第三話 ファンタジーな街へ
吹雪も収まり、行軍を続けること、数十分。
ようやっと、騎士たちの目的地に到着した。
「ようこそ、フレスヴェルグへ」
態とらしく頭を垂れて2P――もうこれでいいだろう――が指し示したのは、峠を塞ぐように存在する城壁に囲まれた街だった。
城壁の上には白い大鳥の旗が至るところに掲げられている。
壁の上部には何人かの見張りが立っており、時々こちらに気がついて手を振っていた。
「すごいな……本当に異世界に転生したみたいだ……」
「驚いたか?」
「はい、俺の住んでるところには……こんな風景ありませんでしたから」
「だろうな」
2Pは満足げに笑ってハルバードをクルクルと回している。
ドヤ顔が鼻につくが、こいつは何か知っていそうなので一旦放置しておこう。
「ん……?」
そんな調子で城壁を辿って門までたどり着くと、門前にマント姿の集団が屯しているのが見えた。
彼らは門番が両手を合わせて差し出すと、それをサンドするように両手で包み、何やら言葉を交わしていた。
握手にしては不思議な形だが、この世界の挨拶なのだろうか。
「おいどっちに行っているんだ。こっちだ、こっち」
2Pはそれらをスルーして、門に併設されている小さな鉄扉の方に向かう。
隣のハインリヒも慣れた様子だ。
「俺たちはあっちに行かなくてもいいんですか?」
「あれは領民や来訪者のための市門ですからね」
「へえ……」
チェーンメイルを着込んだ兵士は俺たちの姿を目にすると、そっと道を開けてくれる。
「おかえりなさいませ、よくぞご無事で」
「当たり前だ。街に変わりは?」
「ありません」
「ご苦労さん、引き続き頼む」
そう言って2Pが鉄扉の取手に手をかけた瞬間、兵士は何かを振った。
キラリと銀色の残像が見えたかと思うと、今度は首元に冷たい感触を感じる。
「!!」
――刃物だ。
「お待ちを。……この妙な服の方は?」
兵士は俺の首に短剣の刃を押し付けながら、静かに問う。
「お、俺は……」
異世界転生者です――なんて言えるはずがない。
俺はすっかり竦んでしまって、助けを求めるように2Pを見た。
2Pは鉄扉から手を離し、慌てた様子で兵士を抑えた。
「こいつは客人だ! えっと、ハインリヒの……だよな?」
何故か2Pはハインリヒへと目線を移す。
急に話を振られたハインリヒは、バケツのような兜をビクリと震わせた。
「ふぇ!? は、はい! そうです、この人は私のお客人です!」
「ほら、そういうわけだ!」
誤魔化し方が下手すぎる。
短剣こそ退かしてくれたものの、兵士の目が徐々に三角へ形を変えていくのがわかった。
「レオポルト様、貴方が変人を好まれるのは周知の事実ですが、あまりに過ぎるとこちらも門番の体を成さなくなってしまいます。領主である貴方が引き起こす厄介事まで、私や私の部下は責任を取りたくないのですが……それについてはお許しを頂けると思っても?」
「うぐっ……わかった。こいつがなんかやらかしても、お前たちの責任は問わない。神に誓って、絶対だ!」
レオポルト、どうやらそれが2Pの名前らしい。
めちゃくちゃ兵士になめられてるが、領主と言うからにはそれなりの人物なのだろう。
それと、さり気なく変人扱いされたよな、俺。
「まあいいでしょう。お客人、お名前は?」
兵士は俺を厄介事を持ち込む疫病神とでも思っているのか、じっとりとした視線を送ってくる。
対してレオポルトは、そういえば名前聞いてなかったな、と小さく横で呟いていた。
人を縛り上げる前に名前くらいは確認しろよ。
「俺は、大山って言います。大山良治」
「オーヤマ・リョージ、ですか?」
「ああ、すいません。俺の国だとファーストネームが後に来るんです。俺の名はリョージです」
「異国の方でしたか。リョージ様、ようこそプレスヴェルグへ。先程の無礼を、どうかお許し下さい」
「別に構いませ――」
「それと、これから我らが領主が無礼を働いても、どうかお怒りにならぬよう……」
