その頃、ノーマ達は?
ーノーマ視点ー
俺たちが、向かった先には何も無かった。
いや、何もかもが無くなった場所なのだろう。
それが証拠にヘレ達の顔色が悪い。
倒れた長の心配をしているのだろう。
ヘレが俺の方を向いて、過去視を頼んできた。
苦々しい表情から、心苦しいのだと分かる。
俺にとって彼は、思いもかけず現れた仲間に思えた。
過去視の俺。
未来予知のヘレ。
二人の間に、仲間意識が芽生えるのに時間はいらなかった。
視たくないものを見る俺。
視たものが、現実になるかどうか不安なヘレ。
更に言えば、暗澹たる未来予知をする苦しさはかなりのものだろう。
俺は、目を閉じた。
レイバン殿を見つけねば。
揺らいだ景色に、凄まじい土煙りが見えてきた。
たった一人に、数十の闇影獣が取り囲む。
次々と仕掛ける攻撃にレイバン殿は冷静に対処していた。
これならば。
そう思った瞬間!
『やめろ!やめてくれ!!』
レイバン殿が急に苦しみ出した。
何が?
目を凝らす俺にレイバン殿に近寄るフワフワした緑の靄のようなものが顔の近くに漂っているのが見えた。
毒だろうか?
レイバン殿の顔が、俄かに変化を始めた。
毛が生えた顔に、口元には牙。
目の瞳孔が縦に変化してまるで、獣の様に。
意識もぼんやりし始めたのか、攻撃を受けるもまるで防御体制を取らない。
やられっぱなしの身体からは血が流れていた。
これがヘレが恐れていた変化なのか?
これでは、変化の前にやられてしまうのでは?
そう心配した時だ。
グググッ。
喉が鳴り出しとうとう、最終変化が始まろうとしていた。ヘレに聞いた通りに。
レイバン殿!!届かない声が心に溢れた。
その時!
上空にザルドの群れが現れた。
ピィーーー!!
激しく鳴くザルドに、レイバン殿の意識が戻ったかに見えた。
見上げた顔に、牙は無い。
毛はまだ生えていたが変化は止まったようだ。
激しく鳴くザルド。
フワフワも激しくレイバン殿の周りを舞う。
『満』
見たこともない暴発するような気は、辺りの全てを吹き飛ばした。
闇影獣は勿論、緑のフワフワもザルドでさえだ。
それは土すらも抉り、周り全てを荒野へと変えた。
なんと言う『気』
こんな凄い気のレベル聞いた事もない。
『満』なんて…。
もう、敵はいない。
上空に、攻撃を避けたザルドが数羽居るだけ。
そして…その凄まじい攻撃はそれを放った本人にも及んだ。
レイバン殿は、その場に倒れていた。
だが、その姿には、獣の特性は見つからない。
良かった。
ヘレの心配は免れたのか。
では、レイバン殿は一体何処へ?
それから暫くしたら、1匹の獣が近寄ってきた。
無論、闇影獣ではなく大型の狼のようだ。
レイバン殿を咥えると器用にと背中に乗せて、去って行った。
と思ったら突然振り向いて、まるで俺が見えるかのようにこちらを見た。
目が…目が合ったよう気がする。
『よいか。この者は我らが預かった。約束の地へ来い。』
頭の中に響く言葉はまさかの『狼』なのか?
ブン!!!
その瞬間に、俺の意識が戻った。
こんな頭を振り回されるような目覚めは初めてだ。まるで過去視から放り出されるような。
目を開けて初めて見たものは、心配を顔に貼り付けてじっと見つめるヘレだった。
俺は起き上がると見たもの全てを話した。
ヘレ達トラッデの仲間達は静かに聞いていたが、最後の『約束の地』で俄かに動揺しているように見えた。
どうやら心当たりがあるようだ。
「最悪の事態は防げた。
しかし、今後の事はここでは話せない。
俺達も知識の部族へ向かうとしよう。」
ヘレの決断で俺達は、改めて知識の部族へ向かう事になった。
出発しようとザルドの側へ向かう俺にヘレが近寄って来た。
「ありがとう。辛い過去視を頼んだのに快く引き受けてくれて有り難かった。
この恩はいつか返すから。」
真面目な性格のヘレに、俺は彼の胸を拳で叩いてニヤリと笑った。
「態々どうも。でもさ、友達に恩返しって要らないからな!」
ヘレは、ぺこりとお辞儀をして自分も馬に乗り込んで、駆け出していった。
その横顔は微かに赤みを刺していたから、俺はちょっと悪戯を成功させた子供のような気持ちで、あの痛いザルドの移動をしようとザルドへ近づいた。
あの狼。
過去視の俺と目が合うとは…単なる獣では無いだろう。
では…
俺のような凡人には答えは出ないままだった。