進むべき方向は?
ーコウ視点ー
夜になると荒野は格段と寒くなる。
北へ向かうから余計かもしれない。
テントの前には、焚き火を絶やす事無いようにトラッデの誰かがいつも見張りをしていた。
夕食の鍋料理は温まるように酒粕をいれたから、今夜も何とか眠れそうだ。
火の番をしているヘレの近くに座る。
「なぁ、トラッデの皆んなって必ず楽器を持ってるのか?レイバンは素晴らしい演奏してくれたけど。」
海の神様のところから戻った俺にレイバンがしてくれた演奏は、どこか物悲しく前世の中国の音楽のようだった。
でも、あまり音楽の無いこの世界では珍しい楽器でそれを大切そうに抱えていたレイバンの姿が忘れられない。
「ええ。全員何らかの楽器を持っています。
私のは笛。吹いてみましょうか?」
おー!ラッキー!
すぐさま笛を取り出してヘレは一曲奏でてくれた。
夜のしじまに消えてゆく笛の音はじわっと涙が出てくる素晴らしいものだった。
感動している俺に、ここで無茶振りが降りかかる。
「コウ殿。宜しければコウ殿のお歌をお聞きしたいです。長から、食堂の裏で歌っていると聞きましたが。」
オーマイガー!!
レイバン!!
何と言う告げ口を!!
あれは、裏庭で前世のアニソンを鼻歌してたのをレイバンに聞かれただけで。
えー?
あの素晴らしい演奏の後に、俺のアニソンですか?
罰ゲームか?はー。
およ?
いつの間にか人まで集まって来たし。
ヘレの純粋な眼差しに堪えきれず「ヘタだからね!」と釘を刺し度胸を決めた。
♪♪♪〜
ドドド…?
合いの手にしては、妙な?
気がつけば俺たちの周りには小動物でいっぱいだった。ゼラブのヤツも混じってるし。
胡桃を蒔いたけど、微動だに動かない?
キラキラした目で見つめるなよな!
まさかのもう一曲、アニソン希望ですか?
ヘレ達も固まってるし、この際チャチャっと歌って解散した方が俺のガラスのハートに良いな。
よし!
歌いましたよ。
アニソン以外にも童謡までね。
途中からヘレ達も上手に伴奏をしてくれたからびっくり。知らない曲に即興で演奏とか。
トラッデとは、音楽隊なのか?
翌朝。
張り切って朝ごはん作りをしようと早起きした俺は、長老がテーブルに地図を広げて唸っているのを発見した。
皆んなの道案内をしている長老のこの姿はよく見かける。
北と言われても広い。
山なんて無いテーレントの何処を探せば良いか。
長老も悩んでいるようだった。
俺はそっとミルクティーを入れ長老に手渡す。
砂糖多めで。
「疲れた時は休みも大切だよ。ほら!」
目の下のクマがクッキリ。
うーん。行き先分からないんじゃ無いのかな?
「ええ。そうなんです。ここまでは、何とかなりましたがこの先が決まりません。」
お?また口から出た?
ヤッベーな、俺。
しかし進路が掴めないって。
長老に分からなければ、誰が分かるのか。
困ったぞ。
昨日の鍋で雑炊を作りながら、俺は考えた。
まだ他にも地図があるのかもと。
やがて皆んなが起き出して朝ごはんとなる。
その席で長老が今の状況を説明した。
皆、押し黙ったまま。
打開策なんて無いのだから。
そこに、ノーマが。
「あの…もしかしたらレイバン殿と狼がこの辺りを通ったかもしれないので過去視をしてみます。」って。
ノーマ。過去視は負担が大きいのに大丈夫かな?
「いや、昨日のコウ殿の歌でかなりパワー貰えましたから。」ってさ。
なんと言うお世辞の上手さ!
気を使わせたね…。
その後、過去視で僅かに進む方向が決まるも、またもやストップ!
そんな日を繰り返すしか方法もない俺たち。
かなりの数の過去視を繰り返すノーマは笑顔で頑張っているけど、顔色は段々と悪くなる。
じり貧に苦い思いになるも、レイバンの事を思うと止められない俺がいる。
せめて美味しいものでもと、オヤツも作ったりしたけど。
ノーマの顔色の悪化と、方向の設定が段々と短くなりあまり先に進めない。
必死なのは長老も同じで持ってきた本を何回も何回も読んでいた。
「この空に浮かんだ雲の峰を目指してと言うのがせめて分かれば…。」
雲の峰?
ん?
「あれの事?」俺の指差す方向に皆がバッ!と一斉に見た。
えー?固まってる?
「何か見えるのですか?」とバリー。
いや、だってほらあるよね??
何だか俺が変みたいじゃんか。
結局、誰にも見えないみたいで長老にどんな形か聞かれたから俺は地面に絵を描いてみせた。
ん?ルスタフが慌ててる?
ルスタフから謎の聞き取り調査をまたもや受けたら、あっという間に木彫りの雲の峰完成!
ルスタフ…木彫り売りになれば儲かるのにな。
見事な雲の峰に長老が叫ぶ。
「これです!間違いありません!!」
「今も見えていますか?」不安げな長老の質問に、俺が頷くとようやく方向が定まったよ。
あー良かった。
俺たちが安堵の溜息をついて出発しようとしたその時、バサ!と音がした。
音の方を振り向けば、ノーマが倒れていた。
無理が祟ったのだ。
ベットから起き上がれないノーマ。
過去視の衰弱からの回復に特効薬はないらしく俺たちは困ってしまった。
ノーマは置いていってくれと掠れた声で頼むけど、そんなもん聞く気もない!!
行き詰まる俺たちはそのまま、キャンプする事にした。
俺が料理をしようと袋を探っていたら、何かが指に当たった。
これ…。
そうだよ。この甘酒が良いかもしれない!!
俺はベットから起き上がれないノーマに甘酒を飲ませた。
弱々しいノーマに心配顔でヘレが覗いている。
んー。
いつの間に2人はこんなに仲良くなったんだろう。
ん?
ガバッと、ノーマが起き上がったぞ?
大丈夫か?
「コウ殿。この飲み物は美味しいだけではありませんね。なんと言う不思議な飲み物…。
俺…飲んでいる最中に過去視をしました。
いや。
過去視と言うよりトリップなのか。
曖昧なもので申し訳ないのですが。
誰かが雲の峰の下に『約束の地』への道があると言ってました。
それだけは確かです。」
すっかり顔色が良くなったノーマの台詞に長老も頷いている。
本に書いてある内容と同じらしいよ。
しかし、ノーマが急に元気になって良かったよ。
更なる確信を得た俺たちは、勇んで再び馬の背に乗って俺の指差す雲の峰を目指す。
あれ…雷雲に似てるけど大丈夫だよね。
こっそり不安だったのは、秘密にしようっと!
喜んでいる皆んなには言い出しにくいしな。
ゴロゴロ…。
あの音も気のせいだよ。
たぶん…。