若干食い気味に兵士が深く頭を下げてくる。
これは、頷いていいのだろうか。
俺が返答に困って視線を彼に移すと、案の定レオポルトは憤慨していた。
「んだよ! 俺が客人に礼を欠いたことがあるか!?」
「前回はブルーネルの商人を激怒させて、市街地に毒蛇をばら撒かれましたな。あわや大惨事となるところを、私の奴隷が収束させてくれましたが……あの子は代償として片腕を失ってしまいました」
そう言って、兵士は悲しげに地面を見つめた。
レオポルトは、うっと言葉に詰まる。
「いつも本当に済まないと思ってる。今後は……できる限り、気をつけよう」
「わかればいいのです」
どっちが領主なんだ。
思わずツッコミを入れてしまいそうになったが、面倒になりそうだったので、とりあえず俺は呆れたような眼差しを向けるに留めておいた。
◆◆◆
門を越えると、そこには、更に”異世界感”が増した景色が広がっていた。
「おおお……!」
「今朝上がったばっかりの、野うさぎの肉だよー!」
「ギルドいち押しのルーンプレートはいかがかな?」
雪の街道には露天が立ち並び、活気づいた店主たちの声が街中に響いている。
道を行き交う人々は様々で、先程の兵士のような鎖帷子を着込んだ騎士や、ローブ姿の巡礼者、馬車を引いている商人に、RPGでよく見かける簡素な服装の町民もいた。
――やっぱり、俺は別の世界に来てしまったんだ……!
これまで訳も分からずに山道を歩いていただけだったが、こうして異世界の営みを目にすると感極まってしまう。
もはや不安よりも、この世界に対する興味でいっぱいだ。
なんだってここには、トールキンやルイスの作品で誰もが目にしたことがあるであろう、ロマン溢れるファンタジー世界が広がっているのだから。
俺がそうやって興奮を隠しきれずにキョロキョロと町並みを見回していると、不意にレオポルトが足を止めて振り返った。
「さあて、とりあえず、無事帰還したことだし……お前ら、もう解散でいいな?」
騎士たちはその言葉を聞くと、ホッと息を着きながら兜を外し出す。
兜の下から現れた騎士たちの構成はまちまちで、俺より年下のやつもいれば、髭の生えたオッサンもいる。
今まで正体不明だった彼らの素顔が見え、俺もなんとなく息苦しさから開放された気がした。
――そうだ。
俺は隣を歩いていたハインリヒに視線を移した。
雪山から会話を交わしてきた彼は、一体どんな人物なのだろう。
身長は俺の肩より低い。
声やフラフラ歩く姿からするに、弱々しい男の子というところだろうか。
意外とゴツいオッサンだったらどうしよう。
いや、どうもしないか。
「……ゴクリ」
ハインリヒも周囲に習い、バケツ兜をスポッと抜き取った。
俺はその一挙一動を黙って見守る。
隠れていた薄茶のロングヘアが宙を踊り、細い首が顕になる。
前髪が額の上で落ち着くと、開かれた瞼の奥で、新緑の瞳が俺を映した。
そして彼、いや彼女は、ふわりと微笑んだ。
――って、女の子!?
「やっぱり、驚いちゃいました?」
ハインリヒはいたずらっぽく俺を覗き込んでくる。
俺が気になって見つめていたのを知っていたのだろう。
正直、ものすごく可愛い。
「おーい、解散だって言ってんだろ。早く帰んぞ」
「ひゃい!」
俺が呆然と彼女を見つめていると、レオポルトが得物で軽くハインリヒを小突いた。
なんてことをするんだ。それ結構痛いんだぞ。
「ちょっと、女の子に乱暴は良くないですよ」
「はあ? 女の子ぉ? ……ああ、こいつのことか」
レオポルトはうんざりしたように俺を見返す。
「こいつは俺の妹だ。兄妹なんてこんなもんだろ?」
「マジかよ」
2回目の衝撃が俺を襲う。
思わず反射的に返してしまった。
幹事長ソックリの2P男に、こんなに可愛い妹がいるとは。
俺は何故か幹事長に敗北したような気持ちになり、遠い目でじゃれ合う2人を眺めていた。
大遅刻。
主観中心に変更してみました。
心情とゴチャって読みづらかったらスイマセン。