あきらかに自分をロックオンした状態で歩いてきた。そんな場合じゃないのに、ついつい観察してしまったよ。
「はじめまして。ヴィルヘルム公爵家のマリアンヌと申します。」
おぉう、流れるように美しい見事なカーテシー。ザ、ベストオブ、淑女の礼だ。もはや芸術の域。
ていうかヴィルヘルム公爵家って国内随一のお貴族様じゃないですか。しがない弱小子爵令嬢に何か御用ですか。
「はじめまして。グリュックス王国王太子、ニコラス=フォン=グリュックスだ。マリアンヌは僕の婚約者なんだ。」
え、オウタイシ?王太子って、王家の嫡男だよね。ていうか、次期国王だよね。
ていうか婚約者同士なのかこの2人。まぁ、婚約者でもないのに王太子様が蕩ける表情で女子生徒を見つめながら一緒に行動してたら、色々問題ですけどね。
王族の結婚だから政略的なものなんだろうけど、この2人は仲が良さそうだ。王太子様からは、マリアンヌ様大好きオーラがでまくってる。
お世継ぎはたくさん生まれそうだなぁ。
思わず失礼なことを考えちゃったけど、どうして未来の王様と王妃様に挨拶されてるの私。
おちつけ、とりあえず(バレないように素早く)深呼吸をして、私。うん。
「はじめまして。フレデリクソン子爵家のソフィアと申します。」
人生で一番緊張しながらのカーテシー。深呼吸して落ち着いたはずなのに、何か変な汗かいてきた。淑女の礼については家庭教師に(一応)及第点もらってるから、失礼にはならない、、、、、はず。
「あなたが今年の特待生って聞いて、挨拶をしようと思って。王国の未来を担う優秀な人材は、国の宝ですから」
マリアンヌ様がこちらを伺うように、話を振ってくる。
なんだろう。褒められているはずなのに、なんとなく違和感が拭えない。
「そういって頂けると光栄です。ご期待に添えるよう、勉学に励みたいと思います。」
とりあえず、当たり障りのない返答をしてみる。
なんか、アレ?拍子抜けたって顔をしながらお互いを見つめる次期国王夫妻。
「え、見た感じ普通の令嬢っぽいけど」とかなんとかヒソヒソしてるけど、なに?どうした?
私の視線に気づいたのか、王太子様が話を振ってきた。
「初対面で不躾だとは思うが、君のそのストロベリーブロンドの髪が珍しくてね。もしかして、家族や先祖に同じ髪色の人がいたのか?」
なんだ、王太子様。確かに初対面で不躾だな。ていうか、さっき「普通っぽい」とか何とか言ってたの、聞こえてたぞ。
このストロベリーブロンド、お花畑娘の象徴みたいで、ちょっとコンプレックスなんだよね。
フレデリクソン子爵家の髪色は代々アッシュブロンドだから、ストロベリーブロンドの髪はお母様方の血筋だと思うんだけど。
母方のおばあ様とお母様はダークブロンドだし、母方の血筋の何代か飛ばしの隔世遺伝か何かなのかな。
「いえ、子爵家に同じ髪色の人はいたことがないと思います。母が、子爵領の元商人の娘なので、そちらの血筋だと思いますが」
「「やっぱり」」
え?何がやっぱり?仲良くワケのわからない事をハモらないで下さい。
「でも、所作も発言も問題なく普通の貴族令嬢のそれだし、特待生ってことは相当に優秀なんだろう彼女」
「えぇ、今のところ何も問題ないと思いますわ。」
だから何なの?いきなり2人の世界に入らないで。そっちから話しかけてきたんだから、責任もって。
ていうかニコラス殿下。さりげなくマリアンヌ様の腰を抱かないの。一応、公式の場だぞ学校は。
人目もあるぞ、私の。
ねぇ、気付いて私の存在。思い出して。アテンションプリーズ。
「平民の血を引くストロベリーブロンドの令嬢を警戒しなきゃいけないんだけど、脳内にお花畑が広がっているようには見えないんだけどなぁ」
王太子様の呟きに聞き捨てられない一言が入っていた。
私が脳内お花畑令嬢だと警戒していた?
ストロベリーブロンドの髪で平民の血を引いているから?
なんっじゃそりゃぁぁぁ。ふっざけんなこらぁ!
やめてよそんな偏見押し付けてくるの。差別よそれ。
ていうか平民の血ってさりげなくお母様を馬鹿にしてない?
すっごいんだぞあの人は。自分の実力を子爵家に認めさせて貴族籍に入ったんだぞ。
確かにテンプレ通りのヒロインの特徴盛りだくさんで、転生直後は私もへこんだけど!
「私は子爵家の経営を支えて、領民の暮らしを守るために学園で知識を身につけたいんです。勝手な偏見を、押し付けないで下さい。」
自分でもびっくりするくらい、低い声が出た。多分表情も取り繕えていない。
そちらから言い出してきたんだ。不敬罪とかなんだとか面倒くさいことはしてくれるなよ。
「初対面で失礼な発言をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。謝罪と説明の場を設けたいので、入学式後、お茶会に来ていただけませんか?」
むむむ。頭を下げたマリアンヌ様の表情と、伏せ目バサバサまつ毛のコンボはなんですか。美しすぎるんですけど。
断ろうと思っても断れない、不思議な力を持っていますよマリアンヌ様。マリアンヌ様を女神のモデルにして宗教画かけそうなレベル。
「失礼を詫びさせてくれ。すまなかった。お茶会にはソフィア嬢の好物を用意させよう。どうにか、弁明させてくれないか」
私の好物!
お茶会の席だから甘いものよね。
ならばっ
「焼きたてのアップルパイが好きです。生クリームが添えてあると、なお嬉しいです」
子爵家でも甘いもの食べるんだけど、日持ちする焼き菓子系が多いのよね。
ここは国内トップのお二人のお言葉に甘えて、普段食べられない甘味を堪能しようそうしよう。
「えぇ、喜んで用意させていただくわ。場所と時間は後ほど。それではソフィア様、ごきげんよう」
にっこり可憐に微笑んで、去っていくマリアンヌ様、いちいち所作が美しいな。
とりあえず、放課後の焼き立てアップルパイ、、、、じゃなくて次期国王夫妻とのお茶会を楽しみに、入学式に行くとしよう。
清楚美人で隠れ巨乳って良いですよね!作者の好みを全開にしてみました。