テーレントの秘密。
また、編集を入れました。
よろしくお願いします。
ーミゲル視点ー
「長!!」
叫び声は、煙の中に消えてゆき後には闇影獣の倒れた姿のみがある。
だが、俺の目は誤魔化せない。
遠見の効く俺には、長が囲まれて本性を現しそうになる場面がはっきりと見えたからだ。
煙と共に消えた長の行方は分からないが、確かな事もある。
それはザルドだ。
見たこともない大型のザルド数羽が飛び立つのを見た。
まさに長の消えたのと同時のタイミングでだ。
長の仕業だろうと、ヘレと話し合う。
本性に戻ったかは、分からないがそれでもまだ希望はあると頷きあう。
長抜きでも闇影獣との戦いは待ってはくれない。
戦い続ける日々は、傷つく者を増やすのみで明るい希望も見えない。
もしや、長に何か。
不安はあれど、迫り来る闇影獣は休ませてなどくれやしない。
疲れ切った俺たちが昼休憩で木陰で休んでいる時の事だ。
俺たちの目の前に小さな子供がひとり現れた。
それは突然の出来事だった。
木の陰から何の気配もなく現れた子供だ。
単なる子供ではあるまい。
しかし、今のテーレントの禁足地で無事な場所などほとんどない。
主様で無いならば……。
警戒を強めて、右手で密かにナイフを握りしめた。
『無駄なことを。
お前たちは、今から北北西に進路を取れ。
ここより半日ほど行った場所にレイバンを助ける者達がおる。
急げ!時はない。』
それは一瞬の出来事。
驚く事も、問いかける事も許されない一瞬の出来事。
だが、幻ではない。何故なら子供の立っていた場所に胡桃が落ちていたからだ。
テーレントに胡桃など無い。
もしや、本当の主様では?
仲間たちと話し合い行くべきかを問うた。
「幻ではないのですか?もしや新種の仕掛けた新しい罠かもしれません。」とか。
「いや、今すぐ向かうべきだ。『時はない』のが誠だとすれば恐らくは長に危機が迫っているのだろう。」
など、意見は様々出たが、結論は一つだ。
行くしかないだ。
長の危機を見過ごせる筈もなく、助けならば、もしやコウ殿一行かもしれない。
だが、その場合我々の秘密を明かすべきかヘレと話し合う。
「我々の秘密を勝手に打ち明けて良いものがどうか。」俺の慎重論に対して。
「信頼には信頼で応えるべき。」とヘレのセリフだ。
答えは簡単には出なかった。
しかし、そんな迷いも出会いと共にあっけなく崩れた。
言われ通り進むと、遠見をしている俺の目に信じがたい光景が写る。
ゼラブが行儀よく一列に並んでいる姿だ。
何だ?
しかし、疑問に思うも、あまりに大人しい今の姿に、討伐をする気も無くなる。
すると、その近くに焚き火を囲んでいる一行を見つけた。
側にザルドもいる。
では、あれが……コウ殿なのか??
我らの恩人であるコウ殿の前に急いで進み出て跪く。
トラッデと共に行動するようになってから、長以外に跪いたのは初めてだ。
だがこれまでの事を思えば自然と跪く。
「コウ殿。」
あれ?
何か雰囲気がおかしい…何か失礼があったのだろうか?
「あちらがコウ殿です。」目の前のコウ殿と思っていた人物に指差され見ればひとりの少年の姿が。
まさかの人違い?
え?
俺。俺とした事が…。
あまりの失態に身体が震える。
長の恩人のコウ殿。
料理を作らせれば天才。
何を作っても付加をつける女神に愛されし者。
真面目で優しさ溢れる。
弱い者にも、強い者にも変わらず接する。
我々の理想。それこそコウ殿。
この方ではないのか?
落ち着いた雰囲気の。
あそこで真っ赤な顔で照れ照れしている少年か?
あー、いや青年なのだろうが…。
改めて挨拶をするも、申し訳なさや違和感で落ち着かない。
相手も何やら照れ臭そうで落ち着かないまま。
「ま、夕ご飯でも食べて。お腹空いてるでしょ。」
そう言われて目の前に並んだ料理は、まるでどこかの貴族の様だ。
何という品数。
何と言う旨さ。
そう!仲間達全員の違和感はご馳走になった付加料理で悉く粉砕される。
改めて罪悪感が沸くもコウ殿はすっかり忘れた様子で気にしていない。
なるほど、コウ殿だな。間違い無いと確信する。
夕ご飯の後で、
「では、宜しければ事情をご説明願いたい。」
落ち着いた雰囲気のバリー殿の言葉に意を決して話し始める。
隠す必要など何も感じられない。
そう、自然体のコウ殿を見ればありのままの姿を受け入れられそうだとさえ思う。
「我々には、ある秘密があります。
いえ。正確には我々テーレントの民人にはですが。
我々は、動物を先祖に持つのです。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて大人しそうな青年がおずおずと尋ねた。
「あの。口を挟んですみません。先祖の話しなら我々だって何らかの動物を先祖に持ちますが…。」
まあ、普通その様に考えるだろう。
あの青年は、確か名をルスタフと言ったか。
俺は、今一度説明を重ねる。
「いえ。その様な意味ではありません。
『獣人』と言うか言葉をご存知だろうか?あれは夢物語ではなく、我々の事。
もちろん、かなり昔の話で今なおその影響を受けているのが我々の部族『トラッデ』です。
しかも、獣の姿を取る事が出来る人間など一人を除いていません。
そうです。貴方方の予測通りで長です。
ですが、獣形になるには、ある障害があります。
それは、獣形を取ると意識が揺らぎ、獣の本能に支配されます。」
言葉がないだけでは無い。ア然とした状態となる。
獣人など過去の遺物。
しかも、かなりの暗い過去の遺物だ。
これにはさすがのコウ殿もア然としただろうと振りかえれば…え?
「出たーー!!
ついに獣形か!うーん。カッコいいなぁ。」
と、無邪気な笑顔でそう我らを見つめていた。
何と…今回絶句するのは我々の番だ。
なるほど。
長…理解出来ました。
あれこそがコウ殿なんですね。
かなり夜更けて来たので、また明日にと解散となる。我々はコウ殿が用意してくれたテントに入る。
寝袋で寝る贅沢に安堵の眠りにつく。
その夜、我々は久方ぶりに怪我人の呻き声を聞かずに過ごす事が出来たのだ。
そう!付加料理で全員が回復したからだ。
コウ殿…見間違えてすみません。
俺は、心の中で何度も謝罪を繰り返しながら心が温かくなるのを感じていた。
長。必ず見つけ出してみせます!
コウ殿と共に…。